第35話 異能無しのエージェント
「ここが、異能機関の本部、というところでござるか……」
紅葉は異能機関の本部を見上げていた。
エントランスに入った紅葉は、中の光景を見渡して感嘆の声を漏らした。
「凄いでござる……! 金持ちが泊まるホテルみたいでござるな!」
アイリスはエントランスを進んでいき、カウンターにいる受付嬢に声をかけた。
俺が最初にやって来たときに受付をしてくれた人だ。
「一人エージェント候補がいる。彼女の力量を測定して欲しい」
「かしこまりました」
受付嬢はカウンターに水晶を置く。
水晶に手を置いた人間の魔力量や異能などの基本スペックを鑑定するための道具だ。
「なあアイリス、これ前も思ったけどどういう仕組なんだ?」
「これは魔術と科学の技術が融合している魔道具だ。複雑な構造だからここで一口に語れるようなものではない。というか私でも分からん。詳しいことはカーリーに聞いてくれ」
なるほど、つまり俺のスマートフォンみたいなものってことか。
よくよく見れば水晶の台座から伸びているケーブルがタブレットに繋がってるし、俺が構造を理解するのは複雑すぎて無理そうだ。
「紅葉、この水晶に手を置いてくれ」
「かしこまった」
紅葉が水晶に手を置く。
そして受付嬢の持っているタブレットに鑑定結果が出るが、それを見た受付嬢は驚いていた。
「なっ……これは……」
「どうした?」
「異能も魔力も……ありません。ゼロです。彼女は完全な一般人です」
「……うーむ、やはりか」
「だから言ったでしょう? 紅葉は異能など持っていないと」
えへん! と自慢げに胸を張る紅葉。
なんでそこで自慢げなんだよ。
「まあこの際ただの一般人でも構わん。キミ、彼女をエージェントに申請してもらえ──」
「ちょっと待ってくださいロスウッド様! 一般人はエージェントにはできません!」
「ふむ。確かにそうだが……彼女は木刀でワイバーンを倒している」
「え? 魔力も異能もなしで?」
「ついでに銃もなしだ」
「えぇ……そんなのどうやって……」
受付嬢がちょっと引いていた。
「とりあえず、彼女は一般人だがエージェントになる資質は十分にある。審査を通しておいてくれ」
「かしこまりました」
これで一段落したと思ったところで。
「あ、真澄くん」
「京香先輩」
先輩が話しかけてきた。
「こんな夜遅くにどうしたんですか?」
「うん、ちょっとダンジョンの攻略が遅くまで続いちゃって……その子は?」
先輩が俺の後ろにいる紅葉へと目を向ける。
「こいつは……」
「
俺が先輩に紅葉を紹介しようとした瞬間、紅葉は刀身が半分しかない木刀へと手をかけた。
同時に殺気が漏れ始める。
「へぇ……」
先輩がすっと目を細める。
そして好戦的な笑みを浮かべて構えを取った。
しかし──
「願わくば一つ、仕合──あたぁっ!?」
スパァンっ! と心地いい音が響いた。
俺が紅葉の頭を叩いたのだ。
「なにここで一試合おっぱじめようとしてんだ馬鹿が。強そうな人間に片っ端から斬りかかるをやめろ」
「で、ですが……」
「やめろ」
「……うぅ、はい」
ギロリと睨むと紅葉は涙目で頭を押さえて小さくなった。
「すみません、先輩」
「う、うんすごいね……そんな狂犬みたいな子を飼いならしてて」
「え? いやそういうんじゃないですが……」
「結構Sなんだ。真澄くん……」
徐々に俺から距離を取る先輩。
「はい? ちょっと待ってください先輩」
「じゃあね、私これから帰って寝るから……!」
先輩が素早く俺から離れていく。
変な勘違いをされた俺は地面に崩れ落ちた。
「終わった……」
「真澄殿、落ち込むでないでござる。こういうこともありますよ!」
「全部お前のせいだよ!」
***
紅葉のエージェント登録が終わった後、俺達は本部の廊下を歩いていた。
「アイリス殿、いつ紅葉に戦場を用意してくれるのでござるか?」
目をキラキラとさせて尋ねる紅葉。
「まあ落ち着き給え。それよりも前にやるべきことがあるだろう」
「やるべきこと?」
「それで戦うつもりか?」
「あっ」
アイリスは紅葉が帯に挟んでいる折れた木刀を指差す。
「確かにそうでござった……失念していたでござる」
紅葉は頭をかく。
「これから先モンスターと渡り合っていくなら、木刀では無理が出てくるだろう。本物の刀に興味はないか?」
アイリスの言葉に紅葉は目を輝かせると、
「あります!」
と大きく頷いたのだった。
「てことは、あそこに連れて行くのか?」
「ああ、その通りだ」
アイリスが頷く。
俺達がやってきたのは、俺がエージェントになったときにやってきたバーだった。
「これはロスウッド様」
「やあバーテンダー君、今日は彼女に日本酒を選んでほしくてね」
「ご要望はございますでしょうか」
「スッキリした舌触りかつ、タフな味わいなのがいいな」
「? どうして日本酒を? 紅葉は未成年でござるが……」
「かしこまりました」
紅葉は首を傾げるが、次の瞬間バーテンダーの後ろの棚が割れると大きく目を見開いた。
「おおっ……!? こんなに沢山の武器が……凄いでござる!」
バーテンダーは日本刀が飾ってあるコーナーの中にある、一本の刀を持ち上げた。
「ご要望に合わせるとしますと……これでしょうか」
カウンターに日本刀が置かれる。
「スッキリした舌触り、ということでとても切れ味がするどく、かつタフな味わい、ということでしたので刀身が重く、頑丈な造りの刀にしてみました。いかがでしょうか」
バーテンダーは優雅な手つきで鞘から刀を抜くと、紅葉へと渡す。
紅葉は刀を手に取るとじっくりと刀身を眺めて……。
「ふむ、手にも馴染むし頑丈そうでござる。これにするでござるよ」
「かしこまりました」
「では真澄、キミも何か装備を補充するか? 必要なものがあれば」
紅葉が武器を決めると、今度はアイリスが尋ねてきた。
「そうだな……人を撃っても殺さない銃弾が欲しいかな。あの非殺傷のやつ。それとナイフか何か欲しい」
紅葉と戦っていて分かったが、俺は人間相手に使える攻撃手段が少ないのだ。
「かしこまりました。確か東条様は9mmをお使いでしたから……こちらが非殺傷弾になります」
カウンターにケースに入った非殺傷弾が置かれる。
「表面に魔石の粉を塗布しておりますので、ある程度威力の調節も可能になります。まだ在庫はありますが……いかが致しましょう?」
俺の代わりに答えたのはアイリスだった。
「ふむ、ではそれをざっと1000ほどくれ。料金は私に。作戦室の方へと運んでおいてくれ」
「かしこまりました」
バーテンダーは一礼すると、今度はナイフについて尋ねてきた。
「ではナイフですが、どのような物がご入用でしょうか」
「制服のポケットに隠せるくらいのやつで頼む」
「かしこまりました。ではこちらですね」
バーテンダーはさっと手に取り、カウンターに置いた。
スイッチを押すと刃が飛び出してくるタイプのナイフだ。
「頑丈かつ軽量で、他のエージェントの方も護身用や、銃弾が尽きたときのために所持している方も多くいらっしゃいます。こちらも表面に魔石の粉を塗布しておりますので、魔力を込めることで一撃の威力を上げることが可能でございます。ただし、他の造りの頑丈なものには劣るので、そこはご注意ください」
「ああ、ありがとうございます」
俺は非殺傷の銃弾とナイフを受け取った。
するとその時、俺は紅葉がじっと手の中の日本刀を持っていることに気がついた。
俺が声を掛けると顔を上げる。
「どうしたんだ」
「あ、いえ……今まで、ずっと本物を握ることを夢見ていたので、まだ信じられなくて」
えへへ、と笑う紅葉。
そこにアイリスが割って入っていた。
「さあ、武器も新調したことだし、試し切りと行こう」
アイリスの一言で、俺達は訓練場へとやって来た。
訓練場の真ん中には三つの試し切りをするための人形が置いてあり、それを見た紅葉は目を輝かせた。
「これ、試し切りしても良いのでござるか!?」
「ああ、好きにやってくれ」
「それでは──」
紅葉が鞘から刀を抜き放つ。
その途端、紅葉が纏う雰囲気が変わった。
目つきが鋭くなり、異様なオーラを放ち始める。
「ふっ──」
その異様なオーラが最高潮に高まった時、紅葉は剣を振るった。
真っ二つに切れた人形は切れた上の部分が、下の部分に乗っていた。
「うむ、やはりいい刀でござる」
「……本来は竹刀などで打ち込みをするために鋼鉄で作られたものなんだが」
「鋼鉄!?」
鋼鉄ってことは……それを切ったのか? ただの刀で。
「これで理解した。紅葉、確かにキミには異能はない。だが、異能に準ずる力を使っている」
「異能に準ずる力、ですか?」
「それはなんなんだ?」
「感情だよ」
「感情?」
俺と紅葉は首を傾げる。
「人の強い感情はときに凄まじい力を引き出す事がある。火事場の馬鹿力という言葉をきいたことがあろうだろう。あれだ。そして、その強い感情は個人の力や異能の能力に大きな影響を与えることがある。キミも覚えがあるだろう?」
「俺?」
「グリムスティンとの戦いの最後で、キミはあのグリムスティンの『不朽の障壁』を破ってみせた。あれは本来、どんな攻撃を加えても決して割れない能力だった。だがキミの感情が異能の出力を底上げし、割れることがないはずの障壁を打ち破ったんだ」
「そうなのか……あのときは単純に魔力量でゴリ押ししたんだと思ってた」
あのときは意識も半分朦朧としていたし、深く考えてはいなかったが、そういうことだったのか。
「紅葉の場合、『斬りたい』という思いが尋常ではないほど強いんだ。鋼鉄なんて常識的に考えれば切れないようなものまで切ってしまうほどに」
「……」
何となく分かる。
紅葉が刀を握ったときに見せたあの異様なオーラ。
あれは紅葉の『斬りたい』が凝縮された感情だったのだ。
「ふむ、想念の強さが影響を与える……つまりは魂の煌きが、刃に乗っているということでござるか」
なぜかドヤ顔の紅葉。
するとそのとき、なぜか急に真剣な表情になったアイリスが紅葉へとこう言った。
「紅葉、キミに斬っていいものを用意する代わりに、一つだけ誓って欲しい」
「誓ってほしいこと?」
「ああ、人を斬るな」
「人を……」
「それが誓えるなら、キミにはいくらでも斬って良いものを用意しよう」
「わかったでござる。もとより斬れれば何でもいいでござるので」
紅葉が胸に手を当てて誓う。
アイリスはそれを見て頷く。
「よし、なら今から研究室に行くぞ」
「何しに行くんだ?」
「その日本刀を、人を斬れるようにするんだ」
振り返ったアイリスは、そんな矛盾したことを呟くのだった。
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