第23話 エンシャント・フレイムドラゴン
『ドラゴンか……』
イヤホンでアイリスが唸っている声が聞こえる。
「なにかまずいのか?」
『ドラゴンはAランクモンスターの中でも最強のモンスターだ。中にはSランクに匹敵するような個体まで居る』
俺の頭に一瞬浮かんだのは、ゼルギアスだった。
そういえば、あいつはもしランクがつくならいくつなんだろう。
まあ、余裕でAランクはあるよな。
……いや、こんなことを考えても仕方ないか。
ゼルギアスは意思疎通も出来るし、人間に敵対しているわけでもないんだから、そもそもモンスターとしてランクを付けられることがないだろ。
『京香たちがいるから心配はないだろうが、キミからすれば初めてのドラゴン戦になるから十分気をつけるように』
「ああ」
正直に言って、初めての相手に緊張はなかった。
これまでのモンスターは初めて戦った時、大なり小なり緊張はしていたのだが、今回のドラゴンに至っては全く緊張しない。
初めてアイリスと出会ったときにワイバーンと戦った感覚に近い。
親友のドラゴンが居るからだろうか。
凛の言う方向に向かって歩いていると、開けた場所が現れた。
森の中にぽっかりと空いた木々がない場所だ。
そしてその中心には、赤いドラゴンが眠っていた。
そのドラゴンを見て、京香先輩が呟く。
「エンシャント・フレイムドラゴンだね」
『エンシャント・フレイムドラゴンだと!?』
ガタンっ! と椅子から立ち上がったような音が聞こえてきた。
「強いのか?」
俺が尋ねると向こう側で咳払い後、椅子に座り直したような音が聞こえてくる。
『ドラゴンの中では最強の一角だな』
フレイムドラゴンは俺達に気がついたのか、目を見開いてゆっくりと身体を起こす。
その大きな体躯が顕になった。
流石にゼルギアスほどの巨体ではないが、それでも俺達が見上げるくらいには大きい。
「これは、ちょっと気合を入れないとね。寧々ちゃん、
「い、一瞬で振りほどかれると思うけど……ね、寧々……頑張る……!」
「オッケー。一瞬あれば十分だよ」
エンシャント・フレイムドラゴンは流石に京香先輩でも余裕、とはいかないのか、余裕の表情を消して戦闘態勢に入った。
可憐たち三人もそれに合わせて戦闘態勢を取る。
これは、俺も本気でやった方がいい相手みたいだな。
俺は本気で全身に魔力を回した。
久しぶりの本気の魔力が全身から大気へと漏れ出していく。
その瞬間だった。
「グオッ!?」
ドラゴンが何かを敏感に感じ取ったように顔を上げた。
な、なんだ……? なんか焦ったように周囲を見渡してるぞ……?
「あれ、どうしたの?」
「わかんない……」
様子のおかしいドラゴンに不思議そうに首を傾げた京香先輩が凛に聞くが、凛を始め俺達もその様子が分かっていないみたいだ。
「あ、あわててる、のかな……?」
「慌ててると言うより、何かを怖がってるみたいだけど……」
「確かに、警戒しているみたいな感じだな」
可憐の言う通り、ドラゴンは何かを警戒するみたいにキョロキョロとあたりを見渡している。
俺の言葉に凛が尋ねてきた。
「警戒するって、ドラゴンが?」
「ああ」
「でも、モンスター界の中では最強の存在でしょ? そのドラゴンが恐れる存在って……何?」
「確かに……言われてみればそうだな」
いわば食物連鎖の頂点に位置する存在に天敵など存在するはずがない。
いるとすればそれこそエインシャント・フレイムドラゴンを超えるような存在じゃないと……。
いや、まあ良い。
それより、気が散っている今、あいつに奇襲すれば楽に倒せるんじゃないか?
そう考えた俺が全身に込める魔力を更に多くした瞬間。
「ギャオッ!?」
ドラゴンが勢いよく俺の方を向いた。
「え…………俺?」
いやいやそんなはずはないと俺は目を擦る。
しかし何度見ても、モンスター界の中で最強のエンシャント・フレイムドラゴンは、汗をダラダラと流しながら俺を凝視している。
「あのドラゴン……どう見ても真澄くんを見てるよね……」
「そうだね……」
「み、みてる……」
「みてるわね……」
京香先輩たちもドラゴンと俺を何度も見て確認してくる。
そして四人とも若干引きぎみの表情になった。
ひきった顔の京香先輩が尋ねてくる。
「君、何度も聞くけど……本当に人間?」
「いや、だから人間ですってば」
「ドラゴンにビビられる人間って居るの?」
「いや、それは、まぁ……」
可憐のツッコミが思いのほか正論で、俺は言い返せなかった。
『シャーロット? ああそうだ。精密検査の手配を。病院ではなく異能機関の方で頼む。病院で精密検査してもし人間じゃなかったら誤魔化すのが大変だからな』
イヤホンの向こう側ではシャーロットに何かを指示しているアイリスの声が聞こえてくる。
だから俺は何度も人間だって言ってるのに……!
「それより、あれはどうする? 今なら楽に倒せそうだけど」
凛の一言で俺は話題を変えるチャンスを得た。
「そ、そうだな。なんか動かないし、今のうちにやっちゃおうぜ!」
「確かに、エンシャント・フレイムドラゴンを倒さないと、このダンジョンが消えないもんね」
一瞬気は緩んだが、流石は国内トップのパーティー。
すぐに気を引き締めて戦闘態勢に戻った。
俺がさらにギアを一段階上げた時。
「ギャアアアアアッ!!!」
ドラゴンは悲鳴を上げてバサバサと飛んでいってしまった。
それを見てぽかんとする俺達五人組。
「人間からドラゴンが逃げたんだけど……」
「君といるといろんなことが体験できて楽しいね」
「ふへ……おもしろびっくり箱……」
「待てなんだおもしろびっくり箱って。絶対に面白がってるだろ」
「ご、ごめんなひゃい……」
「ああ、いや、別に責めたわけじゃ……」
頭を両手で覆って謝る寧々に罪悪感を覚えていると、可憐が慌てて叫んだ。
「それよりもどうするのよ。あれを倒さないとこの階層が消えないんだけど!?」
「っ確かにそうだった!」
「ダンジョンだから飛んでても逃げれるわけじゃないけど、それでも逃げ続けられたら、こっちが不利益を被るからね」
先輩の言う通りだ。
確かにダンジョンは閉じた世界のため、出口から出るのだけ防いでいればいつかは追いつくだろう。
しかし
「寧々ちゃん! あれ捕まえられる?」
「む、無理……もう『
「じゃあ俺がいきます!」
「真澄くん!?」
先輩がそう言った瞬間、俺は走り出した。
しかしドラゴンは背後から迫ってくる俺を見て、更に焦ったように飛ぶスピードを上げた。
すぐに可憐からイヤホンで苦情の通信が入ってきた。
『何やってんのよ馬鹿! ドラゴンが更に逃げちゃうじゃない!』
「俺を怖がってるってこと忘れてた!」
『とりあえず一旦合流して、どうやってドラゴンを倒すか作戦を……』
「いえ、このまま追います!」
『え?』
「このままだとドラゴンに逃げられます! この広い階層の中でまた探し出すのはかなり時間がかかるでしょうし、それに俺と一緒に先輩たちの顔は覚えられているから、先輩たちだけで討伐しに行ったとしても今度から遭遇しただけで逃げられる可能性が高いです!」
『それは、そうかもしれないけど……』
今、俺達が一番嫌なのはこのドラゴンに時間を稼がれることだ。
『でも、逃げ続けるドラゴンをどうやって倒すの?』
「俺に作戦があります」
俺は先輩に向かって作戦を説明する。
一番最初に声を荒げたのは可憐だった。
『は、はぁ!? あんた正気?』
『あ、危ないけど大丈夫……?』
『東条君、勇気あるねー』
三者三様のリアクションを返してくる中、京香先輩はちょっと上機嫌な声を返してくる。
『ふーん。なるほどなるほど。それ、君もちょっと危ないけど大丈夫?』
「俺はなんとかして避けるので!」
『りょーかい。信じてるからね』
「はい!」
そこで一旦通信が途切れる。
「さあ、鬼ごっこの時間だ」
『まったく……ドラゴンと追いかけっこした人間なんて、長い人類史の中でも見てもキミひとりしかいないだろうよ』
「うるさい!」
呆れ気味のアイリスのツッコミにそう返しながら、俺は奇妙な木々が生え盛る森の中を駆け抜けた。
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