グルルルル
(グルルルル)
遠くで不気味な低音が鳴り響いている。
私は目を開けようとしたが、頭が重くて動かせない。まるで何かに押しつぶされているような感覚だった。
私は……なぜこんなところで寝ているんだろう?
なんとか起き上がろうと力を振り絞り、ゆっくりと体を持ち上げる。
すると荒れ果てた街並みが目に入った。見慣れたはずの景色が、どこか異様だ。
倒れた街灯、道端に転がるゴミ、車はめちゃくちゃにひっくり返っていて、遠くから焦げたような匂いが漂ってくる。
私は、何かを忘れている。いや、何か大事なことが起こっていたはずなのに、思い出せない。
(グルルルル)周囲から再びあの音が聞こえた。
この不気味な低い音……いったい何だろう。
まるで獣のような、重い唸り声。気味が悪い。思わず背筋が凍りついた。
私は必死に思い出そうとした。そうだ、美花――…後輩の美花が、昨夜……電話をくれたんだ。
「先輩!謎のパンデミックが起こってるから絶対外に出ないでね!」
美花の叫び声がまだ耳に残っている。電話越しに聞こえていたのは、美花の声だけではなかった。遠くからの叫び声や、何かが砕ける音が混ざっていた。
パンデミック?ってたしか病気が大流行するやつ?
最近まで大変だったコロナウイルスみたいな?
それを思い出したけど、いま何が起こっているのか、どうして私は外にいるのか、全く記憶にない。
その時、頭の中に浮かんだのは、元彼・雄大の顔だった。
彼は……無事なのだろうか?
私の中で、押し殺していた感情が湧き上がってくる。もう過去のことだと思っていた。でも、こんな状況だからこそ、私は彼に会いたい――…会わなければならない。
(雄大はどこ?)不安と焦燥が体を駆け巡る。
私はふらつく足を引きずりながら、どうにか道を進み始めた。幸い身体はどこも痛くない、特に怪我はないようだった。
誰もいない通りを歩きながら、胸の奥にある一つの想いが強くなっていく。雄大に会いたい。わたしはやっぱり彼のことを、まだ忘れられていないんだ。
別れた理由なんて、今ではどうでもいい。ただ、彼に無事でいてほしい。
(会いたい)その気持ちだけが沸き起こる。
周囲の不気味な音や荒廃した風景が、何か異常事態が起こっていることを示しているが、私はそんなことに構っていられなかった。
ただ雄大を——探さなくては。
すると道端に誰かうずくまっている女性に遭遇した。
見ると何かを貪るように食べている。
女の手は何か粘つくものを握りしめ、指の隙間から赤黒い液体が滴り落ちていた。
それは口の周りにもベッタリと付着している。
(まさか……血?人を食べてる?)
すると女がゆっくりと顔を上げた。
目が……空虚だ。生気のないその目が私を捉えた瞬間、喉の奥から(グルルルル)という低音の唸り声を上げ、再び、人のような何かを貪り続けた。
大変だ、早く雄大を見つけなければ。
焦りを募らせながら、人の足音がする方へと街路を進んでいくと、突然目の前に人影が現れた。
——信じられないことに、それは雄大だった。
彼は道の向こう側に呆然と立っている。
私は思わず足を止めた。
夢中で声を出そうとするが、喉がかすれて言葉にならない。こんな状況で、彼に何を言えばいいのかも分からないが、とにかく彼の無事を確認しなければ――。
「雄大!」
その名前を呼ぼうとした瞬間、私の口から発せられた音は、想像していたものとは全く違った。
「グルルルル」
その音が響いた瞬間、雄大は驚愕の表情で私を見た。そして、ゆっくりと後ずさりながら、私を凝視する。
「おい……まさか絵里香なのか?」
その声が耳に届いた時、私はようやく自分が何を求めていたのかに気づいた。
(グルルルル)ああ、彼が欲しい!
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