第37話 誘拐の計画
東京某所。
部屋の中には五人の男女がいた。
全員日本人ではない外国人だ。
「今回の俺達の標的はこいつだ」
リーダーらしき男がボードに貼られた写真を叩いた。
「アイリス・ロスウッド。この少女の身柄を捕獲するのが俺達の目標だ」
「16って、まだ子どもじゃない」
男女の中にいる唯一の女性が声を上げる。
「そうだな。しかしコイツを攫えというのが今回の雇い主からの依頼だ」
「身代金目的とか? そんなにお金を持っているのでしょうか?」
メガネを掛けた真面目な男が問いかける。
「調べたところ、どうやらイギリスの貴族の子どもだそうだ。だが、肝心なのは──」
「俺達はどんな仕事だってする。金さえ積まれればヤクの密輸や人身売買でさえ。だろ?」
飄々とした雰囲気の男が答える。
リーダーは頷いた。
「そのとおりだ。ま、面がいいし、気に入ったとかどこかの変態に売るつもりとかそんな感じなんだろう。……俺たちには関係ないな」
「違いねぇ。結局金さえ入れば問題ねぇな」
「そうは言っても、今回の依頼者は匿名なんだろう? 信用できるのか? 匿名なら報酬を踏み倒す可能性も否定できないが」
体格の良い黒人の男性が尋ねた。
「それは問題ない。信頼できる仲介者がいるからな」
「なるほど、それなら心配はないか」
「それでは作戦を説明する……が、今回は非常に楽な仕事になるだろう」
リーダーはボードに張っている四枚の写真を指差す。
「まず、標的は薄い護衛で動き回っている。頻繁に人気のない場所に出入りしているようだから、襲撃もしやすいだろう」
「どうして人気のない場所に入っているの?」
「わからん。だが入っているのは廃病院や廃ビルだ。人気のない場所で度胸試しか何かをしているのだろう」
「人気のない場所に頻繁に? そんなの攫ってくださいって言ってるようなもんじゃねぇか」
「ふぅん、まあそういう趣味の子って結構いるわよね」
女性が納得すると、リーダーがまた説明を始めた。
「作戦自体はシンプルだ。次に標的が人気のない場所へ出かけたタイミングで、いつものやつで攫う」
「護衛はいないのか? 貴族の娘なら護衛の一人や二人、ついていても違和感はないが」
黒人が質問した。
「標的には常に三人の人間がついているが……この内のこの二人は戦力として計算しなくて良い。雇い主があらかじめ調べた情報によると、ただの高校生で特段特筆するような戦闘能力も持っていなかった」
そう言ってリーダーは真澄と紅葉の写真を剥がす。
そして残ったシャーロットを親指で差した。
「恐らく真の護衛はこのメイドのみだ。だが、メイドも特段戦闘技能を積んでいるようには見えない。まあ、五対一だ。いくら凄腕のボディーガードだろうが、俺達程度の力量差があれば人数差でどうとでもできる」
「ヒュウ、護衛一人だけ? じゃあ楽勝じゃん」
「邪魔は入らないのか? 警察が出てくる可能性は?」
「おい、さっきから質問ばっかりうるせーぞ! 日本で人を攫うくらい俺達がミスるわけがねぇだろうが!」
「黙っていろ。作戦を成功させるためには必要不可欠なことだ」
「まぁまぁ落ち着いて。前提条件の確認は大切なことですよ」
一瞬険悪な雰囲気になりかけた二人をメガネの白人が落ち着かせる。
「日本の警察は銃すら撃ったことのない奴らばかりだ。正直に言って、平和ボケした奴らには負けないさ」
リーダーは確固たる自負を持ってそう告げる。
「じゃあ更に余裕じゃん。これで成功報酬500万ユーロとか、まじで最高の依頼じゃねぇか!」
「高校生二人組はどうするんです?」
「殺しちまおうぜ、俺達のことを言いふらされてもめんどくせぇ」
「そうねぇ、この二人には申し訳ないけど、サクッとやっちゃって口封じしたほうが簡単よねぇ」
物騒な提案。
その言葉に対してリーダーは否定はしなかった。
「殺すのはできれば避けたいが……最悪殺してしまっても構わん。一人二人の殺人程度なら、今回の依頼主がなんとかしてくれるそうだ」
「つまり、一人や二人は殺しても隠蔽工作をしてくれる、と……」
「ハハッ! 最高じゃねぇか! 俺最近ぜんぜん殺せてなくて退屈だったんだよ、なぁ!」
「私は君のように殺人趣味はない。一緒にしないでくれ」
「でも面倒な隠蔽工作までやってくれるなんて、本当に太っ腹なのね。今回の雇い主は」
「それだけこの標的を手に入れたいということなのだろう」
そしてリーダーがまとめに入る。
「俺達は世界中でいろんな戦争に参加してきた。この程度の依頼、楽にこなして人稼ぎといこうじゃないか」
「「「「おうっ!」」」」
リーダーの言葉に、四人は勢いよく返事を返した。
このときはまだ、五人には楽観的な空気が流れていた。
***
その日は、人気の少ない港の方にある倉庫に出現したという迷宮の攻略に向かっていた。
周囲にコンテナが沢山積まれた場所だ。
「なぜ私がこんなに歩かなければならんのだ……」
「今回は駐車できる場所がありませんでしたから。しかたありません」
「そうだとしてもだ、わざわざ駐車場に停める必要はあったのか?」
「そこらに停めてしまうと他の方々の作業の邪魔になりますので、仕方ないかと」
アイリスとシャーロットのそんなやり取りをしながら歩いていく。
「お前、本当に体力ないよな」
「仕方ないだろう、ないものはないんだ……」
文句を言いながらもアイリスはぜぇぜぇと息を吐いていた。
ちょっと歩いただけでこのザマだ。
今までどうやって生きてきたのか不思議になるくらいだ。
「シャーロットぉ……あれ、あれをやってくれ」
「仕方ありませんね」
シャーロットはそういうと、アイリスの背中に手を当てる。
ポウッとシャーロットの手が光ったかと思うと……。
「体力復活! いやー、疲れているときにはこの手に限るな!」
アイリスは急に元気になり、意気揚々と歩き始めた。
「? 今のは何をしたのでござるか?」
紅葉がシャーロットに問いかける。
「私の異能の『治癒』で、お嬢様の体力を回復しました」
「おおっ、そんなことが……! 異能とは本当に便利でござるな!」
アイリスが元気になったことで俺達はまた歩き始めたが、そこで紅葉が急に振り返って首を傾げ始めた。
「どうしたんだ?」
「いえ、なにか視線を感じるうよな……?」
そう言われて俺も辺りを見渡してみるが、コンテナだけで周囲に人影はない。
「怖いこと言うなよ。ここらへん人がいなくて怖いんだから」
「も、申し訳ありません。多分気のせいでござる」
紅葉が謝ってくる。
視線のことはもう気にしないことにして、再び歩き始めた。
迷宮の規模はCランク。
さして高くない難易度だったのですぐに攻略は完了し、帰ることになった。
倉庫から出て、リムジンが停めてある場所へと向かおうとする。
そのときだった。
紅葉が刀の柄に手をかけた。
「……主殿」
「どうしたんだ?」
「敵でござる」
紅葉が勢いよく振り返る。
「敵……?」
俺が振り返ると……左右のコンテナから五人組が角から出てきたところだった。
覆面をしていて、顔は見えないため性別もわからない。
ただし、五人ともピリピリとした異様なプレッシャーを放っていた。
肌に刺さるようなこの感じは……敵意だ。
「だれ……」
誰だ、と言おうとしたとき。
俺は五人組が手にそれぞれありえないものを持っていることに気がついた。
銃だ。
短機関銃やアサルトライフルをそれぞれ肩から下げているのだ。
通常、異能機関の人間は外では銃を見せびらかしたりしない。
あれは敵だ。
俺はそう確信した。
──ガチャッ。
それと同時に五人組がこちらに向かって銃を撃ってきた。
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