第43話 超えてはならない一線

 視界が切り替わる。

 目の前に広がっていたのは真っ暗な洞窟。

 周囲を見渡しても俺以外には誰もいない。


「ンフフ……」


 そして声がした方向を見上げた先。

 そこには空中に浮かんでいる道化の姿をしたグリムスティンがいた。

 ホルスターから拳銃を抜きながら俺は尋ねる。


「どうしてお前がここに……!」

「ンフフ、そんなもの決まっているでしょう! アナタが! ワタシを倒しきれていなかったからに決まっているでしょう!!!」

「倒しきれてなかっただと……!?」


 俺はあのとき、確かにコイツを倒したはずだ。

 にわかには信じられないが、目の前の現実はそれが事実だと語っている。


「倒されたふりをして身を隠すのは得意ですからねぇ。これで、何度も命の危機を逃れてきたんですよぉ?」


 グリムスティンは気持ちの悪い笑い声を響かせる。


「ずっとずっと、この時を待ってたんです! アナタに負けて、死にかけたときから徹底的に身を隠して、更には情報収集までして。こうやって、復讐できるようになるタイミングを」

「っ人間の姿をしていたのは俺達を探るためか……!!」


 俺はグリムスティンが田中仁という人間に化けていた理由を理解する。


「ええ! そのとおりです! 人間に化けても案外なんとかなるものですよぉ! こうやってアイリス嬢の情報も調べたわけです! まあ、まさか人間が作り出した機械の中に、名簿なんてものが入っているとは思いませんでしたが……」


 グリムスティンは一瞬詰まらなそうな顔になった後、ニマっと笑み浮かべた。


「それもこれも、どうでもいいです。すでに私はアナタをここに引き入れた。それで目的は達成されているのです!!」

「何が目的だ」

「目的? そんなもの決まっているではありませんか。アナタへの復讐&聖杯を奪うためですよぉ!!」

「聖杯を奪う? 俺は聖杯なんて持ってないぞ。捕まえる相手を間違ったんじゃないのか?」

「いえいえ、そんなことはもちろん知っています。そして捕まえる相手は間違っていません。今回用があるのはアナタなのです」

「どういう意味……」

「聖杯の『鍵』。アナタが持っているのでしょう?」

「っ!!」


 グリムスティンはにやりと笑う。


「おやおやおや! まさか知らないと思っていましたか! 何年もかけてアイリス嬢を側から見守っていたワタシが鍵について知らないはずがないでしょう!!」

「!」


 確かにそうか。

 コイツはずっとアイリスのことを監視していたのだ。

 当然、聖杯のシステムなんかも理解しているのだろう。


「『鍵』を渡してしまった場合、聖杯を持っている本人でさえも鍵がなければ聖杯を使得なくなる。しかし、『鍵』の所有者が死ねば……鍵は消失し、またアイリス嬢本人が聖杯を扱うことができる、というわけです」


 俺はグリムスティンの言わんとしていることを理解した。


「じゃあ、俺をここへ引き込んだのは……!」

「ええ、その通り。アナタを殺すためです」

「っ!」


 一瞬真顔になったグリムスティンが、冷たい表情で俺を見下ろした。

 こいつは本気だ。

 冗談なんかじゃなくて、俺を本当に殺すつもりなんだ……!



「アナタをアイリス嬢を分断したのは、以前のように聖杯を使われないようにするためです。いくら私のバリアでも、無限の魔力との耐久戦になれば勝ち目はありませんからね」


 そういうことか……! 

 この空間は俺を完全に殺すためのもの。

 逆に言えば、聖杯を使わせないようにするための空間だったんだ。


「ああ、そうだ! 一つ良い忘れていましたが、あのモンスターたちにはアイリス嬢を襲ったりしないように調教していますから。安心してください」


 グリムスティンが情報を付け足してくる。


「アナタをここでしっかりと始末したあと、アイリス嬢のもとまでいくことにしましょう。今頃外はスタンピードに対抗するのに精一杯でしょうからね。ンフフ、誰も私に勝つ力なんて残ってないでしょうねぇ。ああ、もっともワタシが行く前にアイリス嬢以外は全員死んでいるかもしれませんが」


 グリムスティンはニヤニヤと笑い声を上げる。


「歯がゆいですかぁ、お仲間の元へと行けないのが。アナタがここから出る手段は一つもありませんからねぇ。さぞかし歯がゆいでしょうねぇ。ですが大丈夫。すぐにアナタも同じ場所へといけますからねぇ!」

「くそっ……!」


 俺はこのグリムスティンの作り出した

 いや、違う。

 落ち着け、俺には一つ外へ出るための手段があるはずだ。


 深呼吸する。

 そして冷静さを取り戻した俺は……銃のスライドを引いた。


「グリムスティン」

「はい? なんです?」

「お前はここから出る方法がないと言ったが、一つあるだろ」

「はぁ?」

「俺がお前を斃せば、この空間は消える。普通のダンジョンみたいに。そうだろ?」

「……」


 グリムスティンは笑みを消して目を細める。


「なるほど、確かにそうですね。ワタシを殺せばこの空間は消えて、外へと戻れるでしょう……ですが、お忘れでは? ワタシには絶対に破ることのできない障壁があると」

「一回壊してやったろ。もう一回木っ端微塵にしてやるよ」

「ンフ」


 俺の言葉にグリムスティンはなぜか笑みを浮かべた。

 堪えきれない笑いが漏れ出たように。


「ンフフ、ンフフフフフ。ンフフフフフフフフッ!!!」


 急に笑いだした道化に俺は怪訝な目を向ける。

 グリムスティンは大声で笑ったあと、目元の涙を拭った。


「ああ、いや失敬失敬。ンフッ。少々我慢ができませんでしたよンフッ」


 馬鹿にするような含み笑いに、俺は苛立ちを滲ませた声で問いかける。


「なにが可笑しい」

「いえ、可笑しいでしょう。ンフッ、だってそんな盛大に見栄を張ったところで、全くの無意味だというのに」


 なんだコイツ?

 こいつに付き合ってる暇はない。


 鈴乃が行方不明になってるんだ。今すぐにコイツを斃さないといけないんだ。

 銃口をグリムスティンへと向けようとしたその時──。


 グリムスティンは両手を広げる。


「言ったでしょう。私はアナタをここで殺すと。そのための準備はちゃんとしてきました」


 するとグリムスティンの隣の空間に割れ目が生まれて、そこからあるものが出てきた。


「な──」


 俺は苛立ちも忘れて、驚愕した。

 なぜならそこから出てきたのは──鈴乃だったからだ。


「なんで、お前が……」

「ンフフフッ! そう! その顔が見たかったのです!!」


 グリムスティンは驚いた表情の俺を見て歓喜する。


「アナタに以前のようにバリアを壊されては敵いませんからねぇ。ちゃあんと人質を取ることにしましたッ!!!」


 ぱちぱちぱち、と不快な拍手が響く。


「アナタにとって彼女はすごく大切な存在なのでしょう? 彼女を殺されたくなければ、抵抗しないこと、いいですねぇ?」

「…………」


 にんまりと勝ち誇った笑みを浮かべたグリムスティンが、耳に手を当ててこっちを向いてくる。


「あれあれ? どうしましたぁ? 返事が聞こえませんよ!? ホラ、ちゃんと言ってくださいよ。「分かりましたグリムスティン様」と!!! ンフフフフフフッ!!!!!」


 ただただ不快な笑い声が広間の中に響く。


「……お前は」

「ンン? なんですかぁ? 声が小さくて聞こえませんよぉ!?」

「──絶対に殺す」


 顔を上げた俺の顔には、激情が刻まれていた。

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