第40話 先輩との修行
「何度やっても勝てないでござる……!」
床に紅葉が大の字で寝転がった。
「なんで全く一本を取ることができないでござるか!」
「紅葉が近づいた途端、人間から逸脱した動きをするせいだな」
観戦席で俺達の様子を見ていたアイリスが冷静な分析を飛ばしてくる。
ちなみにアイリスは先程から、どこから用意したのかわからないテーブルと椅子とティーセットで、紅茶を優雅に飲んでいる。
汗臭いはずの訓練場が、なぜか観客席の一角だけ華やかな雰囲気になっていた。
「あんな動きをされたら誰だって勝てないでござるよ……!」
紅葉がジタバタと暴れる。
「紅葉の剣術はあくまで人間の動きをする人間相手だからな。まるでモンスターのような動きをする人間もどきの動きに遅れをとるのは当然と言えるだろう」
「誰がモンスターだ」
俺はアイリスを睨む。
「まあ、流石に異能ありでやったら勝てるよ」
「一回、異能は無しで戦うでござる!」
「それだと俺のほうがボコボコにされるよ……」
「あっ、真澄くん」
そのとき、訓練場に声が響いた。
「京香先輩」
「あ、前の強そうな人」
「やっほー真澄くん。訓練してるんだね」
扉から入ってきたのは京香先輩だった。
「紅葉ちゃん、だっけ? 最近異能機関に入ってきたんだよね?」
「そうでござる。以前は失礼しました! つい強者の気配を感じ取ってしまったのでござる!」
紅葉は立ち上がるとぺこり! と頭を下げる。
どうやら紅葉もいきなり斬りかかろうとしたことはだめなことだと思っていたらしい。
「何の訓練をしてるの?」
「対人戦の経験を積んでるんです」
「対人戦? ああ、なるほど。そういえば昨日、アイリスちゃんが襲われたんだっけ」
「っそんなことまで知ってるんですか?」
情報の早さに思わず驚いて俺は先輩へと尋ねる。
「風の噂でね。そっか……なるほど、対人戦闘の訓練を積んでるんだね」
京香先輩は何かを考えるように顎に手を当てた後、何かを思いついたかのように手をぽんとついた。
「あ、そうだ」
そして先輩は自分を指さして──
「真澄くんと紅葉ちゃん。私の弟子になる?」
と、驚くべきことを提案してきたのだった。
***
「先輩の弟子、ですか?」
「そうそう、対人戦の経験を積みたいんだよね?」
「そうですけど……」
「私、こう見えて結構対人戦の経験もあるし、いい師匠になれると思うんだ」
ニコッと笑う京香先輩。
「でも、なんで先輩がそこまでしてくれるんですか?」
「やだなぁ真澄くん。私は先輩なんだよ? 後輩になにかしてあげるくらい先輩として当然だと思わない?」
「でも……」
「まぁ、目的は色々とあるけどね」
「目的?」
「強い人と戦いたいから、真澄くんには早く強くなって欲しいし、それに私も合法的に対人戦ができるし。それが報酬と言っても過言じゃないよ」
戦えるのが報酬って……。
確かに、京香先輩は強敵と戦えばテンションが上がる戦闘狂だった。
「あのね、実は私と戦ってくれる人なんてめったにいないの。可憐ちゃんは私のことを尊敬しているから、模擬戦をしようっていっても断られちゃうし、私と戦ってくれる人なんてそうそういないし……」
「まあ、そうでしょうね……」
「? ええと……この方はどういった方なのでしょう?」
紅葉が首を傾げる。
ああ、そう言えばそうだったな。
「この人は天海京香。日本人唯一のSランクエージェントで、日本最強って言われてる人だ」
「に、日本最強……っ!!」
紅葉は途端に目を輝かせ始めた。
こいつも同じく強い人間を追い求めてきた口だ。最強という言葉にテンションが上っているらしい。
「ちなみにだけど、私は模擬戦で真澄くんに負けてます」
「そうなのでござるか!? 流石は主殿……」
紅葉が変な勘違いを思想になったので、俺は慌てて否定する。
「いや、だからそれは別に俺が勝ったわけじゃないでしょうが」
「でも負けたのは負けたもーん」
いたずらめいた笑みを浮かべてそっぽを向く先輩。
「いつまでそれ引きずってるんですか……!」
「ふふん、これからもずっと引きずってくよ」
「勘弁してください……」
先輩はふふふ、と笑う。
「話を戻すけど、私にとっては戦える機会っていうのは凄く貴重なんだよね。だから稽古と称して対人戦がしたいの。すごく」
「ぶっちゃけたでござるね」
「それに、紅葉ちゃんとも戦えるしね?」
京香先輩は紅葉にも微笑みかける。
普通に、すごくメリットのある提案だ。
日本最強のエージェントに稽古をつけてもらえるなんて経験、普通は祈ったって経験できやしない。
今の俺は正直に言えば対人戦闘は素人。
この提案、受けない理由がない。
アイリスの方へとちらりと視線を向けると、むごんで頷いていた。
「どうかな真澄くん?」
「もちろん、お願いします」
「ぜひお願いします!!」
俺も紅葉もその提案に乗った。
「オッケー、じゃあとりあえず、私と一本ずつやってみようか」
***
十分後、俺は地面に大の字で寝転がっていた。
もちろん、先輩との稽古の結果だ。
「先輩、異能無しで戦ってるのに強すぎだろ……?」
先輩との修行は、まずは異能無しでの戦いから始まった。
結論から言えば、先輩は異能無しでもめちゃくちゃ強かった。
普通にやられた俺はこうして地面へと転がっているわけだ。
身体を起こすと、先輩と紅葉が戦っていた。
「ふっ……!」
紅葉が鋭く踏み込んで、先輩へと木刀を打ち込む。
「ふふっ、まだまだ甘いね紅葉ちゃん」
「わわっ!?」
しかし先輩はその一撃を軽く受け流す。
するとバランスが崩れた紅葉に対して軽く……ぽん、と手刀をお見舞いした。
「はい一本」
「あぅ……」
紅葉は涙目になり蹲る。
「紅葉ちゃんは技術だけで言えば私よりも全然高いけど、戦いの駆け引きとかはまだまだだね。経験を積めば強くなると思うよ」
「うぅ……」
「さぁ、真澄くん。休憩はもう十分だよね。そろそろ再開しよっか」
「えっ? でも先輩今紅葉と戦ってたところじゃ……」
「私は大丈夫。ほら、もう一回やろう」
だめだ、めったにできな対人戦をやれて完全にハイテンションになってる……。
それから何度も先輩と訓練を重ねた結果。
「ふっ……!」
先輩がこちらへと貫手を打ってくる。
手でそれを払い、こちらも掴もうとする。
狙いは先輩の服の襟。
先輩はバックステップで距離を取る。
それに対して素早く距離を詰め、足払いをしかける。
「良い狙いだけど……まだまだ!」
しかし先輩はそれを跳んで躱して、背負投げをした。
「うお……っ!?」
ドンッ!
地面に叩きつけられた俺は空気を絞り出した。
「うん、だいぶ慣れてきたね……」
「まだ勝てませんけどね……」
「これだけやれれば十分だよ。紅葉ちゃんもね」
俺はなんとか対人戦闘をものにすることができるようになったのだった。
短期間で何度もやられたため、凄まじいスピードで学習することができたのだ。
だから先輩の修行方法もあながち間違っていたとは言えないのだが……めちゃくちゃ疲れた。
俺が床で休んでいると、京香先輩が尋ねてきた。
「そうだ、一つ思ったんだけど」
「な、なんですか……」
「真澄くんは、魔力を身体から切り離して異能を使わないの?」
「え?」
俺は一瞬先輩の言葉が分からなかった。
「ほら、真澄くんって今は魔力を伸ばして攻撃してるじゃない?」
「そうですね」
俺の雷撃は魔力を伸ばしてそこに雷を通している。
「でも、魔力を離して使ってみたらいろんな使い方ができるよ? 攻撃にもバリエーションが増えるし、一回やってみたら?」
「確かにそうですね……」
ずっと魔力を伸ばすことを考えて使っていたが、魔力を身体から切り離して使うというのはあまり考えてなかった。
魔力を切り離せばいろんなパターンが増やせる。
どうして今まで思いつかなかったのか分からないくらいだ。
「でも、一つ疑問なんですが……身体から切り離した魔力って扱えるんですか?」
「結構コントロールできるよ? まあ、流石に身体から離れすぎたりするとコントロールはできなくなるけど。一旦雷のボールを作ってみて」
「はい」
言われるがままに魔力で雷の球体を作ってみる。
「じゃあそれを切り離してみて」
俺は言われたとおりに切り離す。
すると俺の手の上で雷の球体が浮いた。
試しに移動させてみる。
「確かにコントロールできますね」
「ね? 簡単でしょ?」
先輩が微笑む。
「この調子で、魔力を切り離して使うといろんな工夫ができるからやってみなよ。あ、最初は自分で考えたほうが良いからこれ以上はやめとくね。アイデアに詰まったりしたらまた聞きに来てもいいよ」
先輩は優しくそう言ってくれる。
対人戦の修行の件といい、ヒントの件といい、本当に至れり尽くせりだ。
「はい、やってみます」
そして、異能についてのヒントを貰って、その日の修行は終わった。
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