第42話 スタンピード
「鈴乃が……行方不明になった?」
鈴乃の父親からかかってきた電話に、俺は動揺を隠しきれなかった。
「昨日から居場所が分かってないんだよ……。学校には出席していたようだが、そこから行方不明になっているんだ。確認だけど……君のところには来てないよね?」
「はい、もちろん」
「そうか……」
途端に鈴乃の父の声に落胆の色が混じった。
「あの、俺も探してみます」
「いや、大丈夫だよ。私達の方でも捜索は続けているから。後は大人である私達に任せて欲しい」
「分かり、ました……」
電話が切れる。
「なんで鈴乃が……」
俺は一人部屋の中でぽつりと呟く。
鈴乃が行方不明。なぜ?
鈴乃は箱入りのお嬢様だ。
だが自ら不審者についていくほど不用心じゃない。
護身術だって身につけている。
それなのにどうして行方不明に……。
その時部屋にアイリスが入ってきた。
「真澄、ダンジョンが……どうした。何かあったのか?」
言いかけた言葉を飲み込んで、思い直した。
そうだ。アイリスなら何かわかるかもしれない。
「アイリス、俺の幼馴染が──」
そこまで言ったとき。
俺とアイリスからけたたましく鳴り響く警報音。
異能機関用のスマホからだ。
画面を見るとそこには──。
「緊急警報だと!? しかもスタンピード直前っ!?」
アイリスが驚愕の声を上げる。
近くにできたDランク迷宮が、スタンピードで崩壊直前、という警報だった。
「スタンピードだと……!? 先程まで安定していたはずじゃないのか!?」
スタンピード。
それは迷宮の入口から大量のモンスターがこの世界へと放たれる現象だ。
勿論、大量のモンスターが放たれれば近くにいる人間は……死ぬ。
「すまない真澄! 今すぐにこのダンジョンに行かなければならない!」
「……っ分かった!!」
歯がゆいが、今すぐに向かわなければならない
くそっ、アイリスなら今すぐにでも鈴乃の居場所を見つけられるかもしれないのに。
だが、スタンピードが起これば大勢の人間が死ぬ。
不幸中の幸いはスタンピードしかかっている迷宮がDランクの迷宮だということだ。
これで高ランクのダンジョンだともっと時間がかかるところだった。
できるだけ早くダンジョンを終わらせて、鈴乃のことに協力してもらうしかない。
一刻も早く。
***
スタンピードしかかっている迷宮の場所までやってきた。
この迷宮は本当に住宅街のど真ん中で、道の真ん中に空間のひび割れが生まれていた。
周囲の道路は封鎖されていて、ブルーシートも被せられているため外からは全く見えないようにはなっていた。
スタンピードの警報を聞きつけたのか、数人エージェントと思われる人物がいた。
ただ迷宮の中に大量のモンスターが居るためか、弾薬や装備の点検など、しっかりと準備しているようだった。
京香先輩は可憐たちの姿はない。
恐らく別の任務か、迷宮の攻略に当たっているのだろう。
アイリスが近くの黒服へ尋ねる。
「状況は?」
「今にでもスタンピードが起こるかもしれない状況です。すでに先遣隊が中に入ってモンスターの数を減らしているそうですが……数が圧倒的に多いです。すぐに溢れてくることになるかと」
「モンスターの数はどれくらいだ?」
「千は超えるかと……」
「千か……確かに生半可なエージェントでは火力で押し負けるな」
「じゃあ、今から俺が今から入ってモンスターを減らしてくる」
「紅葉も行くでござる!」
沢山モンスターを斬れそうで嬉しいのか、わくわくした声で紅葉が告げる。
紅葉は俺の家でシャーロットに作ってもらったうどんを食べていたので、一緒にここまで連れてきた。
俺と紅葉の提案にアイリスが頷いた。
「そうだな、事態は急を要する。すまないが迷宮に入ってきてくれ。もし一度で倒しきれない場合、休憩などのタイミングはこちらで調整しておく」
「「了解」」
アイリスの言葉にそう返事をして、俺達は空間のひび割れへと向かっていった。
そのとき。
「おーい」
こっちに手を振って小走りでやってくる人物がいた。
ブルーシートの天井に当たらないようにか、少しかがみながらやってきた相手は……以前に会ったことのある人物。
「やあ久しぶり。俺のこと覚えてるかな?」
「覚えてますよ。
異能機関のCランクエージェント、
イメージは爽やかな好青年。
「覚えてくれてたんだね、ありがとう。東条君もスタンピードの対応に?」
「ええ、そうです」
「やっぱりか。今から入るんだよね? じゃあ俺も一緒に着いて行くよ」
「構いませんよ。人が大いに越したことはありませんし」
人手が多いほうが早く終わる。
そう思って踵を返し、一刻も早くスタンピードを終わらせようとした。
しかし。
「待て」
アイリスが俺達を引き止めてきた。
「なんだよアイリス」
「お前は誰だ」
アイリスは田中仁を睨んでそう言った。
「は? さっき紹介しただろ。Cランクエージェントだって……」
「もう一度問うぞ。お前は、誰だ」
アイリスは俺の言葉を無視して田中仁へと問いかける。
「え、え〜っとぉ……俺、なんかした? 君の癇に障るようなことをしたかなぁ」
「アイリス、あのな……」
俺は流石にアイリスを咎めようとするが、アイリスの次の言葉にそれができなかった。
「いいか真澄。田中仁なんてエージェントは、異能機関には存在しない」
「……は?」
「私は日本に来る前に日本のエージェントに対してはすべて目を通している。だが、その中には田中仁なんて名前の人間は一人もいなかった」
「な……」
「それに加えて、今端末で名簿検索しても出てこない。一般人かなにかがエージェントのふりをして潜り込んだようだが、端末の中の機能については知らなかったようだな」
アイリスはスマホの画面を指差す。
「もう一度尋ねるぞ。貴様は、誰だ?」
衝撃の事実に言葉が出てこない。
沈黙の中、周囲の視線が田中仁へと集まる。
爽やかな笑みを浮かべていた仁は──スッと無表情になると。
「……あぁ、これは失態でした。まさかそんな機能があるなんて、ワタシ、知りませんでしたからぁ」
ねっとりとした聞き覚えのある声でそう言った。
仁のニヤァ、と気味の悪い笑みを浮かべ、
「ま、ここまで近づいたから目的は達成できましたしね★」
次の瞬間には、仁の顔がピエロへと変貌していた。
俺は驚愕に目を見開きながら、目の前の人物の名前を呼ぶ。
「グリム、スティン……」
「ええ、お久しぶりです。戻ってきましたよぉ」
グリムスティン。
アイリスの父親を殺したA+ランクのモンスターで、俺達が倒した……はずのモンスター。
なんで、どうしてこんなところに。
あのとき、俺達はこいつを倒したはずで……。
グリムスティンは恭しくお疑似をする。
「道化の悪魔グリムスティン。地獄の淵より舞い戻ってまいりました」
そしてお辞儀の体勢のまま顔だけ上げると。
「それでは──パーティーの始まりです」
直後、グリムスティンの背後にある空間のひび割れが──決壊した。
「な──」
飛び散る空間の破片。
溢れ出る大小様々なモンスター。
「アナタには、ワタシといっしょに来てもらいましょうか」
グリムスティンが俺を指差す。
不気味な笑みを浮かべるピエロが指を鳴らすと──視界が切り替わった。
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