第34話 剣鬼の主になった。


「そんな……紅葉の全力の一撃が避けられるなんて……」


 俺が使った奥の手は、グリムスティンとの戦いで使った反応速度の強化だ。

 脳に直接雷を使い、神経の伝達速度を引き上げた。


 そのおかげで紅葉の一撃を避けることができたのだ。

 使いすぎると以前のように反動があるが、一瞬使うだけなら反動もほとんどない。


 そして紅葉の木刀を折ったのは俺の手刀だ。

 雷を手に纏わせて、その熱で木刀を切断した。

 半分に折られた木刀を見て、紅葉がわなわなと震える。


「そんな……つい最近買い替えたところだったのに……」

「えっ」


 紅葉はまるで大切なおもちゃを壊してしまった子どものように、木刀を悲しそうな目で見つめていた。

 その表情を見てちょっと申し訳なくなった俺は、謝ろうと声をかける。


「あ、あー……」


 俺が声をかけた瞬間……紅葉は目をキラキラとさせて俺に尋ねてきた。


「凄いでござる! 紅葉でも目で追うことができませんでした! どうやったのでござるか!?」

「えっと、それは……」

「教えて下さいでござる!」


 俺は異能についてむやみに教えることもできず、頬をかく。

 そのときアイリスが横から割って入ってきた。


「それよりもまず先に確認したいことがある」

「あ、ずっと後ろで見てた人! 本当でござるか!?」

「アイリス、確認したいことってなんだ?」

「紅葉、と言ったな。なぜ不良集団を襲っていた」


 アイリスは端的にそう質問した。

 そう言えばそうだ。


 紅葉は噂の剣鬼であることは間違いないだろうが、そうなるとどうして不良たちを襲っていたのかを問いたださなければならない。

 これは、紅葉の答え次第で今後の対応が変わってくるぞ……。

 紅葉はアイリスの質問に首を傾げて……


「? 紅葉からは不良集団を襲ったことはないでござるよ?」

「え?」

「いつもあちらから先に手を出してくるので、紅葉からは手を出したことはないでござる。紅葉が自ら切りかかったのは真澄殿が初めてでござる」

「なるほど、噂として広まる段階で事実とは離れたものになったのか……」


 俺は紅葉に問いかける。


「じゃあなんでこんなことをしてるんだ?」

「それは……単純な動機でござる」


 紅葉は悲しそうな表情になると、夜空を見上げた。


「紅葉は──斬りたいのでござる」

「斬りたい……?」

「はい。人でもなんでも、それはもう心の底から渇望するほどに。……ですが今は平和な世の中。刃物を持ってうろついているだけでも通報されるでござる。あのときは本当に危なかった……」


 やけに心情のこもった感想だ。まさか試したんじゃないだろうな。


「人も物もむやみに斬ってはいけないということは知っているでござる。ですが……紅葉はどうしても斬りたかった。この心の底から湧き上がる衝動を抑えることができなかった……」


 紅葉は手の刀身が折れた木刀へと視線を落とす。


「だから、どうやったら法律を犯すことなく斬る事ができるのだろう……と考えていたのでござる。そしてある日、『そうだ、悪人を木刀で斬る程度なら問題ないであろう』と考えついたのでござるよ」

「「……」」


 笑みを浮かべる紅葉に、俺とアイリスは無言になった。


「それと流石に自分の方から斬りかかるのは問題なので、相手の方からかかってくれば正当防衛が成立するので問題もないであろう、と思い夜中を闊歩しておったのでござる」


 楽しい思い出を思い返すときのように微笑みをたたえながら、拳を握る。


「実際、夜中の公園などの不良のたまり場などは大漁でした。ちょっと「お前らは弱いでござるよ!」と叫ぶだけで、大量の不良たちが襲いかかってくるのですから」

「「……」」


 俺とアイリスの考えはきっと一緒だった。


 「それってマッチポンプじゃね?」と。


 だが、理解した。

 紅葉の剣に乗っている執念のようなものの正体を。

 これは紅葉の『斬りたい』という渇望だったのだ。


「も、もう一つだけ聞きたいんだが……紅葉、キミは化け物と戦ったことがあるか?」

「化け物、でござるか?」

「ああ、人とは明らかに違う異形のことだ」

「ああ、なるほど! 紅葉を突然襲ってきたあの大柄な緑色の肌や、大きなトカゲのことでござるな。確かに倒したでござるよ」

「トカゲってもしかして……大きい羽の生えたやつか? ワイバーンって名前なんだが……」

「そうそう、それでござる」

「は? ワイバーンを倒したのか? どうやって?」

「どうやってって……普通に木刀で斬り倒したでござる」


 紅葉の言葉に俺達は絶句した。

 なぜなら、今までの話を総合した場合。

 紅葉はただの木刀でワイバーンを倒したことになるからだ。 


「嘘だろ……ワイバーンって鱗が硬いんだぞ?」


 一度殴ったことがあるから分かるが、アイツの鱗はかなり硬いし、体重もある。

 木刀で叩いたら木刀のほうが折れるであろう相手だ。

 だからこそ、木刀だけで倒すことができたというのは信じ難かった。


「ゴブリンならいざ知らず……木刀でワイバーンを倒せる人間なんて聞いたことがないぞ……!?」


 アイリスも困惑しているようだ。


「そうなのでござる。すごく硬くて叩き切ると同時に木刀が折れてしまったので、買い替えないといけなかったのでござるよ」


 紅葉は折れた木刀のことを思い出したのか、一瞬しゅんとなる。


「ああでも、お二人も修行すればきっとできるようになるでござるよ。木刀で斬るのにはちょっとしたコツがいるのでござる」


 木刀のみで叩き切れる一般人なんて俺は知らない。

 怖気を感じてあの木刀を避けたのはやっぱり正解みたいだな。


「お二人の口ぶりから察するに、あれは人間ではないと?」

「当たり前だろ、逆になんで人間だと思ったんだよ」

「いやぁ、巷で流行りのこすぷれ? か何かと思っていたのでござるが、まさか本当の化け物でござったとは」

「いやいやいや、倒したときに消えていっただろ? それでなんでコスプレだと思ったんだよ」

「不思議なことがあるのものだなぁ、と……」

「……」

「申し訳ないでござる。紅葉、細かいことは気にしない性格で……」


 紅葉が照れたようにたはは、と笑う。

 アイリスの呟きが聞こえてきた。


「……これは、使えるかもしれないな」


「紅葉、最後に質問だ。斬りたい、というのは人間でなくてもいいのか?」

「もちろんでござる。以前の異形を叩き切ったときはすごく幸せだったので」

「では、キミに戦う場所と、あの異形が沢山いる場所を用意してやろう」


 そういった途端、紅葉の目が大きく見開かれた。


「そそそ、それは本当でござるか!?」

「ああ、ただし条件がある」

「条件?」

「私達について来い」

「ふむ?」

「キミが異能を持っていると思っていなくても異能を知らず知らずの内に使っている可能性がある。それを調べるために、一度本部の方までいかなかければならない」

「ふーむ……」


 紅葉は迷うように顎に手を当てる。

 そこにダメ押しとばかりにアイリスは人差し指を上げた。


「私についてくれば、いくらでも斬らせてやろう」

「本当でござるか!?」

「ああ、私は嘘はつかない」

「なら行くでござる!」


 俺達は剣鬼を確保することに成功したのだった。


「真澄殿」


 そして異能機関へと向かおうとしたとき、紅葉が俺のことを呼び止めてきた。


「どうしたんだ?」

「一つ、お願いがあるのでござる」

「お願い?」


 俺が首を傾げると急に紅葉が俺の手を掴んできた。


「おっ、おい!?」


 俺は驚いて仰け反ってしまう。


「真澄殿……紅葉の主になってください!」

「はっ……?」

「ですから、紅葉の主になってください!」

「ちょ、ちょっと待て。なんで急にそんなことを言い出したんだ」

「紅葉、恥ずかしながら斬ること以外には興味がないうえに、暴走しがちでござる」

「まぁ……それは、そうだろうな」

「ですから、真澄殿には紅葉の主になって、斬るべきものを見定めてほしいのでござる」

「それならアイリスでも良いんじゃないのか?」


 アイリスへと視線を向ける。

 だがしかし俺の疑問に紅葉は首を左右に振った。


「紅葉は自分より強い人にあったときにそうしようと心に決めていました。だから主になっていただくなら、真澄殿以外にはありえません!!」


 きっぱりと言い切る


「お願いします真澄殿! 紅葉はついに仕えるべき主を見つけたのです! どうか紅葉の主になってください!!」

「ち、近いって……!」


 更に顔を近づけてお願いしてくる紅葉。

 アイリスの方向に視線を向けてみると、なぜかちょっと不満そうにしながらも肩をすくめた。


 至近距離で紅葉の大きな瞳が俺を見つめてくる。

 その視線に耐えきれず……俺は頷いてしまった。


「わ、分かった……」

「ほんとうでござるか!?」


 紅葉は両手を上げて喜ぶ。

 そうして、俺はなぜか紅葉の主になってしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る