第39話 悪巧みの末路
「くそっ!! まさかあんな奴らだったとは……!」
リーダーはコンテナの中を走りながら悪態をついた。
すでに煙幕は晴れている頃だろうが、十分に距離は離した。
閃光弾と煙幕の合せ技のお陰で、自分の位置はバレてはいないはずだ。
こういった逃走は軍人時代に何度も訓練をしているし、傭兵になってからも何度も経験していて、その度に仲間全員と生還してきた。
これを追える人間なんて常識的に考えていない。
今回はいつもとは状況が違うが、それでも全滅という最悪の結果からは逃れることができた。
「それにしても、どうして……」
雇い主から送られてきた情報は、男子高校生と和装の少女はただの一般人に過ぎないという調査結果だった。
念を押す形で自分も調べてみたところ、まるで特徴のない高校生二人だった。
だが、現実はこれだ。
二人共明らかに現実から逸脱した力を使い、自分の仲間四人を瞬く間に無力化して見せた。
あれを一般人とは呼べない。
あきらかに高校生に対する情報が隠蔽されていたのだ。
「……もしかして、奴はそれを知っていたのか?」
楽な仕事に対しての過剰は報酬額。
そして隠蔽されていた情報。
頭の中でピースが嵌まった。
「まさか……俺達は奴らの情報を引き出すめの、囮……?」
ダンッ!!
その考えに至ったとき、思わずコンテナを殴りつけていた。
「つまり、俺達はただの使い捨ての駒だったということか……!!!」
リーダーはここにはいない依頼主を睨む。
その時、背後から異常な気配を感じた。
振り返るとそこに立っていたのは──さきほどの男子高校生。
「っ位置がバレただと!?」
とっさに銃を向け、撃つ。
だが常人を遥かに超えた速度で走り回る男子高校生には一発も当たらなかった。
「う、おぉぉぉぉぉおおおッ……!!!」
リーダーは雄叫びを上げながら引き金を引き絞る。
──目の前に、男子高校生が立っていた。
銃口が目の前へと突きつけられる。
『俺達を狙う理由は何だ?』
「……っ!!」
日本語で話しかけられるが、フランス人である自分には応えられない。
何か答えなければ死ぬ。
しかし無情にもタイムリミットはやってきた。
『そうか、残念だ』
二度銃声が鳴り響く。
リーダーがその場に倒れた。
***
「こいつらは結局なんだったんだ……」
俺は地面に倒れている覆面を見て呟く。
覆面を外すと、白人の三十代くらいの男性だった。
ベストや迷彩服はどれも軍人が来ているような装備だ。
どう見ても一般人じゃない服装と、武装。
そしてこの日本という国で平気で発砲する精神。
すると遅れてアイリスたちがやって来た。
「倒したか」
「ああ、完全に気絶してる。縛っておいたほうが良いか?」
「いや、すぐに捕縛する班がやってくるからそのままでいい。あちらもすでに四人とも捕縛済みだ」
「そうか」
「それはそうと、真澄、紅葉、お手柄だ。五人とも生かして捕らえてくれて助かった。これで情報を吐き出させやすくなる」
「ああ。対人用の非殺傷弾があってよかったよ」
俺が三人に対して使ったのは非殺傷の銃弾だ。
それに加えて、スタンガンのように銃弾に電気を纏わせていた。
だから至近距離から撃ったとはいえ青あざができている程度で気絶させることができたのだ。
「紅葉も仕合ができて嬉しかったでござる!」
紅葉が満足げな笑みを浮かべてそう言った。
「褒めてください!」と頭を下げてよって来たので撫でておく。
「ああ、良かったな。それはそうと、こいつらの狙いって……アイリスだよな?」
俺がそう尋ねると、アイリスは神妙な面持ちで頷いた。
「ああ、そうだな。恐らくは私の身柄を確保しようとしていたのだろう」
「この外国人たちがでござるか?」
「いや、こいつらは恐らく金で雇われたただの傭兵だ。動きも統率が取れていた上に、明らかに実戦慣れしていた」
「ということは、雇い主が居るってことか?」
「そういうことになる」
「じゃあ、その雇い主の狙いはもしかして……」
「私の聖杯だな」
やっぱりいるのか……アイリスの聖杯を狙ってくる輩は。
以前、アイリスは無限の魔力を取り出すという魔術があるせいで、様々な人間から狙われていると語っていた。
だからある程度は覚悟していたが……。
こんな場所で強硬手段に出てくるとは思いもしなかった。
「聖杯?」
紅葉が首を傾げる。
「そういえば、紅葉にはまだ何も説明していなかったか。聖杯とは──」
アイリスが紅葉に対して四大魔術と聖杯について説明する。
「なるほどなるほど。アイリス殿を狙っているその人物は、その聖杯を狙っているのでござるな」
「誰が狙っているかはこれからの尋問で判明するだろう」
尋問か……と、俺が考えているとアイリスが付け足した。
「安心しろ。君が考えているような残忍な方法は使ったりしない」
「そうか、それなら安心した」
安心したらなんか疲れてきたな。
「今日はもう帰ろう」
アイリスの言葉で俺達は家へと帰ることにした。
誰がアイリスを攫おうとしたのか、という疑問を残しながら。
***
翌日、俺達は異能機関の本部へと向かっていた。
「昨日の奴らから情報を引き出せたって本当なのか?」
「ああ、昨日気がついた後、リーダーと思われる人物が自分からあっさりと情報を吐いたそうだ」
「なんでそんなに簡単に情報を喋るんだ……?」
「話を聞く限りでは、どうやらあの五人は依頼主にはめられた、ということだそうだ。我々が異能や魔術をつかう人間だという情報を伏せられていたらしい。情報を話す代わりに、自分たちを解放するように取引を仕掛けてきたよ」
「なるほど、先に裏切ったのは依頼主方だから、情報を守る必要はないということでござるな」
「だけど、そんなにすぐに吐いた情報なんて信憑性があるのか? 普通に偽情報ってことも……」
「一応、嘘はついていないことは確認している。まあ、大した情報は取れなかったがな」
「大した情報は取れなかった? 依頼主について話したんじゃないのか?」
俺と紅葉は首を傾げる。
「五人に依頼した依頼主は匿名だったそうだ。使い捨てのメールから依頼内容と情報、そして報酬内容が送られてきて何度かやり取りをしただけで、個人を特定できるような情報はなにも知らないそうだ」
「匿名でなんどかメールをやり取りしただけって……なんでそれで依頼を受けようと思ったんだ」
「恐らくは話していないだけで、仲介者がいるんだろう。もし依頼者が支払いから逃れようとしても強制的に支払わせることができる力をもった仲介者が。残念だが、それの情報は死んでも話さないだろうな。話せば自分たちが死ぬだけだ」
「じゃあ、仲介者を教えてもらってそいつから情報を引き出すのは無理ってことか」
「そういうことだ」
つまり、結局は誰がアイリスを狙ったのかは分からずじまいということだ。
異能機関へ到着したので中へと入る。
「あ」
見知った顔を発見した。
ツインテールの女子高生、
「おいかれ──」
「ぴゃっ!?」
一応顔見知りだし、話しかけようと思ったのだが無理だった。
可憐は俺を見つけると同時に顔が真っ赤になって、慌てて柱の裏に隠れてしまったのだ。
(そんなに俺を話したくなかったか……)
そういえば俺、あいつに嫌われてたな。
グリムスティンのダンジョンでちょっと和解したような気がしていたが、それは完全に気のせいだったらしい。
まさか俺と一言も話したくないどころか、離れるほど嫌われているとは……。
可憐はまだ柱の裏から俺を無言で見てきている。
俺が近づいてきたらまた逃げるためにじっと監視しているのだろう。
まあ、嫌われているならわざわざ話す必要もないか、と思って踵を返すと……。
「……」
「……」
なぜか不満顔のアイリスと紅葉がいた。
「な、なんだよ……」
「いーや、別に?」
「主殿は好かれているのでござるね」
二人共なぜかジト目で睨んでくる。
俺は流石に反論した。
「いや、どう考えてもあれは嫌われてるだろ、あんなに離れてるんだぞ?」
「そう思ってるならそれで良いんじゃないでござるか?」
俺の答えになぜか不機嫌になった二人をなだめるのが大変だった。
***
それから昨日できなかった魔石の売却を済ませると、修練場を一つ借りることにした。
紅葉と訓練するためだ。
訓練場に入った瞬間から紅葉はご機嫌だった。
「主殿ありがとうございます♪」
「まあ、俺も対人戦闘を磨くべきだと思ったからな」
先日の一件で、俺も考えたのだ。
あそこでもう少し早く撃たれていたら避けきれなかったかもしれないし、運良く射線上にいなかっただけでアイリスが怪我をしていた可能性も十分にある。
そもそも、俺はモンスター相手ならともかく、対人戦に至っては全くド素人だ。
アイリスがああいう戦闘のプロのような人間からも狙われると分かった以上、俺も対人の経験を積まなければならない。
……自分の身を守るという意味でも。
「うんうん、向上心があるというのは結構なことだ」
続いて訓練場に入ってきたアイリスが満足げに頷く。
「向上心っていうより、必要に迫られてるんだよこれは」
「キミには私を守るという役目があるからな、騎士くん?」
「お前が勝手に鍵を押し付けてきたからだよ」
そう、俺はアイリスにあるものを押し付けられた。
それはアイリスの家に伝わる四大魔術である聖杯から、無限に魔力を引き出すための鍵だ。
俺自身はその感覚は良く理解できないが、確実に身体の中にあるらしい。
聖杯は鍵がなければ使えない。
つまり、聖杯の鍵を持っている俺自身も狙われるということだ。
俺は静かに天井を仰ぐ。
「俺は、平和に生きたいって何度も言ってるのに……」
「主殿は平和に生きたいのでござるか?」
「そうだよ」
「紅葉、平和に生きる方法を知ってるでござるよ!」
まるで先生に「わかるかなー?」と言われ、「はいはい!」と自慢げに手を挙げる小学生のように、紅葉が手を挙げる。
「……一応聞くけど、どんな方法だ」
「かかってくる敵をすべて倒せば良いのでござる! それなら平和に生きれるでござるよ!」
「ああそうだな! 確かに生きれるな。それができたらの話だけどな!」
真面目に紅葉の話を聞いた俺が馬鹿だった。
戦闘狂から平和に生きる方法なんて聞いてもまともな答えが返ってくるわけがないのに。
「まあ、うだうだ言っても始まらないか」
「一本やるでござる!」
俺たちは訓練場の真ん中まで移動した。
俺は非殺傷弾に弾倉を切り替え、そして紅葉は木刀を手に向かい合う。
「行くぞ」
練習試合が始まった。
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