第30話 私の騎士


「ここは……」


 目を覚ますと、見知らぬ部屋にいた。

 どうやらベッドに寝かされていたらしい。


「ようやく起きたか」

「アイリス……」


 ベッドサイドにはアイリスと、それに付き合うかのようにシャーロットが立っていた。

 身体を起こす。


「ここは……?」

「ここは異能機関の中にある診療室だ」

「そうか、俺は気絶して……」


 俺は額に手を当てる。


「どれくらい気を失ってたんだ?」

「丸一日だな」

「丸一日……?」


 そこで自分の身体に痛みがないことに気がついた。


「あの傷が一日で治るとは思えないんだが……どうやったんだ」

「異能機関の中にはそういう怪我も一瞬で治せる異能の使い手がいるんだ。まあ、それなりに高額だが」

「え゛」

「安心しろ。今回は経費ということで私が持つ」


 俺は胸を撫で下ろす。

 そしてアイリスに気になっていたことを質問した。


「それはそうとして、いくつか知りたいことがあるんだが……あのグリムスティンっていうのは結局なんなんだ? 会話できたってことは……人間なのか?」

「いや、奴は紛れもなくモンスターだ。ただ、モンスターの中には稀に人間の言葉を操り、意思疎通を図ることが出来る個体もいる。グリムスティンは数百年間うまく姿を隠し、我々から討伐されることを避けていたモンスターだ」

「モンスターなら……良かったか」


 心配していたことが一つ消え、俺は安堵の息を漏らす。


「じゃあ、もう一つ……四大魔術の、『聖杯』って一体何なんだ」

「本来は極秘事項だが……ふむ、確かにキミには知る権利があるな」


 アイリスはそう前置きして聖杯について語り始めた。


「まず四大魔術についてだが、素養があり学べば誰でも使える魔術とは違い、四大魔術はその家系にしか扱えない、もしくは秘匿されている魔術だ。そして四大魔術は通常の魔術よりはるかに強力で、一線を画す魔術でもある」


 アイリスが胸に手を当てる。


「私の家に伝わる『聖杯』はとある場所から無限の魔力を持ってくる魔術だ」

「無限の魔力……」


 無限の魔力。

 シンプルな能力だが、それこの俺の異能や、京香先輩の『切断』よりも強力な能力だ。


「我々ロスウッドの家系は聖杯という魔術により異能を発現させることができないが、代わりに儀式で聖杯の魔術を継承させる事ができるようになっている。そしてキミはその──」


 アイリスが何かを言いかける。


「おっ、目覚めたんだ、真澄くん」


 その時、扉を開けて京香先輩が入ってきた。

 可憐や凛、寧々もその後ろについている。


「東条君、良かったね治って」

「ふへ……おめ」

「……」

「ああ、ありがとう」


 凛と寧々にお礼を述べる。

 だが、最後の一人である可憐はなぜか顔が真っ赤で、京香先輩の後ろに隠れていた。


「あれ、どうしたの可憐」

「べ、別に……」


 可憐はこほん、と咳払いをして両手を腰に当てるとつんと顎を上に向けた。


「ま、まぁ? 無事に目覚めることができてよかったわね!」

「ああ、ありがとう」

「〜〜〜っ」


 素直にお礼を述べるとなぜか可憐は顔が真っ赤になった。

 なんなんだ一体。


「それにしても聞いたよ真澄くん。なんかすごいモンスターを『聖杯』を使って倒したんだよね?」

「え、ええそうですけど……」

「あーあ。私のときは振られちゃったのに、真澄くんはいけたんだ。ちょっとだけジェラシぃ」

「え? 先輩のときはって……まさか」


 俺の頭の中で、ピースがカチッと挟まったような気がした。

 京香先輩のSランクモンスター討伐。


 だが、先輩は自分で「私の魔力だけじゃ倒せない」と語っていた。

 ならSランクモンスターを『切断』できるような魔力はどこから持ってきたのか。

 アイリスの『聖杯』と、「私は振られた」という発言。


「そうだよ。私、アイリスちゃんの『聖杯』を借りてSランクモンスターを切ったの。そこで私とアイリスちゃんは相性がいいなって思ったから、チームに誘ったけど断られちゃったんだよね」

「私は自分のチームを作るつもりだったからな」


 アイリスが肩をすくめる。


「最初から面識があったのはそういう訳か……」


 それにしても、無限の魔力と切れ味底なしの先輩の『切断』の合せ技か。

 考えるだけで恐ろしいな……。


「ん?」


 そこで俺はふと気がついた。


「『聖杯』を使ったってことはつまり、先輩……アイリスとキスしたんですか?」

「え? してないけど?」

「え?」


 俺が首を傾げる。

 アイリスが困ったような声をあげた。


「い、いや、えーとだな……」


 その途端、京香先輩がにやぁ、と笑みを浮かべた。


「あっ、なるほどなるほどぉ。そういうこと。真澄くんにはそう伝えてるんだね。アイリスちゃん、やるぅ」

「えっキス? キスって何よ!?」


 京香先輩の言葉で何故か可憐が慌て始める。


「わ、わー! う、うるさいうるさい! ほ、ほら病人がまだいるんだ! 長居してないでさっさと帰れ!!」


 いきなり叫びだしたアイリスは京香先輩たちの背中を押して、診療室から追い出しにかかる。


「いや、別にもう傷は治ってるけど」

「キミは黙ってろ!」


 アイリスは京香先輩たちを外へと出した後、バタン! と勢いよく扉を閉める。

 そして俺に向き直ると……かぁぁぁ、と顔を赤らめて、早口で喋り始めた。


「か、勘違いするなよ……これは、その。仕方なかったんだ。あ、あのときは死ぬかもしれなかったし、一度もそういう経験なしで死ぬは嫌だから、ちょっと気になってる奴でいいかって思っただけで……」

「お嬢様それだと色々と漏れているのでは」

「っ違う! 今のは全部無し!!」


 アイリスがまた騒ぎ始めた。

 はぁ……起きたばかりのせいか、頭があんまり回ってなくて何を言ってるのか良くわからん。


「そういえばさっき、京香先輩が入ってくる前に何か言おうとしてなかったか?」

「え? あ、ああ……そう言えばそうだったな」


 ごほん、とアイリスは咳払いをして話し始める。


「まず結論から述べると、キミと私は運命共同体になった」

「は?」

「ロスウッド家の聖杯は、悪用されないように、魔術自体にロスウッド家の人間しか使えないように封印が施されている。しかし、とある条件を行えばロスウッド家以外の人間でも聖杯を使えるようになるんだ」

「なるほど……」

「キミも理解してくれた通り、私の聖杯を狙っている奴らは……多い。ロスウッド家が所有する聖杯を巡って、長年我々は狙われてきた。加えて、聖杯は悪用されれば世界を破壊しかねない危険な魔術だ」

「まあ、そうだろうな」


 無限の魔力なんて、それだけで争いの種になるのは目に見えている。


「だから、ロスウッド家は『鍵』を作った。聖杯を所持している自分ですら使えなくなる代わりに、その『鍵』がなければ絶対に聖杯を使用することはできない『鍵』を。そして、聖杯を使われないために、絶対に負けない騎士へとその『鍵』を託した」

「……ん?」


 なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。


「そしてキミには、私の鍵を託した」


 笑顔で親指を立てるアイリス。


「い、いやいやいや! ちょっと待て!」

「なんだ」

「つまり、それは俺がお前の代わりに聖杯を狙う奴らから狙われるってことだろ!?」

「そうだが」

「そうだがじゃねーよ! 俺は平和に生きたいって言っただろ!?」

「平和に生きたいなんて今更だろう。エージェントなんて危険な職業についた上に、こんな危険なことまでしておいて」

「うぐっ……それはそうだが……」

「それにキミに聞いただろう? 『命をかけるほど大切か』って」

「そ、それは……」


 たしかに、俺はそう答えた。

 だが、そんな意味だったなんて……。


「それとも、私は大切じゃないのか?」

「くっ……」

「どうなんだ?」


 アイリスが襟首を掴んで尋ねてくる。

 やけに大人びた表情で、俺の心の底を見透かすように。


 くそ、ずるい。

 言葉をつまらせた俺に、アイリスはニヤリと嗤って、耳元で囁いてきた。


「……私を守ってはくれないのか?」


 その言葉に、俺はガシガシと頭をかくと、やけくそ気味に答えた。


「ああくそっ! 分かった、分かったよ! 守れば良いんだろ!」

「ふふん、それでよろしい」


 アイリスは満足げに笑い、俺の胸へ、トン、と指を置いてきた。


「私が大切なんだろう? だからよろしく頼むよ──私の騎士ナイトくん?」


 ──こうして、俺の平和な日常は改めて終わりを告げ、アイリスを狙ってくる奴らから守る日常が幕を開けたのだった。





──────────

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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明日から2章が始まりますのでよろしくお願いします!

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