第28話 大切な人


 痛い。

 血を失ったせいか、頭が朦朧とする。


 起き上がったグリムスティンが、俺を睨んだ。


「なぜその身体で起き上がれる……!! 意識を保つことすら苦痛なはずだ!」


 グリムスティンの言う通り、今の俺は身体を動かすのすら精一杯だ。

 というか、もう自分では身体を動かすことしかできない。


「簡単な話だよ。無理やり身体に電気を流して、動かしてるんだ」


 身体に電気を流して無理やり動かしているから、立っているだけでも激痛が走る。


「なぜそこまでして……!」


 俺がそこまでする理由は正直に言えばわからない。

 それでも。


「お前を……ぶん殴るためだ」


 ──俺は目の前のコイツを殴り飛ばさなければならないという気がしたのだ。


「真澄……」


 アイリスの声が聞きながら、全身に雷を纏わせる。

 グリムスティンは叫びながら空中に浮かび上がった。


「どうやらアナタは意思が『強い』人間のようだ。そんな人間は……さっさと殺すに限ります!!」


 グリムスティンがそれぞれの十本の指から、俺を吹き飛ばしたレーザーを放つ。

 俺がいた場所にレーザーが直撃し、粉塵が空中に舞う。


 しかし、その場に残されていたのは雷の軌跡だけだった。

 俺が通った後に雷の筋が残され、光の線が空中を走っていく。


「なにっ!?」


 突然目の前に現れた俺に驚愕するグリムスティン。

 雷を纏わせた手のひらでグリムスティンの顔面を掴もうとする。


「っ!!」


 グリムスティンが慌てて自分の顔と俺の手の間に自分の両手を守るように差し込む。

 そして手のひらから大量の魔力を放った。


 俺が纏わせた雷とその魔力は拮抗する。

 弾かれたのは俺の方だった。


 身を翻して地面に着地した俺は、もう一度脚に力を込めてグリムスティンへと向けて飛ぶ。

 まだ魔力が足りない。


 今度はそれすらも貫けるような魔力を。

 右手に雷光が迸る。


 その時だった。

 グリムスティンが両手を前へと突き出す。


「死になさい!!」

「な──」


 指からレーザーが発射される。


 だが、速すぎる。

 今まで撃ってきたレーザーを遥かに超えた速度で、レーザーは俺へと迫ってきていた。


(ああ、これは避けられないな)


 スローモーションの視界の中、俺はそう悟った。


 今から全力で避けたとしても、今までの俺の速度じゃ避けられない。

 多分、このレーザーを受ければ俺は死ぬ。


 ──腹をくくるしか無い。


(これだけは……やりたくなかったんだが)


 バヂィッ、と頭の中で火花が弾けるような音がしたような感覚があった。


 俺がいた場所にレーザーが直撃する。


「ンフフッ!! いくらしぶとかろうが、これで……」


 煙が晴れた後、そこには……俺の姿はなかった。


「なっ……!?」

「成功した、みたいだな……」


 グリムスティンが声の方向を振り向く。

 すると、さっきまで俺がいた場所から少し離れたところに、俺は立っていた。

 グリムスティンは信じられないものを見たように叫ぶ。


「バカなッ!! アナタがあれを避けられるはずがありません!」

「ああ、避けられなかったよ。さっきまでの俺の速度じゃな。──だから、脳に電気を流して、神経の伝達速度を上げたんだ」


 俺がやったのは、電撃による神経伝達の高速化。

 今の俺は、反射速度から筋肉の制御、果ては思考速度まで通常の数十倍まで上がっている。


 俺がどうしてもやりたくなかったのは……流石に失敗したときのリスクが大きすぎるからだ。

 そのとき、神経伝達を高速化した反動か、


「っぐ……!」


 ズキンッ、と頭が痛んだ。


 まだ脳がこの状態に慣れていないんだ。


 早めに決着を付けなければ、脳の使いすぎで倒れることになる。


 一歩踏み出す。

 ジジッ、地面へと電気が流れていった。


 グリムスティンとの距離を一瞬で駆け抜け、肉薄する。


「おおッ……!!」


 雄叫びを上げ、グリムスティンへと拳を突き出した。

 しかし──。


「がっ……!?」


 見えない壁に当たったかのように、俺は弾き返された。

 受け身を取れずに地面へと叩きつけられた俺を見て、グリムスティンが笑い声を上げる。


「ンフフフフ! 無駄ですよ!! アナタには、私の防御は打ち破ることはできません!!」


 立ち上がって見てみれば、グリムスティンの目の前に透明な光の板が形成されていた。


「ワタシの能力は『不朽の障壁イモータル・バリア』!!! どんな攻撃すらも防ぐバリアを展開する能力です!!」


 どんな攻撃も防ぐバリアだと……!?

 そんなの強すぎる……!


「っ……!!」


 俺の悔しそうな表情を見て、グリムスティンは愉快そうに唇を吊り上げた。


「ンフフ!! 今どんな気持ですか!? 自分の攻撃は二度と通じないと知って、絶望しましたか!?」


 俺は右手に雷撃をチャージして、グリムスティンへと向けて撃つ。


「無駄です! 何度攻撃したところで私のバリアが敗れることは──ガハッ!?」


 雷撃は、グリムスティンへと直撃した。

 グリムスティンへと撃った雷撃はバリアに触れる直前に方向転換をし、バリアが張られていない真横から当てたのだ。


「真横、背後……要は、バリアが張られてない場所は当たるってことだな」


 俺は意趣返しの笑みを浮かべる。

 グリムスティンの表情が憤怒へと染まった。


「このっ……!! 人間風情が……っ!!!」


 グリムスティンが両手をこちらに向けて、十本の指からそれぞれ魔術を放つ。

 レーザーがそれぞれ複雑な軌道を描いて俺へと殺到した。


 だが俺の姿は消え、その場には雷の爪痕だけが残されていた。

 目にも留まらぬ速さでグリムスティンの真横へと回り込む。


「くっ……!!」


 グリムスティンが慌ててバリアを俺の方へと向けるが……もう遅い。

 俺の右手から放たれた雷撃はバリアを避けてグリムスティンへと直撃した。


「がっ……!!」


 グリムスティンが苦痛に顔を歪める。


(威力が弱い……! コントロールのために威力を落とした代わりに、決定打を与えられない……!!)


 雷撃は着実にダメージこそ与えているものの、完全にグリムスティンを倒すほどの威力はない。


「なら、決定打になるまで叩き込むだけだ……っ!!」


 身体に雷を纏わせ、駆ける。


「ぐ、ぬぅ……っ!!」


 四方八方からグリムスティンへと雷撃を浴びせかけた。

 いくつかは防がれたものの、それでも当たった雷撃は徐々にグリムスティンを削っていく。


 このまま行けば勝てる。

 そう確信したとき。


「調子にぃ……ッ」


 俺は見た。


 グリムスティンの目に映る……アイリスの姿を。


 その口もとが、吊り上がる。


「乗るなぁッ!!」


 グリムスティンがアイリスへと手を向ける。

 その手のひらに大量の魔力が渦巻いていた。


「!」


 何をしようとしているのか察した俺は、アイリスの元へと跳んだ。

 グリムスティンの手から、極大のレーザーが放たれる。


「ぐっ……!」


 アイリスの目の前に割り込んだ俺は、雷撃を撃ち、その極大のレーザーを迎え撃つ。

 レーザーと雷が衝突し、閃光が弾けた。


 衝撃波が空気を震わせる。

 最初は拮抗していたが、しかしグリムスティンの雷撃の威力は凄まじく、徐々に俺の雷撃が押され始めた。


「ぐ、うぅ……ッ!!」


 右手から血飛沫が走り、口から血があふれる。

 迫る苦痛を歯を食いしばって耐える。

 俺が今ここで一歩引けば、アイリスが巻き込まれる。


「もうやめてくれ!!」


 アイリスが俺の肩を掴む。

 泣きそうな声で、やめるように言う。


「これ以上キミが傷つくのを見たくない! 私はどうなってもいいから……!!」

「いや、だ……ッ!!!」

「どうしてだ!! キミがそこまでする理由なんて──」

「そんなの、決まってるだろ! お前が──大切だからだよ!!!」

「!」


 ああ、そうだ。ようやく理解した。

 俺がここまでアイリスを守ろうとする理由。


 ──大切な人アイリスに、傷ついてほしくないからだ。


 俺は平和に生きたい。

 今みたいに命の危険があることなんて、真っ平ごめんだ。

 でも……。


「確かに……お前と一緒にいた時間は一ヶ月にも満たない……ッ!! でも……それでも!! アイリスやシャーロットと過ごした時間は俺にとって、大切な時間だったんだッ……!!!」


 どれだけ自分が傷つこうとも。

 ある日突然交通事故で死んだ両親のように、目の前から大切な人がいなくなるのが嫌なんだ。

 あんな思いをするのはもう嫌だ。


「もう二度と、大切な人を失いたくない……ッ!!!」


 そのためなら──俺はどうなっても構わない。


 右手に魔力を込める。

 腕から血が飛び散る。

 雷がレーザーを押し戻し始めた。


「馬鹿なッ!?」


 全身全霊を込めて叫ぶ。


「だから、俺は負けない……ッ!!」


 雷がレーザーを押し切り、グリムスティンへと雷撃が直撃した。

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