第25話 モンスターハウス


「これは……大ピンチだな」


 俺達はどうやらモンスターの集団の中に落ちたようだ。

 それもDやEランクの雑魚モンスターじゃない。


 Bランク以上のモンスターが、少なくとも数百体はうじゃうじゃといるぞ。


 Bランク以上のモンスターでも簡単に倒して見せる京香先輩たちのパーティーだって、恐らくこの数になってくると話が違う。

 物量と勢いに押されて、俺達全員がやられる可能性は十分にある。


「襲ってこないね……真澄くんを警戒してるのかな?」


 モンスターの群れは人間である俺達を見ても遠巻きから観察するだけで、すぐには襲ってこなかった。

 まるで何かを恐れているみたいだ。


 ただし、ここでじっと待っているだけでは状況は好転しない。

 それに雰囲気からわかる。いつかは壊れるぞ、この均衡は。


「このダンジョンを考えた人、性格悪いねー。まるで私達を殺すために設計したみたいな作り」


 先輩の言うとおりだ。

 俺達は閉ざされた空間の中に、大量のモンスターと閉じ込められている。

 遮蔽物も視界を遮るようなものもないから、休憩も補給もできない。


 なんか、いやな作為を感じる。

 まあ、そうなるとダンジョンを誰かが作った、ということになってしまうから、ありえないのだが。

 京香先輩は冷静に凛へと問いかけた。


「凛ちゃん、出口の方向はわかる?」

「むり、敵意が沢山ありすぎてどっちが安全な方向か全くわからない」

「どのみち、全部倒して帰らないとここのモンスターが割れ目から溢れ出して、渋谷が大変なことになる、か……」


 たとえ俺達が幸運にも出口を発見して脱出することができたとしても、俺達を追って、空間の割れ目から大量のモンスターが飛び出すだろう。

 ここにいる高ランクのモンスターが、渋谷という大量に人がいる場所へと放たれたら……確実に大量の死人が出る。


「だけど、こんな量のモンスターを倒し切るなんて……!」


 一瞬俺達が絶望的な雰囲気に呑まれかけたとき、パンパン、と京香先輩が雰囲気を入れ替えるようにことさら明るく手を叩いた。


「はい皆、ここから本気でやってね。わかってると思うけど、全力でやらないとここから生きて帰れないから」

「うい」

「ひゃ、ひゃい……!」


 凛は肩から下げていた短機関銃のマガジンを確認すると、ガチャンと持ち手部分のスライドを引いた。

 寧々は腰のホルスターから拳銃を取り出す。

 しかし手は震えていて、ろくに戦えそうにはない。


「凛ちゃん……!」

「はい寧々、これ!」


 そして凛は背中のバックパックから、どこから取り出したのか──軽機関銃を取り出した。


「そんなのどこにしまってたんだよ!」

「これ、魔道具なんだよ。まあ詳しい説明は生きて帰れたらって話で」

「うぅ……『暗黒の手ブラックハンズ』」


 寧々はその軽機関銃を暗黒の手をいくつも重ねて作り上げた巨大な両腕で持ち上げた。

 暗黒の手が慣れた手つきでガチャコン! と軽機関銃に弾帯を装着する。

 そう言えば、あの黒い手は力持ちだって言ってたな。


 なるほど……あの黒い手にはそういう使い方があるのか。

 俺が寧々の異能の使い方に感心していると、京香先輩が可憐へ真剣なトーンで告げる。


「可憐ちゃん、剣しまって。本気でやって」

「う、うぅ……はい」


 可憐は少し嫌そうな顔をしつつも、剣を鞘にしまった。


「可憐、ほいっ」


 俺が何をするのかと思っていると、凛が背中下げているバックパックから何かを取り出し、可憐へと放り投げた。


 それは……ショットガンだった。


 凛は同時にショットガンの弾をいれたバックを可憐へと投げ渡す。

 可憐はやけくそ気味な声でそのショットガンを受け取ると、ショットガンのシェルを片手に二つ持ってリロードするクアッドリロードで装填すると、


「ああもう!」


 ガッチャン! とポンプを引いた。


「これはかっこよくないから、使いたくなかったのにっ!!」


 可憐が引き金を引く。


 ドゥンッッッ!!!!!


 爆音とともに銃口から火柱が上がった。

 爆弾か?

 いや、違う。

 動画か映画で見たことがある。


 あれはドラゴンブレス弾だ。


 しかしその威力はドラゴンブレス弾を遥かに超えて、ドラゴンのブレスそのものへと変わっていた。


「ギャッ!!」


 先頭にいたグリフォンと、その延長線上にいたモンスターを巻き込んで、たった一発で塵にした。


「あたしの『発火能力パイロキネシス』とドラゴンブレス弾の合わせ技! 骨の髄まで溶かされたいやつからかかってきなさい!!」


 それが、合図となった。


 今までこちらを遠巻きに睨んでいたモンスターの大群が、一気に押し寄せた。

 同時に京香先輩も、凛も、寧々も攻撃を始めた。


 俺達は円陣を作って、360度から迫りくるモンスターを撃退していた。

 可憐はドラゴンブレス弾のショットガンで迫りくるモンスターを片っ端からふっとばし、焼いている。


 凛は最適化された機械のような動きでモンスターを効率よく倒して、一切寄せ付けない。

 寧々はその軽機関銃で弾をばらまきながらモンスターをひき肉へと変えていく。

 そして京香先輩は日本刀で切って、切って、切って、切りまくる。


(俺も負けてられないな……!)


 『雷撃』に込める魔力を更に上げて、モンスターを焼き尽くす。

 暴発する寸前まで魔力を込めた雷撃は、モンスターが防御用に展開した魔法陣を容易く貫き、葬り去った。


 五人で殺到するモンスターを狩り続ける。


「ぐっ……!!」


 これは……きついな!!


 俺は魔力にはまだ余裕があるが、体力は無尽蔵なわけじゃない。

 たまに雷撃から漏れたモンスターの攻撃を避けて、蹴り飛ばし、雷撃を撃ち込むたびに体力は削れていく。


 そして四人の方は体力どころか魔力も限界が見えてきている。

 四人とも、体力の限界を迎えかけているのは見ずとも感じ取れた。


 そして、最初に限界に達したのは体力でも魔力でもなく……銃弾だった。


「っ弾が……!!」


 マガジンを交換するために魔道具のバックパックに手を突っ込んだ凛が目を見開く。

 そうだ。銃弾が有限だってことを忘れていた……!


 凛が攻撃に参加できなくなり、戦線に一瞬空白が生じた。


「凛ちゃん!」

「ま、まかせて……!」


 凛の空いた穴を埋めようと、両隣の京香先輩と寧々がそれぞれ凛の方向のモンスターを倒していく。

 凛はすぐさまバックパックに手を突っ込んで、軽機関銃用の弾帯を取り出した。

 これからは寧々の弾帯交換のサポートに回るようだ。


「寧々!」

「りょうかい……!」


 凛は更にバックパックから何かを取り出し、寧々へと投げ飛ばす。

 寧々は暗黒の手を二本増やして凛が投げたものを受け取った。

 ロケットランチャーだ。


「凛ちゃんの穴は……私が埋める……!」


 寧々がロケットランチャーをぶっ放す。

 爆発でモンスターが宙に舞った。


「もういっちょ!」


 凛が投げたロケットランチャー弾頭を受け取って装填し、また撃つ。

 凛と寧々の連携により、一瞬崩れかけた戦線は戻っていった。


 いけるぞ……! これならまだ持ちこたえらえる……!

 銃声と爆発音が鳴り響く。


 一時間後。


「ふっ……!」


 京香先輩が刀を振り抜く。


 すると巨大な鶏型のモンスターは真っ二つになり、塵となっていった。


 そして、最後の一匹を倒し終えた。


「や、やっと終わったぁ……」

「流石に疲れたね……」

「もう立てない……寧々、大丈夫?」

「…………むり」


 モンスターを全滅させたことで、俺達は安堵の息を吐いた。

 本当にきつい戦いだった。

 寧々なんかは地面に突っ伏して凛に心配されている。


「もう魔力もカツカツ、本当に最後まで使い切っちゃった」


 流石の京香先輩も魔力が尽き果てたようでバテている。

 そう言えば、本人は魔力量自体はそれほどでもないって言ってたっけ?


「ていうか、なんで東条君はまだ立ててるわけ……?」


 凛が若干呆れたように聞いてくる。


「確かに疲れたけど……魔力にはまだ余裕があるからな」

「あんだけバンバン大技を連発して、なんでまだ魔力切れになってないのよ……」

「本当に真澄くんの魔力量はおかしいね」


 俺の返答を聞いて可憐と京香先輩が呆れたような表情になる。


「そう言えば、出口、ようやく見つけたね」

「ええ、そうですね」


 京香先輩と俺が見ている方向には、空間の割れ目が合った。

 あそこから出れば、渋谷の地下駐車場に潜ることができるはずだ。


「余裕あるなら、私を出口までおぶってぇ」

「なっ」


 へなへなとした表情の京香先輩が地面に女の子ずわりしたまま、両腕を俺の方へと差し出してくる。

 それを見た可憐が慌ててワタワタと手をばたつかせた。


「だ、駄目です京香様! 私が、私が運びますから!」

「えぇ? でも可憐ちゃんも、足腰立たないんでしょ?」

「た、立ちます! ふんっ! …………うぅ」


 可憐は脚に力を込めて立ち上がろうとする。

 しかし今の連戦で疲れ果てたせいでなかなか力が入らないのか、ろくに立つことができなかった。


「可憐ちゃんも真澄くんに運んでもらえば良いんだよ」

「は、はぁっ!?」


 可憐が叫んだ。


「まぁ、自分で立てないなら仕方ないないですけど……」


 俺は腰に手を当ててため息をつく。

 おぶって運ぶのは面倒くさいが、流石に可憐をこのダンジョンの中に置いていくのは良心が痛む。


「そ、そんなの……だ、だめです……!」

「いや、でも置いていくわけにはいかないだろ。大丈夫だって、まだ体力はあるから」

「そ、そういう問題じゃないの! だって、汗とか……」

「そんなの気にしないから」

「あぅ……」


 その瞬間だった。

 地面が大きく揺れた。


 ──バキッ。


 同時に、亀裂が走る音がした。


「おいおい、嘘だろ……っ!!」


 一度、俺はこの音を聞いたことがある。


 同時に、俺の頭に一つの予想が生まれた。

 それは、今起こり得るなかで最悪の展開だった。



 バキバキバキバキッッッ!!!



 天井が割れて、大量のモンスターが再度現れた。


「っ! 危ない!」

「へ?」


 可憐の頭上の天井も割れて、モンスターが降ってきていた。

 上を見上げた可憐が呆然とモンスターが降ってくるのを見つめている。


 まずい、今、可憐は足が動かないんだ……!!

 全身に魔力を回す。


「間に合えっ……!!」


 全力で可憐の方へと飛んだ。

 俺が伸ばした手は……ギリギリで可憐へと届いた。


 降ってきたモンスターは可憐がいた場所を潰していた。

 あのままそこにいたらモンスターに潰されていただろう。


「あれ? あたし、生きて……」


 モンスターが降ってくる直前、目を瞑っていた可憐が目を開ける。


「はぇ?」

 そして、俺にお姫様抱っこされていることに気がついて……素っ頓狂な声を上げた。

 可憐の顔がみるみる内に赤く染まっていく。

 俺は着地すると、可憐を優しく地面へと下ろす。


「な、なな……」


 ぺたん、と地面に腰をついた可憐は湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にして俺を凝視している。

 しかし、俺は今それどころではなかった。


「くそっ……なんで今出てくるんだよ……!」


 以前ダンジョンの中のモンスターをすべて倒したと思ったら、天井を割ってキマイラが現れたのと同じ現象だ。


 ただし、今度は桁が違う。


 少なくとも百体のモンスターが、目の前に出てきていた。

 そしてそのそいつらは、出口を塞ぐように立ちふさがっている。

 あれを倒さないとここから出られないぞ。


「うそ……」

「これは……冗談抜きでやばいかも」


 京香先輩ですら乾いた笑い声を上げている。

 日本刀を杖にして、京香先輩が立ち上がる。

 だが、俺は立ち上がろうとする先輩を手で制した。


「いえ、待ってください」

「真澄くん……?」


 怪訝な目で見つめてくる京香先輩に、俺はこう言った。


「俺が、全部倒します」


 雷光が迸る。

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