第32話 剣鬼
「作戦会議室? なんで急にそんなのが?」
「詳しい話は中には言ってから話そう」
アイリスはそう言って鍵を回して扉を開ける。
俺もそれに続いて部屋の中へと入っていった。
部屋の中はかなり豪華な内装になっていた。
ホテルのスイートルームくらいの広さの部屋だ。
ワインレッドの絨毯が部屋に敷き詰められ、ゴシックな雰囲気を醸し出していた。
「どうだ? ヴィクトリア調の内装にしてみたんだ」
アイリスが自慢するようにそう言った。
高級そうな椅子や調度品がそこらに置かれ、まだ何も入っていない食器棚や本棚も用意されている。
そして部屋の真ん中には大きな机が用意されている。
「すげ……」
内装のあまりの豪華さに、俺は思ずそう感想を漏らした。
「ふふん、堪能するといいぞ。なにせキミの頑張りでここが手に入ったんだからな」
アイリスはそう言って一番特等席に座った。
「俺の頑張り?」
「この部屋は、グリムスティンを倒したことを本部が評価して与えたんだ」
「えっ、そうなのか?」
「キミ、考えても見たまえ。天海京香パーティーと協力で大量の強力なモンスターを倒しきっただけでなく、単独でもBランク以上のモンスターを倒して、そのうえ個体名つきのA+ランクモンスターも倒したんだ。これくらいの評価はあって当然とも言える」
「……ひとつずつ聞きたいんだが、まず個体名つきってなんだ?」
いきなり沢山の情報が出てきたため、俺は額を手で抑えながらアイリスに質問した。
「モンスターの中にはうまく姿を隠し、幾度もエージェントが討伐を失敗しているモンスターが現れることになる。そしてそういうモンスターは、大抵強力だ。だからそのモンスターは種族名ではなく個体名で登録され、指名手配犯のように賞金首がかけられることがある。それが個体名つきのモンスターだ」
「なるほど」
「A+ランク、というのはAランクモンスターの中でも明らかに突出した能力や強みを持っているが、Sランクには届かないモンスターを区別するときに使われる区分だ。そうそうそんなモンスターは出てこないが覚えておくと良い」
「りょーかい」
要はAランク以上、Sランク未満の強いモンスターってことか。
俺は頭の中にメモを追加しておく。
「そしてこの部屋についてだが、まず、基本的に普通のパーティーには作戦会議室が割り当てられることはない。すべてのパーティーに与えていてはきりがないからな。しかし、パーティーの中でも特に成果を残したパーティーには、今後の活躍の期待も込めて専用の作戦会議室が割り当てられることになっている」
「そういえば京香先輩のパーティーはAランクだって聞いたんだけど、パーティーにランク分けが存在するのか?」
アイリスは頷く。
「ああ、存在する。EからAまでの五段階だな。このランクが上がるほど任せられる任務の困難さや、重要さが変わってくる。パーティーのランクが上がると専用の作戦会議室を割り当てられるのは、要するに極秘の作戦を外に漏らさないようにするためだな」
「俺達のパーティーのランクはいくつなんだ?」
「以前まではCランクだったが、今回の一件を受けてBランクに昇格した。これは凄いことだぞ。普通は昇格までには何ヶ月も地道に任務や作戦をこなし、本部からの評価を積み上げる必要があるんだ。私もまだ最低三ヶ月はかかると思っていた。それがたった一件で一気に昇格しということは、本部は相当今回のキミと私の活躍を評価しているということだ」
むふん、とアイリスが自慢げに胸を張る。
「お前、魔力を俺に渡しただけじゃん」
「キミという人材を発掘し、使ったのは私の功績だ」
なるほど、たしかにそう言われてみれば……そうか?
「あ、そう言えばキミのエージェントとしてのランクもBへと昇格したぞ。おめでとう」
「っはぁ!?」
俺は初耳の情報に目を丸める。
「キミの昇格自体も異例の速度だ。誇っていいぞ」
「そういうのはもっと早く言えよ……」
そういうのって、普通はまっさきに話すと思うんだが……。
アイリスは俺の驚く顔が見れて満足したのか、にんまりと笑った。
「さて、さっそくだが新しい任務について説明しよう」
***
俺は今、異能機関の中にある作戦会議室にやってきていた。
古風なフィルムを使う射影機によって、壁に一つの写真が映し出されている。
とある夜の公園の景色だ。
「今日の任務はダンジョンの攻略ではない」
「ダンジョンの攻略じゃない?」
「キミには最近噂になっている『
「剣鬼……? 人斬りってことか?」
「半分は正解だ。この剣鬼は最近、真夜中になると人気の少ない夜道や公園に現れ、そこにたむろしている不良集団を襲っているという。ただの噂でしか無いが、私達でこの事件を調査する」
「話を遮るようで悪いが、なんでその調査が俺達に回ってくるんだ? 不審者のことは警察に任せたほうが良いと思うんだが」
「銀行強盗の件を覚えているか? あれと同じように、異能や魔術などが関連してくる事件は我々異能機関が対処することになっている」
「ああ、確かそうだったな。……ってことはつまり、剣鬼は異能持ちだってことか?」
俺の問いかけにアイリスはこくりと頷いた。
「私はそう睨んでいる」
カシャ、と音がして写真が切り替わる。
映し出されたのは暗い路地裏だ。
「一週間ほど前、ここでサラリーマンが剣鬼と会った。そのサラリーマンは近くの交番にかけこんで事なきを得たようだが、警察官に事情を話す際に、少し気になることを話していたんだ」
「気になること?」
「なんでも、『侍が化け物と戦っていた』と」
「!」
化け物。
一般人ならそんなものはいない、と信じているだろうが、俺達は知っている。本当はこの世界には化け物がいるのだということを。
「当時、サラリーマンは泥酔していたらしく、ただの戯言として処理されたようだが、我々には十分調査する意義がある。化け物と戦っていた、ということは異能を所持している可能性が高いからな」
「つまり、その剣鬼が異能を持っているのかを確かめに行く、ってことか」
「より正確には異能を持っていて悪用しているなら捕縛、そうでないなら異能機関にスカウト、だな」
そして射影機の画像が切り替わり、今度は動画が映し出された。
「これはネットに上がっていた剣鬼と思われる人物の映像だ」
暗い公園の中で、侍の格好をした人間がワイバーンと戦っている動画だ。
暗いのとカメラがブレブレなので、剣鬼の顔や性別はわからない。
「すでに異能機関によって隠蔽済みだが、この映像が示すのは剣鬼は確かに存在しているということだ」
アイリスはまとめに入った。
「今回の任務は『剣鬼』の正体を確かめること、そして捕縛だ。先に言っておくが、今回も拳銃の使用は禁止だ。人目がある場所で遭遇する確率が高いからな」
「ということはもちろん……」
「ああ、もちろん派手な異能の使用も禁止だ」
「俺だけ縛りプレイすぎないか?」
「大丈夫だ。私はそれでもキミが勝つと信じている。そうだろう、私の
「期待が重すぎるんですが!?」
***
それから、俺は剣鬼が出没しているという深夜の公園へと連れてこられていた。
木が多く植えられている広めの公園で、昼間はランニングコースや散歩に活用されているのであろう道に沿って歩いていく。
深夜の時間帯なので、流石に人はいない。
「な、なかなか雰囲気があるじゃないか……」
「なんでお前まで着いてくるんだよ」
俺の隣にはアイリスとシャーロットがいた。
「に、日本では肝試し、という文化があるんだろう? せっかく日本に来ているなら文化を体験するのもまた一興かと思ってな……」
アイリスは青い顔でそう呟く。
俺はそこで、俺の袖を掴んでいるアイリスの手が震えていることに気がついた。
意地の悪い笑みを浮かべて、アイリスに聞いてみる。
「あれ? もしかして怖いのか……?」
「ば、バカを言うな! 私が幽霊なんて怖がるはずがないだろう! 不意打されたときに身代わりにするためにキミに掴まっているだけだ!」
「それはそれで最悪なんだが……?」
「お嬢様は幽霊が苦手でございます」
「おい、シャーロット!? なに勝手に主人の苦手なものをバラしてるんだ!!」
「ですがお嬢様、この状況で怖くないと主張するのは無理があるかと」
「ぐ、ぬぬぬぬ……」
「真澄様についてきたのも単純に真澄様のことが心配だったからです」
「シャーロット!?」
そんな話をしていると、向こうに人影があることに気がついた。
「で、出たかっ」
アイリスは俺の背後に隠れる。
向こうの人影が、電灯の明かりの下へと進んできた。
俺と同い年くらいの、一人の少女だ。
だが、そいつの格好は、まさしく『侍』だった。
赤い着物に紅葉柄の袴を履いて、左手には木刀を下げていた。
解けば腰までありそうな髪をポニーテールにまとめ、大きな瞳は俺をじっと捉えていた。
「……アイリス、下がれ」
間違いない、コイツが剣鬼だ。
アイリスがある程度後ろに下がったのを確認すると、俺は一応確認も込めて目の前の少女へと問いかけた。
「お前が最近噂の『剣鬼』か?」
「己の通り名には興味がござらんが、恐らくは」
凛とした声で今度は少女のほうが問いかけてきた。
「お主は、
「ああ、そうだ。お前の──」
「ふ、ふふ……」
いきなり笑い出す侍の少女。
「そうかそうか、私の名を聞いてここに来たと……つまり、手合わせしたいのでござるな?」
「は? いやちが……」
「ずっと待ちわびていたでござる。強者が紅葉の名を聞いてやってくるのを。ようやく、我がもとにやって来たのでござる」
「いや違うって。話を……」
紅葉と名乗った少女が木刀に手を掛ける。
いきなり夜空を見上げて語りだした少女に俺は歩みだそうとしたが。
「照れなくていいでござる。私の名は宮本紅葉。──さぁ、仕合を」
凄まじい速度で一歩を踏み出してきたので、中断せざるを得なくなった。
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