第24話 ドラゴンと鬼ごっこ

 赤い巨体が空を飛び、電気をまとった人間が森の中を駆け抜ける。


「『雷撃らいげき』!!」


 俺は逃げ続けるドラゴンに向かって攻撃を行った。


「ちっ、やっぱり防御を固めてるか……!」


 流石に自分にとって畏怖の対象である俺に追われている後方は防御が固い。

 ケルベロスが使っていた防御用の魔法陣が何重にも展開されて、俺の雷撃をいとも容易く防いだ。


 手応えからしてかなり固く作ってあるようだ。

 あれをぶち破るためには、相当魔力のためが必要になるだろう。

 そして溜めを作るために立ち止まったら、たちまちの内にドラゴンは射程外へと逃げてしまう。


「流石に、走りながらじゃ難しいな……」


 今、魔力の制御は高速で飛翔するドラゴンに追いつくために、身体能力を強化すための制御で手一杯だ。

 随分魔力の操作や異能の使い方には慣れてきたものの、まだそこまで器用な真似はできない。


 一旦攻撃は捨てる。

 その代わりに、全てを身体能力に注ぎ込んだ。



 俺は京香先輩の言葉を思いだす。



『私の『切断』の能力ってね、すごくタイミングがシビアなの』


「え、そうなんですか?」


 俺の疑問に京香先輩が頷く。


『そうそう。込める魔力によって斬撃の威力を調整してるんだけど、斬撃の威力を上げれば上げるほど、射程距離が落ちるんだよね』


 だからこそ最初の時、先輩は寧々にドラゴンを拘束させようとしたのだろう。


『グリフォンはBランクの中でも比較的柔らかいから、あれだけ射程を伸ばしても大丈夫だったんだけど……あのエンシャント・フレイムドラゴンの場合、至近距離まで近づかないとあの硬い鱗を切れないと思う』

「つまり、ギリギリまで先輩に気づかせないように誘導しないといけないってことですね」


 ということは、俺がギリギリまでドラゴンの気を逸らすために、最後までドラゴンに張り付いている必要があるということだ。


 この作戦の肝は俺だ。

 俺が先輩の斬撃の射程から外れようとして、ドラゴンも先輩の斬撃を回避してしまってはこの作戦の意味がない。


 そしてギリギリまでドラゴンに張り付いているということは。


『そうなると、真澄くんも私の斬撃が届く位置までこないといけないんだよね』


 当然、先輩の斬撃に切られるという危険もある。

 憂鬱そうな声の先輩に、俺は答える。


「大丈夫です。先輩の斬撃くらい、避けてみせますから」


 俺がそう返すと、


『言うねぇ。期待してるから』


 と上機嫌な声が帰ってきた。




***



 エンシャント・フレイムドラゴンは焦っていた。


 どうしてここに、『あれ』がいるのか。

 人間の形をして、かつての姿とはまるっきり変わっているが、あの魔力は間違いなく『あれ』だ。


 『あれ』の魔力を感知した瞬間、全身の鱗が逆立つような感覚を覚えた。

 食物連鎖の頂点に立つ自分が恐怖を抱くような存在。


 それはひとつしかない。


 もはや数千年も姿を消していたはずなのに、なぜ今になって姿を現したのか。

 古代から数千年生きているエンシャント・フレイムドラゴンは覚えていた。


 『あれ』の恐ろしさを。

 『あれ』が生きていた時代を。


 まだ世界に竜が溢れていた時代、自分以上の存在はいないと暴虐の限りを尽くしていた自分に、恐怖を与えた存在。

 エンシャント・フレイムドラゴンは逃げる。


 『あれ』には敵わないと知っているから。


 敵対した瞬間、自分と同じ力を持った同類は、一瞬で死に絶えた。


 『あれ』と戦ってはならない。

 『あれ』に近づいてはならない。

 『あれ』から、一刻も早く逃げなければならない。


 エンシャント・フレイムドラゴンの頭の中はその考えに支配されていた。


 視界の端に、一瞬『あれ』が映る。

 ドラゴンは慌てて方向を変えた。


 今度は反対側に『あれ』が映った。

 ドラゴンは無我夢中で走り抜ける。


 その意識は背後の『あれ』へとすべて向けられており、前方には全く向けられていなかった。

 そして逃げるのに必至で、自分が行動を誘導されていることにも気が付かなかった。


 ドラゴンは無我夢中で逃げる。

 後方には全力で防御の魔法陣を展開しているが、『あれ』が本気を出せばこんなものは紙のように破かれてしまうことを知っている。

 だから、エンシャント・フレイムドラゴンは逃げ続け続ける。


 ふと気がつけば、逃げる自分の目の前に人間の女がいた。


 青髪で日本刀の鞘に手を当てて、構えている少女だ。

 ドラゴンは咄嗟に避けようとした。


 しかし咆哮をそらそうとした瞬間、視界の端に『あれ』が映る。

 しかたなく反対方向に逸れようとすれば、またその方向に『あれ』が現れる。


 そのやり取りを何回か行った後、ドラゴンは方向をそらすことを諦めた。

 それよりも、目の間の少女を排除する方法が簡単だと踏んだからだ。


 構わない。自分の行く手を阻むなら、噛み砕くのみだ。

 ドラゴンは後ろに迫る『あれ』よりも、目の前の少女を排除する方を選んだ。



***



『真澄くん! そのまま真っ直ぐ来るように誘導して!』


 イヤホンから京香先輩の声が聞こえてくる。

 視界の先には、居合抜きの構えを取った京香先輩が、ドラゴンを待ち受けている。


「了解!」


 方向転換しそうな気配のあるドラゴンを、なんとか方向転換しないように誘導する。

 そしてドラゴンと先輩の距離が百十メートルを切った。


 ──ここからが本番だ。


 俺は更にギアを上げる。

 ドラゴンが絶対に横に逸れないように追い立てる。


 それに対してドラゴンは脇目も振らず俺から離れようと、加速する。

 その瞬間、俺はドラゴンの右翼に向かって、銃口を向けた。

 銃弾に込めた魔力が暴発する……その直前まで魔力を込めて、貫通力を高めていく。


「落ちろ……ッ!!!」


 ドゥンッ!!!

 引き金を引いた瞬間、大砲のような音とともに銃弾が発射された。

 破壊的な威力が込められたその銃弾は、ドラゴンが展開していた防御用の魔法陣を……貫通した。


 そしてそのまま翼も打ち抜き、小さく穴を開ける。

 普段ならかすり傷にもならないような穴だが、いきなり翼に穴を開けられたドラゴンは体勢を崩し、低空飛行へと変わる。


 翼に穴が空いたため高度が落ち、バキバキ、と音を立てながら木を無理やり倒して木々の中を進んでいく。

 しかし俺の狙いは高度を落とすことだった。


『わお、高さドンピシャ。やるぅ』

暗黒の手ブラックハンズ……!』


 寧々の声が聞こえてくるのと同時、ドラゴンの頭に黒い手が大量に現れた。

 地上から空へと飛び立たないようにするための布石だ。


 そしてドラゴンが進んだ先には……京香先輩が待ち構えていた。

 先輩とドラゴンが、至近距離で向かい合う。


『いくよ』


 先輩が鞘から剣を抜き放った。


 まず、目の前のドラゴンが真っ二つになった。

 スローモーションの世界で真っ二つになったドラゴンの向こう側に、剣を抜き放った先輩がいた。


 濃密な死の気配が俺を襲った。


 ドラゴンを逃さないように引っ付いていたせいで俺もこの死の斬撃が届く距離に居るのだ。

 あちらに俺たちの作戦を悟らせないために、ギリギリまで避ける動作はできなかった。


 死の斬撃が迫る。

 間に合えっ……!


 足を滑り込ませ、スライディングしながら身体を後ろへと倒していく。

 顔の上スレスレを斬撃が通過していく。


 斬撃に切られた髪が数本空中に舞った。 


 そのまま空中で真っ二つになっているドラゴンの下側の身体の下を通り抜けると、遅れて突風と、ドォン! とドラゴンの身体が地面に落ちる大きな音がした。

 俺は身体を起こす。


「はぁっ……はぁっ……」


 首と胴はまだ繋がっている。

 そして目の前ではドラゴンが塵となっていた。

 作戦は成功したのだ。


 危なかった……正直生きた心地がしなかったぞ。


「とりあえず、一層は攻略完了──」

『真澄っ!!』


 俺が安堵の息を吐いた途端、イヤホンから焦ったような声のアイリスが叫んできた。


『今すぐに出口へと迎え! できるだけ早くだ!』


 アイリスがそう言った瞬間、俺のポケットに入れてある異能機関専用のスマホからアラームが鳴り始めた。

 京香先輩たちのスマホも同様だ。


 それと同時に、地面がぐらりと揺れた。

 地震か? という思考を打ち消す。

 いや、ここは迷宮ダンジョンの中だ、そんな話は聞いたことがない。

 崩しそうになった体勢をなんとか持ち直した俺は、イヤホンからアイリスへと問いかける。


「アイリス! 何が起こってるんだ!」

『いいか、良く聞け! たった今

「……は?」


 俺はアイリスの言葉をすぐには飲み込むことができなかった。

 融合? 一体どういう……。


『二層から四層までのモンスターが、たった一層の中に詰め込まれた状態──つまりはモンスターハウスが生まれたということだ!!!』

「嘘でしょ……!!」

「これは……不味いね」


 モンスターハウスと言う言葉に、可憐たちだけではなく、京香先輩も焦り始める。

 そこにはエンシャント・フレイムドラゴンと対峙したときですらあった余裕が一切消え失せている。

 それほどまでヤバいものなのか、モンスターハウスは。


『今、その一層が消えてしまえば、次に送られるのはそのモンスターハウスだ!! さっさと出口まで逃げ……』


 ぷつん、と通信が切れると同時。


 ふっ、と景色が切り替わった。

 それはいつもの、ダンジョンが消滅したときの景色と一緒で……。


 景色が暗転して、俺達は広場へと移動していた。

 ただの洞窟ですら無い、広い空間に床だけを張ったような場所だ。


「……一足、遅かったみたいだね」


 京香先輩が呟く。

 俺達の目の前には、視界を埋め尽くす大量のモンスターがいた。


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