第26話 道化の悪魔・グリムスティン
正直に言って、可憐たちは言わずもがな、京香先輩も限界を迎えている。
魔力も体力も底をついて、身動きできなくなった可憐がその証拠だ。
今、この場でまともに戦えるのは俺だけだ。
やるしかない。
「グオォォォォォォッ!!!」
咆哮を上げて、モンスターたちが襲いかかってくる。
身体に電気をまとわせ、身体能力を強化していく。
雷撃は迂闊にはもう連発できない。
Bランク以上のモンスターが展開する防御用の魔法陣を貫こうとすればそれなりの”溜め”が必要になるし、その溜めの間に大量のモンスターに襲われて、蹂躙されてしまう。
だから、できる限り最速で、最大の一撃を叩き込む。
(雷撃のエネルギーを、拳にまとわせる……!)
紫電が拳を包み込む。
まずは可憐の頭上へと落ちてきた、一番近いモンスターだ。
コモドドラゴンの大型版のようなモンスターへと接近する。
俺が通った後には、空中に雷の線が走っていた。
そして雷撃のエネルギーを纏ったその拳を、そいつへと叩き込む。
雷撃をまとわせた拳の威力は凄まじく、コモドドラゴン型のモンスターは絶命し、塵と化していった。
「次だっ……!」
休む暇もなく、一番近づいているモンスターへ向かって一歩を踏み込む。
地面と空中を雷光が縦横無尽に駆け抜け、そのたびにモンスターが塵と化していく。
一体モンスターを倒したらまた次へ。倒したらまた次へ。
紙一重で京香先輩たちがモンスターに襲われるのを防いでいた。
「すご……」
誰のとは聞き取れない声が聞こえてきた。
「っぐ……!」
ガキィンッ!!! と俺の拳が跳ね飛ばされた。
キマイラが雷に特化した防御魔法陣を展開したのと同じように、モンスターの中に俺の打撃に特化した防御用の魔法陣を展開し出したのだ。
俺は即座にホルスターから拳銃を取り出し、撃つ。
割れた魔法陣を拳で突き破り、モンスターを雷撃をまとわせた拳で殴る。
(流石にこれだけ使ってれば底も見えてくるか……! 持ってくれよ俺の魔力……!!)
この雷撃をまとわせた拳は、一発撃ち込むごとに全力の雷撃を撃ったのと同じ魔力を消費する。
要は雷撃を連発しているのと同じなのだ。
連戦に次ぐ連戦で、無尽蔵にも思えた魔力がかなり減ってきていることを俺は感じ取っていた。
大量のモンスターを銃と拳で倒していく。
そして、ついに最後のモンスターになった。
「これで、最後だ……ッ!!!」
案の定展開された魔法陣を銃弾で撃ち破り、拳を叩き込む。
最後のモンスターが塵となっていった。
それを見届けて、俺は疲労から地面に膝をついた。
「はぁっ……はぁっ……」
魔力を使いすぎた反動か、頭も身体も疲れを訴えてきている。
だけど、守りきったぞ……全員を。
「真澄くん……」
「まだ、終わりじゃありません」
俺は立ち上がる。
「とりあえず、一旦ここから出ましょう。またさっきみたいにモンスターが増えるとも限りませんし」
階層が融合したことといい、モンスターが増えたことといい、ここは今までの迷宮とは何かが違う。
次にモンスターがまた出てきたら、今度こそ俺達はおしまいだ。
俺の言葉に京香先輩が頷く。
「……そうだね。皆、出口へ行こう」
「うーい」
「……」
立ち上がる凛と寧々をよそに、俺は可憐まだ疲労で立ち上がれない様子の可憐の元へと向かった。
可憐のそばにしゃがむと膝裏と、肩に手を回して持ち上げる。
お姫様抱っこされた可憐が小さく悲鳴を漏らす。
「ひゃっ」
「安心しろ、一人くらいなら運ぶ余裕はあるから」
「そ、そういうことじゃなくて……!」
可憐は何かを言おうとしたがその唇を閉じて……代わりに俺の首に手を回した。
「ああ、そうやってくれると、楽だな」
「……」
顔を真っ赤に染めた可憐は目を逸らしたまま無言だった。
可憐を担いだまま空間の割れ目へと向かう。
空間の割れ目の前まで来たときのことだった。
「や、やっと入れた……!!」
割れ目からアイリスがこちらへと入ってきたのだった。
そして目の前に居る俺を見て、すぐに駆け寄って来た。
「真澄、無事か!?」
「あ、ああ、無事だ」
俺がそう告げると、アイリスは大きく息を吐いた。
「本当に心配したんだからな……」
「いや、アイリス。なんでお前がこっちに入ってきてるんだ? 後方支援向きとか言ってなかったか?」
俺の言葉にアイリスは不自然に目を泳がせた。
「それはだな……まあ、私がいれば問題を解決できるから……」
「? なんだそりゃ」
「確かに、アイリスちゃんが入ればなぁ」
「本当にその通り」
「もっと……らく、だった……」
俺は首を傾げていたが、京香先輩たちはうんうん、とアイリスの言葉に納得していた。
なんだ、俺の知らないことを先輩たちは知っているのか?
ごほん、とアイリスが咳払いをする。
「それよりも、モンスターハウスが生まれた瞬間から急に連絡が取れなくなったんだ、一体何が合ったんだ?」
アイリスの疑問に俺達は顔を見合わせると、くすりと笑った。
「色々とあったんだよ。……それも含めて外で話すよ」
「ほう……では、それについても話してくれるんだろうな」
アイリスは目を細めて俺がお姫様抱っこしている可憐を指差す。
「いや、これは単なる人助けで、それ以上でも以下でもないぞ?」
「ふ〜ん?」
疑わしげな目でアイリスが覗き込んできた。
なんだその腹立つ声。
ぱんぱん、と京香先輩が手を叩く。
「はいはい、早く帰るよ。正直に言って、今すぐにシャワー浴びて寝たいから」
確かに俺も疲れたから早く寝たい。
割れ目の前までやってくると京香先輩が手を差し伸べた。
「一番疲れてる人からどうぞ」
「ありがとうございます」
会釈して歩き出そうとしたとき、可憐が告げた。
「こ、ここまで来たら大丈夫だから……」
「ああ、そうか」
俺は可憐をゆっくりと地面へと下ろす。
今度はしっかりと立ち上がり、割れ目から外へと出ていく直前……可憐は俺の方へと振り返った。
「その、あ、ありがと……」
地面へと足をつけた可憐は小さくそう呟いた。
「どういたしまして」
俺がそう言うと、可憐は先にダンジョンから出ていく。
「先輩たちからお先にどうぞ」
「そお? ありがと真澄くん」
「ありがとね」
どう見ても疲労困憊の先輩たちに先を譲ると、三人はそれぞれ割れ目から外へと出ていく。
そして、最後に俺とアイリスが残った。
「俺達も出るか」
「ああ」
そうして、割れ目から外に出ようとした瞬間。
「え?」
目の前から割れ目が消えた。
今まであったはずの、ダンジョンから出るための出口が。
「なにが──」
ドスドスドスッ。
三回、何かに刺されたような感触があった。
「…………は?」
自分の体を見下ろしてみれば、右肩、左脇腹、右太ももにじわりと血が広がっていた。
急に口からせり上がるものがあって、俺は吐き出す。
「がは……っ!!」
べちゃり、と地面に赤いものが付着した。
血だ。
「なん──」
強い衝撃。
真横から吹き飛ばされた。
ダンプカーに跳ね飛ばされたように地面を二回跳ねて、地面に叩きつけられる。
痛い。苦しい。
息を吸おうとすれば肋骨が折れているのか激痛が襲ってきた。
俺の頭は疑問と苦痛に支配されていた。
何が起こった?
どうして割れ目が消えた?
──アイリスは無事なのか?
失いそうになる意識を繋いで、どうにかして顔を上げる。
血で染まった視界の先には──道化がいた。
「そんな……ばかな……」
アイリスはその道化を、どこか怯えるような色が混じった呆然とした表情で見上げていた。
道化はそんなアイリスを見て……心底楽しそうな笑い声を上げた。
「ンフフフフ!! お初にお目にかかります!!!」
宙に浮かんで居るその道化は芝居がかった仕草で頭を下げて……
「ワタシのことはどうぞ、グリムスティンと、お呼びください」
グリムスティンと、そう名乗ったのだった。
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