第29話 決着


「げほっ……ゴホッ……」


 光が収まった後。

 空中には……グリムスティンがいた。


「くっ……こんな馬鹿な……! ワタシが押し切られるなんて一体どんな魔力量を……!!」


 しかし全身は雷で焼かれ、髪も乱れている。

 大きくダメージを受けており、ろくに動けないようだった。


「がは……ッ!!」

「真澄……!!」


 血を吐き出す。

 今の無茶が相当祟ったようだ。


 それに、魔力が完全に尽きてしまった。

 このダンジョンに入ってから連戦に次ぐ連戦を経たことで、無尽蔵にも思えた魔力が限界を迎えたのだ。


 身体の中に魔力が一滴すら残っていない。

 ふらりと倒れそうになる身体をアイリスが支える。


 それを見てグリムスティンが笑い声を上げた。


「はあっ……はあっ……! ンフフ……! 今のでどうやら魔力は使い果たしたようですね!!」


 グリムスティンがブツブツとなにかを唱えると、奴の身体が淡い光に包まれた。

 そしてその光が少しずつ、ゆっくりとグリムスティンの身体を癒やしていく。

 アイリスが焦ったように呟いた。


「クソっ、回復魔術か……!」

「ンフフフ! この身体が回復しきった時が、アナタが死ぬときです! 今からしっかりと別れの挨拶を済ませておくことです!!」


 俺に死ぬまでの猶予を与えて、恐怖するのを楽しもうとしているようだ。


「ああ、今からアナタがどんな悲鳴を上げるのか、どんな命乞いをしてくるのかが楽しみで仕方ありません!!」


 身体を回復させながら笑うグリムスティン。

 俺に打てる手は、無い。


 魔力も使い果たした。

 銃弾も尽きている。


「ここまでか……」


 思わずそう呟いたとき、アイリスが首を振って遮った。


「アイリス……俺がなんとかするから、お前だけでも……」

「いやだ」

「アイリス!」

「嫌だッ!! 私だってキミが死ぬのは嫌だ!!」


 アイリスのその泣きそうな表情に、俺は言葉を詰まらせた。


「……私はアイツの言う通り、弱い人間だ。以前奴と対峙したとき、私はやつから逃げ出したんだ。……でも! 今度は絶対に逃げたりはしない!」

「そんなこと言っても、もう打つ手なんて……」

「いいや、まだ手はある」

「手があるのか?」

「私の『聖杯』を、キミに託す」

「聖、杯……? それって、無限の魔力生み出す魔術ってやつか」


 地面に倒れ伏していたとき、おぼろげながら聞こえていたことを思い出す。

 アイリスは俺の言葉に頷いた。


「その通りだ。本来はロスウッド家の人間にしか使うことができないが、ある儀式を踏むことで他のロスウッド家以外の人間でも使えるようになる。聖杯の魔力とキミの異能があれば、アイツだって倒せるかもしれない」


 無限の魔力。

 信じがたいが、そんな物があればグリムスティンを倒すことができるかもしれない。


「それを、今からキミに託すための儀式を行う。だが……」

「だが?」


 突然頬を頬を染めて視線をそらすアイリスに、俺は首を傾げる。


「こ、この儀式を行う前に……一つ! 聞きたいことがある!!」


 アイリスは襟首を掴むと、顔を寄せてくる。


「さっきのは本当なんだな!」

「ささっきのって……」

「わ、私が……その、大切、って……」


 尻すぼみになって更に顔を赤く染めるアイリス。


「なんでそんなこと……」

「いいから答えろ! それによって儀式が成功するかどうか変わるんだ!」

「ぐえっ、頭を振るな……!」


 アイリスが襟首を掴んで俺の揺さぶる。

 俺が悲鳴を上げるとアイリスは揺さぶりを止めた。

 襟首を掴む力を強めると、真剣な瞳で俺のことを見上げてくる。


「答えろ、キミにとって私は……大切か?」

「もちろん大切だ」

「命を懸けるくらい……大切か?」


 襟首を掴む手に、俺も手を重ねた。


「ああ──大切だ」


 俺の言葉を聞くとアイリスは……息を呑んで。


「分かった……じゃあ、私も覚悟を決める」

「? それはどういう──」


 強い力で引き寄せられる。

 不意打ちで対応できなかった俺はまんまとアイリスに引き寄せられ──。

 そして俺の唇に──アイリスの唇が重ねられた。


「っ!」


 柔らかい感触。

 甘い匂い。


 伝わってくる、アイリスの体温。

 永遠にも思えるような数秒が流れ……アイリスが唇を離した。


「っ何を……!」


 アイリスに何をしているのか問いただそうとしたが……その前に、俺は身体の中にある異変を感じた。

 身体の中に、魔力が流れ込んできている。


「これは……」

「私からキミへ、魔力の通路を作った。つまり今のキミは、無限の魔力が使えるということだ」


 これは……凄いぞ。


 蛇口から水が出てくるどころではない。

 川そのものを繋がれたような、大量の魔力がこちら側へと流れ込んできているのが分かる。


 これなら……勝てる。あの道化に。

 ちょうどその時、不快な笑い声が響いてきた。


「ンフフフ!! さぁ、時間ですよ! 何をコソコソとしていたのかはわかりませんが、最後にいい思いができたようですねぇ! ……それが今から絶望に変わるのが、待ちきれません」


 ニチャァ、と気色の悪い笑みを浮かべるグリムスティン。


「ワタシの悲願ッ!! ワタシの『聖杯』ッ!! 数百年恋い焦がれた願望がようやく叶うッ!! 渇望を無限の魔力で潤すことができるッ!!! その前に、アナタ方が奏でる悲鳴と慟哭を前奏といたしましょうッ!!!」


「真澄」

「ああ」


 アイリスが頷く。

 俺も頷いて、右手をグリムスティンへと向けた。


 力を使い果たした右手がガクン、と垂れそうになる。

 しかしそれをアイリスが支えて、俺に笑みを向けた。


「おやぁ? 最後の抵抗ですかぁ? ンフフ無駄無駄!! もう先程のようにはいきません! 背後や横から攻撃されるなら、バリアを全方向に張り巡らせればいいことです!! 少々時間はかかりましたが、これで防御はもう完璧! ワタシを傷つけることはできません!!!」


 グリムスティンがバリアを展開する。

 自分を箱状にバリアで覆ったようだ。


「さぁ、悲鳴を聞かせなさい!!」


 グリムスティンが指先にレーザーの塊を作り、俺達へと向けて撃ってくる。

 それと同時に、俺達も雷撃を撃った。


「雷撃」


 聖杯の無限の魔力によって生み出された雷がグリムスティンのレーザーを消し飛ばす。


「なにっ!?」


 すぐさまグリムスティンは極大のレーザーを放ったが、一瞬拮抗した後にそれすらも撃ち抜いていく。

 雷がバリアへと到達した。


「この魔力……! なるほど、聖杯を使ったようですね! だがしかし! ワタシのバリアは貫けません!! 無限の魔力があろうが、アナタの体力は有限!! ワタシの魔力が尽きるより先にアナタが力尽きるほうが先です!!!」


 不快な笑い声が響く。

 雷がバリアに当たっては散っていく。


 固い。割れない。

 それでも俺は雷撃を撃ち続ける。


 俺は、負けられないんだ……ッ!!!!!


「う、ぐっ……おおぉッ!!!」


 その時だった。


 パキッ。

 バリアに小さな亀裂が走った。


「ば、馬鹿な……ッ!! そんな馬鹿な!!」


 絶対に割れるはずの無いバリアが割れたことに、グリムスティンは動揺する。


 パキ、パキパキッ。

 次第に亀裂はどんどんと大きくなっていった。


「バカな……ッ!! ワタシの盾がッ!! 貫かれることのないはずのバリアがぁッッ!!!!!」


 バキバキバキッ!!!


 亀裂がバリア全体へと広がっていく。

 全身全霊を込めて叫んだ。


「ぶっっっっっっっっっっっ飛べええええぇぇぇぇぇぇえええええッッッ!!!!!!」


 バキンッッッ!!!!!!!

 ついにバリアが割れる。


「このワタシが──」


 グリムスティンが雷に呑まれていく。

 すぐに悲鳴は聞こえなくなった。


 その身を雷が焼き尽くし、雷撃が収まった頃。

 その場にはもうグリムスティンの姿はなかった。


「倒した、のか……」


 俺がそう呟いた瞬間、視界が切り替わる。

 地下の駐車場だ。

 どうやら、俺達は迷宮の外へと出てきたようだ。


「戻ってきたということは……奴を倒したのか」


 アイリスがそう呟く。


「あっ、真澄くん!!」


 心配そうな表情になっていた先輩たちが、俺達を視界にいれるとこちらへと走ってくる。

 その光景を見た途端、こころの中が安堵で溢れかえった。


 すると緊張が途切れたせいか、急に意識が遠くなっていった。

 糸が途切れたように倒れ込む。


「っ真澄!? 今すぐに治療を……」


 アイリスの声を聞きながら……俺は気絶した。

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