第36話 『剣鬼』の実力とCランクエージェント
やって来たのはカーリーのいる研究室だ。
中に入ると案の定カーリーは机に突っ伏して寝ていた。
「カーリー女史、起きたまえ。それとこんなところで寝ると身体を痛めるぞ」
「んあ……? ああ、アイリスちゃん。こんな夜遅くにどうしたの……」
「彼女が持っている刀を改良して欲しい」
アイリスは親指で紅葉を指す。
「なるほどな、刀自体を改良するのか」
俺はアイリスが先程言っていた言葉の意味を理解した。
「あっ、その格好、もしかしてその子が噂の剣鬼ちゃん?」
「ああ、そうだ。エージェントの素質がありそうだったから連れてきた」
「ほほう、アイリスちゃんが見初めたってことは、かなりの実力者か……いやぁ、それにしても可愛いねぇ。お姉さん、可愛い女の子大好きなんだよねぇぐえっ」
ワキワキと手を動かすカーリーにチョップが入った。
「良いから仕事しろ」
「おっけー、改良ね。どんなのにする? 魔力を通しやすくするとか、魔法陣を刻んで魔力を流すだけで魔法発動! 威力超アップ! とかもできるけど?」
「いや、それはいらん。そもそも紅葉は魔力がない」
「え?」
「だが木刀でワイバーンを斬り殺している。エージェントとしての資質は十分だ」
「まじで? どうやってんのそれ」
話を聞いていたカーリーの顔が引きつる。
アイリスが紅葉の斬ることへの感情について話す。
「なるほどね……確かにそういうことはあるけど、モンスターすら斬れるようになるって、どんだけバカでかい感情なんだか……。てか生身でCランク殺せるのってすごくない? やっぱり侍って凄いんだねぇ」
「真澄殿はその私を倒しているのでもっと凄いでござるよ!」
「いや、別にそんなに凄くないから」
「勝つかくらい当然だ。なにせ、私の騎士なんだからな」
「んにゃ、それで? 確か日本刀の改良だったよね。どんなのにしたいの?」
「任意で刃の切れ味を落とせるようにしてくれ」
「んん? 切れ味を落とすの? 刀なのに?」
アイリスの要望にカーリーは首を傾げる。
「ああ、これから先、紅葉が人間と戦うことがあるかもしれない。そのときのために人間を斬らずに戦えるようにしてほしいんだ」
「あー……なるほど。大体理解した。つまり真剣のモードと、模擬刀モードが欲しいわけね」
「そういうことだ」
「それなら簡単だよ。多分明日には改良し終わると思う」
カーリーに刀を渡す。
「それでは明日取りに来る。ではな」
「あい〜」
カーリーが気の抜けた声とともに研究室から出る。
廊下を並んで歩いていると、紅葉の様子が少し違うことに気がついた。
「どうした紅葉」
「感動しているのです……!」
「感動?」
「斬って良いものを用意してもらえるばかりか、刃を潰せば人間も戦っていいなんて……ああ、紅葉は今、人生で一番幸せでござる!!」
「……」
思考が戦闘狂すぎて普通に怖い。
「でも、俺は大したことはしてないぞ」
紅葉は首を振る。
「今まで紅葉は、本当に、本当に、斬りたかったのでござる。しかしその渇望を叶えることは不可能……ずっとそう思っていました。でも、私が不可能だと思った夢を、アイリス殿と主殿は叶えてくださったのです。それどころか主にまでなっていただいて……本当にありがとうございます」
紅葉はそんな事を話しながら……本当に嬉しそうに笑った。
「これも全て、真澄殿が紅葉を負かしてくれたおかげでござるね」
「……ほどほどにな」
***
翌日、紅葉はすぐにカーリーのところへ改良された日本刀を取りに行った。
「納刀中に鞘のところのスイッチをこうやって押せば真剣と模擬刀のモードを切り替えられるから」
「おお、鞘についていればこれなら戦闘中にも間違えることがないでござる」
刀を受け取った紅葉は、満足そうに握っている。
ひとしきり真剣モードと模擬刀モードの交換を試すと、帯に刀を差した。
「それではまずは早速、腕試しというこうか」
アイリスがスマホを掲げている。
「Bランクダンジョンが近くに発生したようだ」
俺達は発生したというBランク迷宮へと車で向かった。
しばらく車に揺られた後、迷宮が生まれたという場所に到着した。
五階建ての廃ビルだ。
いつもの通り、入口には黒服が数名立っていた。
アイリスとシャーロット、そして紅葉が先に中に入り、俺もビルの中に入ろうとしたところで。
「おーい」
真横から声をかけられたので振り向くと、そこには青年が立っていた。
青年は手を振りながらこちらへとやってくる。
「君さ、もしかして東条君?」
「えっと……?」
見え覚えのない青年だったので俺が首を傾げると、青年は「ああ、そっか」と自己紹介をした。
「まだ名乗ってなかったよね。俺は
爽やかにすっと手を差し出されたので、思わず握手を返した。
「君さ、今本部の中で凄く噂になってるんだよ。入ってから一ヶ月足らずでBランクに昇格したうえに、A+ランクのモンスターまで倒した期待の星だって」
「え、そうなんですか?」
「そそ、しかもあの有名な天海さんとか、高ランクエージェントとも繋がりがあるんでしょ? 皆君のこと何者なんだー? ってずっと話し合ってるよ」
「俺は別に凡人なんですが……」
「いやいや、そんな凡人いないから」
ははは、と爽やかに笑う仁。
「おっと、今日は挨拶だけしておきたかったんだ。仕事の邪魔するのもあれだし、じゃあね」
仁は手を上げて去っていく。
なんというか……全体的にあっさりした人だったな。
「真澄ー? なにをやっているんだ」
「ん? ああ……」
その時アイリスに名前を呼ばれたので、俺は慌ててビルの中へと入っていった。
***
『あーあー、紅葉、聞こえるか?』
「うむ、ばっちりでござるよ」
イヤホンから流れてくる声に紅葉が答える。
俺と紅葉はBランク迷宮の中へと入っていた。
『これが紅葉の初のダンジョン攻略となるが、すでにモンスターは倒しているとはいえ油断はしないように』
「了解でござる」
洞窟の中を歩いているとさっそく目の前にモンスターが現れた。
巨大なオークだ。
「主殿、ここは紅葉にお任せください」
鞘から日本刀を抜きながら紅葉がオークへと歩いていく。
「グオオォォォォッ!!」
オークが紅葉へと向かってくる。
それに対して紅葉は静かに足を運び──。
一刀両断した。
「一撃……」
『改めて見ても凄まじいな……』
ただの木刀でモンスターを倒していったというのも頷ける。
振り返った紅葉はニパッと笑みを浮かべて俺の方まで駆けてくる。
「どうでござったか主殿!」
「あ、ああ、すごかったよ」
撫でてほしそうにしていたので頭を撫でてやると、んふー、と目を細めて嬉しそうに笑った。
『ンンッ! ンンッ!!』
途端にわざとらしい咳払いが聞こえてくる。
なんだようるさいな。
『何をやってる真澄。可愛い女子だからって鼻を伸ばすんじゃない』
「伸ばしてねーよ」
『じゃあさっさと先に進め。キミならこんなところ楽勝だろう』
「はいはい」
理由は分からないがちょっと怒りを滲ませた声色で言うアイリスに、俺はそう返事をして進んでいく。
それから迷宮の中を進んでいくこと十数分。
モンスター自体は俺も紅葉もサクッと倒せた。
初めてとは思えないほどスムーズだ。
「アイリス、ボスがいる部屋へと到着した」
広いボス部屋の真ん中には、以前俺がちょっと苦戦したキマイラが立っていた。
『ではサクッと片付けてくれ』
「主殿、あの奇妙なライオンは紅葉に任せてください」
「一人で大丈夫か?」
「はいっ!」
まあ、危険そうだったら俺もフォローに入ろう。
鞘から刀を抜いた紅葉がキマイラの方へと走り出す。
ボス部屋の中に入った瞬間、キマイラが紅葉を感知した。
「グオオオオオオオッ!!!」
キマイラが咆哮を上げる。
ヤギの頭が紅葉へと火の玉を撃つ。
「むっ」
紅葉は一瞬驚いたように目を見開いたが、
「むんっ!」
と刀を振ると、その火の玉を真っ二つに斬った。
「メ゙ッ!?」
ヤギの頭が驚いたように目を見開く。
肉薄した紅葉が膝を折り曲げて跳躍する。
そいて二振りでライオンとヤギの頭を切り落とし、地面に着地するともう一振りで蛇の頭を切り落とした。
すべての頭を一瞬で切り落とされたキマイラは倒れ、塵となっていく。
「うむ、やはり真剣に限るござる」
『魔術を……斬ったのか……』
「キマイラの皮膚は相当硬いはずなんだがな……」
俺は素手で殴ったら手を痛めたのに、まるで紙のように容易く切り裂いた紅葉に俺は驚きを禁じ得なかった。
「どうでござったか真澄殿!」
顔に「撫でてください!」と書いて走ってくる紅葉の頭を撫でてやる。
すると幸せそうに顔を緩めた。
……なんか犬みたいだな。
俺がそう思って撫でていると、視界が切り替わった。
必然、俺が紅葉の頭を撫でているところをアイリスに見られることとなり……。
「あっ! 何をしているんだキミは!」
と、なぜか俺の方が怒られるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます