第46話 子供の頃の約束
鈴乃が、俺の許嫁……?
ちょ、ちょっと待て。そんなの俺は全く知らないぞ。
「ま、待ってくれ鈴乃。なんだその許嫁って──」
「約束したもん!」
俺の言葉を遮るように叫ぶ鈴乃。
「や、約束……?」
「将来大きくなったら結婚するって、言ったじゃないですか真澄くん!」
鈴乃の言葉で、脳みその記憶を司る部分が刺激される。
そう言えばそんなことを言ったような……いつだったっけ?
ああ、そうだ。確かにそんなことを言ったな。確かあのとき俺は──。
「いやちょっと待て! それって小学校1年生の頃だろ!?」
流石にノーカンだろそれは!? と俺は鈴乃に問いかける。
しかし鈴乃は涙目になってまるで駄々っ子のように首を振る。
「でも、言ったもん!」
「いや、だからそれは十年くらい前のはなしで……」
「いったもん!」
「た、確かに言ったのは言ったけど……」
言ったのは言った。
それって子どもがよくやるあんまり意味を理解していない約束なわけだ。
当然、俺は当時本当に結婚するという意味で行ったわけではなく、一番仲の良い友だちに対する「ずっとともだちでいようね」くらいの意味だったのだ。
鈴乃も当然それは分かっていると思ってたし、実際一年後くらいからは全くそんな話はお互いしなくなってそのままここまで来たから、すっかりその約束のことを忘れていたのだが……。
くい、とすごい勢いで袖を引かれて横を振り向くとアイリスがすごい顔になっていた。
「お前、本当に言ったのか……!?」
アイリスがまるで破滅一歩手前のような表情で尋ねてくる。
「だから子どもの頃の約束だって……」
俺の言葉にシャーロットが無言で首を振る。
「真澄様、貴族からすれば子供の頃の約束であってもそれはれっきとした契約なのです」
そうか、アイリスはイギリスの貴族の家系。
そういうのが自由なはずの現代でもそういう親が決める婚約だとかがあるのかもしれない。
「そういうことです! もう真澄くんのご両親にも了承は取ってあります! 私が許嫁なのは変わりませんから!」
「ちょ、それも子供の頃の話だろうが!」
「でも、二人で手を繋いでご両親の前で「将来結婚する」と誓いあったのは事実です!」
「確かに…………事実だけど…………っ!!」
どうしてそう誤解されるふうに切り抜くんだ!
確かあのときの父さんと母さん「ああ、はいはい」って微笑ましいものを見るような目立ったぞ!?
「そんな……もうすでに両親に挨拶が終わっているなんて……」
絶望顔のアイリスに、鈴乃は自信満々に胸を張った。
「ご両親にも挨拶して了解を得ているということは私の方が一歩上! さらに許嫁なら騎士と貴族の主従関係よりも絆は更に上!」
形勢を取り戻した鈴乃がまくしたてる。
そして自慢げに胸を張り、宣言した。
「だから──私のほうが一緒に住むべきなんです!!」
鈴乃の宣言に、俺たちは一斉に首を傾げる。
「…………ん? そんな話だったか?」
「大体こんな感じです!!」
そうか……それならまあ、いいか。
「だけど鈴乃、一緒に住むのは無理じゃないか?」
「なんでですかっ!」
「だ、だって家が厳しいからって……」
「そんなのただの陰陽師の家系をごまかすために使っていた方便です! 両親は私に激甘なのでお願いしたらなんとかなるはずです! 私だって真澄くんと同じ屋根の下で暮らしたいです!!!」
「そ、そっか……」
鈴乃の迫力に俺はそんなことしか返せなかった。
「とにかく! 一緒に住むのは駄目です! そんなの抜け駆けです!」
「そうは言ってもだな、私はすでに家主の協力を得ているんだ。許嫁云々についても当の本人は覚えていなかった様子。となると私のほうが一緒に住むというのが道理で……」
「いいえ全然そんなことはありません! 私の方が相応しいに決まってます!」
ぐぬぬぬぬ……! と二人は睨み合う。
「では、こうするのはどうでしょうか」
そこでシャーロットが間に入った。
「お部屋に余裕もありますし、
「えっ」
「我々も住居の確保がなかなかできない状況ですので、真澄様のもとで滞在させていただきたい。そして水無月様も真澄様と一緒に暮らしたい。二つ同時に解決できてよろしいのではないかと」
「まあ、真澄くんと一緒に住めるというなら良いですけれど……」
「むむ……確かにこのまま言い合っていても平行線にしかならないからな」
なんだか二人は受け入れた様子。
あれ? 家主である俺の了承なく話が進んで行くぞ。このまま流されるままにしていると全部決められてしまいそうだ。
「い、いや、ちょっとまってくれ。流石に女子三人と同じ屋根の下っていうのはどうかと思うんだ」
「私やシャーロットと住んでる時点で今更じゃないか?」
「……」
なんだろう、あまりにも正論すぎて言い返せない。
「真澄、諦めろ。これもバレてしまったのが全部悪いんだ」
「真澄様、諦めたほうがよろしいかと」
アイリスとシャーロットが手を組んで俺に諦めを促してくる。
「真澄くんは仲間はずれの私は可愛そうだと思わないんですか?」
「そうですよ! 一緒に住むなら紅葉だって住みたいです!」
「そういう話はしてねぇよ!」
なんだこいつら……隙あらば俺の家に押しかけようとしやがって……。
「空き部屋はもう無いから無理だぞ。絶対、絶対に無理だからな」
「うぅ……紅葉だけ仲間はずれは辛いでござる」
紅葉が涙目で呟いて罪悪感が半端ないが、流石に部屋の空きがない以上、紅葉まで受け入れることはできない。
「では私は良いということですか?」
「……分かった。分かったよ」
もうどうにでもなれ。
そうして、なし崩し的に鈴乃を受け入れることになったのだった。
ああ、これからどうなるのやら……。
俺はこれからの日々を想像し、憂鬱になった。
──身近に迫っている危険には気が付かないままに。
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