第38話 予想以上の実力


 通信が入る。


『目標が倉庫から出て来次第、襲撃を仕掛ける』


 五人組はコンテナの影から倉庫から出てくるのを見計らっていた。


『倉庫の前に黒服たちが居るんだけど? 護衛かしら』

『どうする、今回の襲撃はやめておくか?』


 メンバーの一人の言葉をリーダーは否定する。


『いいや、襲撃の予定は変えない。黒服の数は多いが、すでに大部分がその場から離れている。それに相手に反撃能力はほとんど皆無な上に、帰るときには必ず倉庫の反対側にあるこのコンテナ群を通る。襲撃に最適とは言い難いが、俺達なら確実に成功させられる』


 リーダーの声には確かな自負があった。

 それは長年傭兵として各国を渡り歩いて生きてきたことからくる自負であり、仲間を鼓舞するための言葉でもあった。


『ただし、銃声を響かせれば確実に他の連中も襲撃に気がつくだろう。各自、消音器サプレッサーを装備しろ』

『『『『了解』』』』

『では今回の作戦をもう一度確認する』


 リーダーはそう言って作戦の確認を始めた。


『標的は現在あの倉庫にいる。そしてあの倉庫から出てきてこのコンテナ群を通ったら背後から奇襲。素早く護衛であるメイド、及び一般人の高校生二人を排除して、残った標的の身動きを封じて車に乗せる。いいな』


 リーダーが作戦を説明してから数分後、倉庫からアイリスたちが出てきた。


『標的確認。こっちにやってくるぜ』

『一度身を隠してスルーさせろ。背後から奇襲する』


 リーダーの合図で五人はそれぞれコンテナの背後に身を隠す。


『配置につけ』


 何も知らないアイリスたちが横を通り抜けていった後、移動して真後ろへとつく。

 リーダーは無防備な背中を見て、作戦開始の合図を告げようとした。


『作戦、開──』


 しかし、


『えっ、気づかれたんだけど。この距離で!?』


 メンバーの声がそれを遮った。

 四人の中の一人である和装の少女が背後を振り返ったのだ。


『落ち着け、気のせいだろう。我々に気づくはずがない』

『いんや、あれ気づいてないか? めちゃくちゃ警戒してるぞ』


 あちらとこちらの距離は少なくとも数十メートルは離れている。

 だからこそ、通り過ぎた後に気配に気づかれはずはないと考えていた。

 だが和装の少女は明確にこちらを見て警戒の表情を浮かべている。


『……ふむ、確かにこちらを見ているな。これからは気づかれている前提で動く』

『あの女が持ってるのって……カタナか?』

『それにあの格好、ジャパニーズサムライ?』

『安心しろ。事前の調査ではどのみち際立った戦闘能力はない。ファッションか何かの飾りだろう。それよりも気づかれた以上、助けを呼ばれる前にすべて終わらせるぞ。総員、戦闘準備』


 それぞれが肩から吊り下げていた消音器付きの銃を、体の前面へと回す。

 そしてリーダーはインカムに向かって短く告げる。


『作戦、開始』


 作戦がスタートした。


***


 銃口がこちらへと向けられている。

 俺はその瞬間、やむを得ず神経の高速化を行った。


 パシュン、という気の抜けた音とともに俺へと弾丸が迫ってくる。

 狙いは俺の頭部。当たればもちろん俺の命は刈り取られるだろう。


「っ!」


 全身を帯電させ、身体能力を強化。

 俺はギリギリのところで迫った銃弾を避ける。


 銃弾を避けると撃ってきた奴らが驚いているのが伝わってきた。

 しかし言葉はわからない。恐らく外国語だ。


 そのままコンテナの影に隠れる。

 その際に紅葉も銃弾を避けることができていることと、シャーロットとアイリスがコンテナの陰に隠れていくところは確認できた。


「くそっ、撃ってきやがった……!!」


 倒れ込むようにコンテナの陰に入った俺は、コンテナに背中をぶつけるように押し付けながら、ホルスターから銃を取り出す。

 そしてマガジンを交換すると、素早くイヤホンを耳に当てた。


『真澄、無事か!』

「ああ無事だよ! あいつらは一体何なんだ!」

『分からん! だが私達は今奇襲を受けている! ここは一旦逃げて──』

「それは無理だ! もう俺達は逃げられない! 紅葉! 俺達で無力化するぞ!」


 イヤホンの向こう側に居る紅葉へと叫ぶ。


『了解したでござる!』 


 同時に、向こう側から三人が俺の方へと曲がってくる気配がした。

 帯電、身体強化。


 そして、戦闘が始まった。



***



 三人と二人に別れて左右のコンテナから出た五人は、それぞれ先頭の二人が銃を向けて発砲した。

 だが、


『避けられた!?』

『なんだよ今の動き!?』


 先に発砲した男子高校生──真澄はそれを超人的な動きで避けた。

 四人はそれぞれ近くのコンテナへと姿を隠す。


『ニンジャの技か!?』

『サムライの方はともかく、男の方は確実に俺達の奇襲が決まってたはずだぞ……!?』

『ていうかやべぇぞ! 奇襲が失敗した!』


 メンバーが慌て始めたのを落ち着かせるようにリーダーが告げる。


『落ち着け、奇襲が失敗した程度で動じるんじゃない。これくらいなら今までいくらでも経験してきた。だがこのままだと救援を呼ばれる可能性がある。今すぐに仕留めろ、高校生二人はもはや殺しても構わん。二と三で別れて高校生組を殺した後、標的の確保だ、いいな』

『『『『了解』』』』


 五人はそれぞれ二手に分かれながら、男子高校生と和装の少女が隠れたコンテナへと駆け足で向かう。

 そして銃を構えて角の先へと銃口を向けたとき。


『いない……!?』


 角の先に先程の男子高校生の姿はなかった。


『上だ!』


 声に残りの二人が上を向くと、どうやったのか真上から真澄が落ちてきていた。


『どうやって──!』


 真澄へと銃口を向けて発泡するが、落ちながらコンテナの壁を蹴って反対側のコンテナに張り付き、もう一度コンテナを蹴って地面に着地する。

 真澄が通ったあとの空中には光の線が走っていた。


『早っ……!?』


 着地した瞬間、一番近くにいた一人の目の前にへと明らかに人間を超えた速度で接近する。


『くっ……!』


 近づかれたメンバーは近接格闘に移行しようとするが、


「遅い」


 それより遥かに速く銃身を抑えられ──バンバンバンッ!!

 三回銃声が鳴り響いた。


 そのすぐ後に、地面にメンバーが崩れ落ちる。

 顕になった男子高校生の手には──拳銃が握られていた。


『なっ、銃を持ってるだと!?』

『日本人は銃なんて持ってないはずではないのか!?』


 残った二人は男子高校生が銃を持っていたことに驚愕する。

 その疑問に対して答えを出す暇もなく男子高校生は動き始める。


 残り二人の判断は早かった。

 崩れ落ちたメンバーは死亡としたと判断。


 残り二人で二つの射線を作り、数の有利で押し切ろうとする。

 しかし銃口を向けた瞬間、男子高校生はその場から消えていた。

 光の軌道を辿った先──もう一人のメンバーの目の前へと男子高校生は移動していたのだ。


『本当ににんげ──ッ!!』


 言葉を遮るように銃声が鳴り響く。

 至近距離で銃口を突きつけられ、撃たれたメンバーがまた一人崩れ落ちる。


「残り一人」


 男子高校生がこちらへと視線を向ける。

 最後に残ったリーダーは一歩後ずさった。


(なんだコイツは……!? ろくな戦闘訓練すら積んだことのない、一般人だったはずではないのか!? 明らかに人間以上のなにかだぞ!?)


 この強さは今まで自分が敗北したことのある一流の諜報員や兵士……いやそれ以上だ。


 それに加えて、さきほどから明らかに人間を超越した動きを見せている。

 超能力や心霊などは信じていないが、しかし現実として目の前でそれが起こっているのだ。


 どんなに現実離れしていることでも受け入れざるを得ない状況だった。

 あらかじめ渡された情報との食い違いに、リーダーは一瞬怒りが込み上げてきたが我慢した。


 ここで激昂したところで事態をさらに悪化させるだけだ。


(サムライへ当たった二人はどうなっている……)


 前方の男子高校生に警戒しながら後ろの様子を伺い……驚愕した。

 和装の少女の方へと向かった二人は、すでに地面に倒れ伏していた。

 そしてその和装の少女は日本刀を手に、その二人を見下ろしている。


(馬鹿な……っ!? 剣に銃が負けたのか!?)


 自分以外の全員が全滅しているという状況に、リーダーは決断を下した。


(このまま全員やられるわけにはいかない。……すまないが、俺は逃げるぞ)


 地面に倒れて、先に死んだと思われる仲間に心のなかで謝ると、腰に手を回して地面にあるものを落とした。

 ──閃光弾だ。


「なっ……」


 辺りをまばゆい光が包む。

 同時に煙幕が周囲に焚かれ始めた。

 リーダーが閃光弾と同時に落としていた煙幕だ。


「くそっ……!」


 閃光弾をまともにうけた真澄も紅葉も視力の回復に時間を要した。

 視界が戻ると視界を覆い尽くすほどの煙が巻かれていた。


『今魔術で風を飛ばす!』


 後方から魔術を使ったアイリスが辺りの煙幕を吹き飛ばす。

 そして視界がクリアになる。


 地面には倒れている四人のメンバーが倒れているままだった。

 だが、リーダーの姿は跡形もなく消えていた。


「くそっ、逃げたか……!」

「いや、まだだ」


 駆け寄ってきたアイリスが告げる。


「先程の風の魔術の中に、足跡を追跡するための魔術を仕込んでおいた。今はあちらに向かって逃げているようだ」


 アイリスは真澄に向かって方向を指し示した。


「イヤホンを装着しろ。最後の一人までわたしが誘導する」

「了解」


 真澄は身体を帯電させ走り出した。

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