第33話 剣鬼との一騎打ち



 瞬きをした瞬間、目の前に紅葉がいた。


 っ嘘だろ!? あの一瞬でこの距離を詰めたのか……!?


 下段から振り上げられてる木刀を、慌てて身体能力を強化して避ける。

 ギリギリで顔の先を木刀が掠めていった。


 俺が今の一撃を避けたことに紅葉は大きく目を見開いて……驚いたように呟いた。


「今のをよけるのでござるか……」


 そしてすぐに嬉しそうな笑みを浮かべる。


「今まで会った人間はどれも一刀すら避けることができなかったでというのに……どうやら、私はついに自分の望んだ強者つわものに会うことができたようでござる」


 紅葉は木刀を正中線に構える。


「剣に生き、強者つわものに恋い焦がれ、ついに紅葉は手に入れました。──参るでござる」

「くっ……!」


 またさっきの鋭い踏み込みで、俺との距離を一瞬で詰めてくる。

 だけど心の準備をしていた分、さっきよりは動きがよく見えている。


「はっ!!」


 真っ直ぐな振り下ろしを半身で避ける。


「っまた避けた!?」


 紅葉がその目を大きく見開く。

 カウンターで紅葉の襟首を掴みにかかった。


 とりあえず無力化するために投げ飛ばそうと思ったのだ。

 しかし紅葉はひらりと躱す。


(嘘だろ!? 身体強化をかけてるこっちのほうが格段に動きが早いはずなんだが……!?)


 身体能力では俺のほうが勝っているはずのに、紅葉はそれを余裕で躱した。

 見てから避けられているのではなく、動き出す段階で先読みされているのだ。


 紅葉が足払いをかけてきた。


「っ……!?」


 突然の搦手に完全にその選択肢が頭から抜けていた俺は、まともに足払いを食らってしまう。

 身体能力は強化されているとはいえ、筋力や体重などの基本スペックが変わるわけではない。


 紅葉の足払いで体勢を崩したところに、真正面から木刀が振り下ろされた。


「まずっ……!?」


 俺はやむを得ず腕をクロスさせて木刀を防御する。


「重っ……!?」


 メリメリ、と木刀が俺の腕に食い込む。

 体勢を戻して踏ん張り、そのまま逆に木刀を押し込んだ。


「!」


 紅葉は後ろへと飛び退く。

 痛ってぇ……。


 直接木刀を受け止めた腕がじんじんと痛む。

 グリムスティンとの戦いで壊れたプロテクターがまだ修理できてないから、これはやりたくなかったんだ。

 案の定痛めてしまった。


「今のは完璧に決まったとおもったのでござるが」


 紅葉は楽しそうに笑っている。


「こんなに紅葉の攻撃をいなされたのは初めてでござる。もしかして何か武術の心得があるのでござるか?」

「そんなもんねーよ。ただの勘だ」

「ハッ、それで紅葉の剣が見切られるとは……ますます燃えてきたでござる」


 強者との戦闘が好きな紅葉なら意気消沈すると思ってこう言ったのだが、逆に闘争心を煽ってしまったようだ。


「ちょっと待て」


 木刀を構える紅葉に手でストップを掛ける。


「はて、なんでござろう?」

「一つ答えたんだから、こっちにも質問させろ」

「むむ」


 紅葉は顎に手を当てて考える。


「確かにこちらだけ質問するというのも不公平でござるな……あ、そう言えば名前を聞いていなかったでござる」


 今更かよ……と思いながら、俺は自分の名前を名乗った。


「俺は東条真澄だ。じゃあ、こっちからも質問するぞ。──お前の異能はなんだ?」

「イノー?」


 紅葉が頭をかしげる。

 後ろから「でかしたぞ!」とアイリスの声が聞こえてきた。

 振り返るとうんうんと頷きながら「行け!」とジェスチャーを返してくる。

 そのまま探れということだろう。


「人とは違う特殊な能力のことだよ。さっきから戦ってみて疑問に思ったんだが、お前も特殊な能力を使って戦ってるんだろ?」


 紅葉は明らかに人間としては強すぎる。

 身体能力を強化している俺に平然と動きがついてこれてるし、強さだってずば抜けている。


 異能がなければ辻褄が合わないほどの強さだ。

 しかし俺の予想は覆された。


「紅葉は特殊な能力なんて持ってないでござるよ。この剣技はすべて鍛えたものでござる」

「はっ!? じゃあ俺に一瞬で距離を詰めてきたのは……」

「単純に歩法でござる。真澄殿も練習すれば使えるようになるでござると思うよ?」


 紅葉は嘘をついている様子はない。ということは本当に異能なんて持ってないのだ、紅葉は。

 完全になにかの能力だと思っていた俺は思わず驚きの声を上げてしまう。


「嘘だろ……てかなんで名前呼びなんだよ」

「紅葉と真澄殿はすでに心の友でござるゆえ」

「意味がわからん……」

「さ、質問にも答えたことだし……始めるでござる」


 紅葉がすっと腰を落とす。

 そして俺へと一瞬で距離を詰めてきた。


「っ……!」


 俺は慌てて首を反らす。

 突き出された木刀の切っ先を避け、回し蹴りを放つ。

 しかし俺が動き出す前に後方へと身体を引いていた紅葉はすれすれで蹴りを躱し、返す刀で切り上げてくる。


「くっ……!」


 後ろに飛び退いてなんとか避けるが、地面に着地した瞬間、目の前には紅葉がいた。


「速っ……!?」


 横薙ぎを腰を落として避ける。

 こいつ……さっきから身体強化無しじゃ避けれないようなものばかりだぞ。本当に異能を使ってないのか……!?


 一振り一振りが鋭く、速い。

 そして異様なオーラが、紅葉の剣には乗っている。


 そのとき、紅葉がふっと木刀を下ろした。


「これでは埒が明かないでござるな」

「ん?」

「真澄殿、こうしましょう。お互いに一番強い技を用いて、相対する。それで勝ったほうがこの勝負を取ったということで」

「なんでそんなこと……」

「こうすれば、あまり攻め気のない真澄殿でも戦いやすいかと」


 ……見抜かれてたのか。


 確かに俺はあまり攻めるということをしていなかった。

 単純にぶっ飛ばせばいいモンスターと違って、人間対手に俺の異能で攻撃する、となるとまだ調整が難しいからだ。


 そもそも、人間相手に対する攻撃手段が少ないせいで戦い辛い。

 それでも一応攻めてはいたのだが、まあ、剣の達人から見れば相手に戦意があるかどうかなんてお見通しなのだろう。


 だが、俺としても無闇矢鱈に力を使わないで勝負がつくならそれでいい。


「分かった。それで行こう、ただし、俺が勝ったら色々と話を聞かせてもらうぞ」

「では紅葉が勝ったらもう一度手合わせを」


 紅葉は木刀を鞘にしまうよにして左側の腰へと持っていった紅葉は、大きく足を引いて腰を落とした。


「──紅葉の全力の一撃、受けるでござる」


 その瞳に、得体のしれない圧力を感じた。


「秘剣・赤椿あかつばき


 その瞬間、背中に寒気が走った。

 木刀を受け止めるつもりだったが、すぐに予定を変更して木刀を避けることにした。


 ──あれは、まともに受けると不味い。


 そう俺の勘が囁いている。

 とっさに俺は奥の手を使うことにした。


 一閃。

 居合の構えから目にも留まらぬ速さで木刀が振り抜かれる。


「!」


 紅葉が目を見開いた。

 手応えがまったくなかったからだ。


 代わりに、紅葉の木刀の上から半分が切り飛ばされたようになくなっている。

 焼け焦げたような断面を見て、紅葉は目を見開いた。


「なっ……」

「俺の勝ちだな」


(危っぶなかった……)


 内心の焦りを見せないように俺はそう告げたのだった。

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