第19話 Aランクダンジョン
「アイリスちゃーん! もうプロテクターは出来てるよー! 褒めてぇ」
研究室の中に入るとカーリーはいの一番にアイリスへと両手を差し出して、ハグを求めた。
しかしそれをまるっきり無視してアイリスはプロテクターを渡すように要求する。
「そうか、さっさと出してくれ」
「ひどくない!? あたし、頑張ってアイリスちゃんのために超特急でプロテクターを作ったんだけど……。これ、他の人が作ったら倍は時間がかかるんだからね……」
「その分ちゃんとボーナスを払うから我慢しろ」
「えっ、ほんと!? やったー! 今日は焼き肉だー!」
カーリーは両手を上げると椅子をくるくると回して「やったー!」と連呼する。
「……こんなに頭がおかしな人だったっけ?」
「多分徹夜明けで情緒がおかしくなってるんだ。相手にするのは適当にしておけ」
ぼそっとアイリスが耳打ちしてくる。
なるほど、どうやら徹夜明けらしい。
「東条くんに作ったのは……これです! じゃじゃーん!」
カーリーは目の前に真っ黒なアームカバーとと膝まである靴下みたいなものを渡してきた。
「私のスペシャルプロテクター! その名も『
カーリーは決めポーズをつけて叫んだ後、プロテクターについて説明を始める。
「制服の下からでも着れるっていう要求を叶えるために、極限まで薄くしておきながら強度もそれなりに保ってる優れモノ。それでいて手の内側には銃やナイフを握っても滑らないように加工もしてるの。どう、すごくない?」
「え、ええ、まぁ……」
ドヤ顔で聞いてくるのを除けば完璧だ。
「それと、足の方は露出が少ないからぶ厚めにしてあるけど大丈夫だよね? でもその分がっちりしてて蹴っても痛くなりにくいと思う。これで存分にモンスターを蹴ったり殴ったりできるね!」
「いや、別に自分から蹴ったり殴ったりしたいわけじゃないんですが……」
そんなバトルジャンキーみたいに言わないで欲しい。
「はい、これで説明しゅーりょー。サイズは合ってると思うけど、一応試着してみてくれる?」
「了解」
「着付けは私が行いましょうか?」
「いや、自分できるから」
シャーロットの提案を断る。
メイドだからか、よく俺の着替えなどを手伝おうとしてくるのだ。
もちろん毎回断っている。
いくら仕事でしているとは言え、流石にアイリスに匹敵する美少女に服を着替えさせてもらう、というは気まずい。
積み上げられ段ボールやら紙やらで、周囲から視界が遮られた場所で、プロテクターを制服の下から着込む。
腕と足に装着するだけなので、別に難しいことはなかった。
「サイズは……ぴったりだな」
プロテクターと聞いて手甲みたいなので、かなり動きを制限されるんじゃないかと想像していたが、思ったよりは動きを制限はされなかった。
制服の下から手のプロテクターが覗いているが、これぐらいなら手袋だと誤魔化せるだろう。
「どおどおー?」
ひょい、とカーリーが覗き込んでくる。
「いや、覗くなよ」
「いいじゃんいいじゃん! 減るもんじゃないし!」
カーリーは俺がつけたプロテクターを見てうんうんと頷く。
「大丈夫そだね。一応注意はしておくけど、できるだけ強度は高くしたけど、薄くした分、無茶すると普通に壊れるから、そこは覚えておいてね」
「ええ、わかりました」
その時、向こう側からアイリスがひょい、と顔を出した。
「真澄、ちょうどいいタイミングだ。そのプロテクターの性能を試せる場所ができたぞ」
アイリスがにやりと笑ってスマホの画面を見せてきた。
そこには異能機関から送られてきた任務が表示されていた。
「Aランクダンジョンが出現したそうだ」
***
Aランク
それは東京の中心、渋谷の中にあるビルの地下駐車場に突如として出現した。
地下駐車場は直ちに異能機関と警察によって閉鎖され、現在調査が行われている……そうだ。
渋谷に向かう途中、アイリスから聞いた現状の説明を要約するとこんなところだ。
「今の時点で分かることはこれくらいだな。他は何もわからん」
アイリスは肩をすくめて横の座席にぽい、とタブレットを投げ捨てる。
それをシャーロットが回収して鞄にしまっていた。
Aランク
そこをアイリスが身分証を提示して、駐車場の中へと降りていく。
車から降り立つと、地下駐車場の中は異様な雰囲気に包まれていた。
言うなればそう……ダンジョンの中にいるような感覚だ。
「なんだ、この感じ……?」
「地下駐車場の中に魔力が充満しているな。それほどまでにダンジョンが肥大化しているということか……」
「肥大化? ダンジョンって大きくなるのか」
俺の質問にアイリスは頷く。
「
アイリスは衝撃的な一言が放たれた。
「迷宮から一斉にモンスターが世界へと放たれる」
「世界へって……!」
「我々はそれをスタンピード、と読んでいる
「スタンピード」
「スタンピードによる被害は迷宮からモンスターが一匹出てきたときの比較にならない。なにせ、数百から数千体のモンスターが世に放たれるわけだからな。Aランクダンジョンのスタンピードなら、なおさらだ」
俺はその光景を想像してゾッとした。
もしもワイバーンやキマイラが人間を襲ったら。
襲われた人間の中に、鈴乃や林田たちが入っていたとしたら……。
「だからこそ、我々は迷宮からモンスターが溢れる前に迷宮ごと消さなければならない、ということだ」
「ここはどうなんだ? まだ壊れたりしないのか?」
「それを今から確かめに行くんだよ。さ、行くぞ」
アイリスはそう言って前へと進んでいく。
前方に大きな空間のひび割れが見えた。
あれが恐らくAランクダンジョンへの入口だろう。
そしてその入口付近には様ざなま機器で空間の割れ目を調査している黒服と、見知った顔の人間がいた。
「あ、真澄くん」
「京香先輩」
そこにいたのはSランクハンターである天海京香、とその仲間の三人だった。
京香先輩はやっほー、と俺に胸の前で小さく手を振る。
「京香先輩もこのダンジョンの攻略に?」
「そそ、Aランクだからね、流石に私も招集がかかったの」
「そうなんですか。よろしくお願いします」
「うん、よろしくねー」
京香先輩がゆるい挨拶を返してくる。
この人、アイリスの話では台風を切ったんだよな?
今の感じからは想像がつかないが……人は見かけによらないということだな。
俺が京香先輩に挨拶していると、視線を感じた。
京香先輩の奥の方に目を向ければ、以前も俺を睨んできていた少女が、俺を射殺さんとばかりに睨んできていた。
……俺、なんかしたか?
「ふむ、私達だけか? もっと人手があっても良いと思うが……」
「そうみたいだね。他のAランクに潜れるパーティーは、皆手が空けられない状態みたいだから」
「つまり、私とキミのパーティーのみでの合同攻略、というわけか。人手が心もとないが……まあ、キミがいるから大丈夫か」
「人手がこころもとないって?」
「Aランクダンジョンは通常、もっと人を集めて攻略するんだ。規模が大きなダンジョンだからな。大抵は四つほどのBランク以上の合同パーティーで攻略が行われる」
「え、俺と京香先輩のところで、合計五人だけで攻略するってことか?」
「大丈夫だ。こちらには魔力底なしのキミが居るし、Sランクの天海京香パーティーだっている。少し時間がかかっても攻略はできる。攻略が長引けば他のパーティーを引っ張ってくることもできる」
「時間をかけるって、大丈夫なのか……?」
俺はスタンピードの話を思い出してアイリスに質問する。
「一日や二日くらいなら時間がかかってもスタンピードは起こらないから安心しろ」
「質問ばっかりでうるさいわね」
その時、馬鹿にするような口調で割り込んできた。
京香先輩のパーティーの、俺を睨んでいたツインテールの少女だ。
「さっきからずっと質問ばっかりでだらしないわね。男ならもっとどっしりと構えなさいよ」
「こら可憐ちゃん──」
「失礼します」
京香先輩が可憐と呼ばれたツインテールの少女を宥めようとしたとき、黒服が割り込んできた。
「解析が大方終了しました。これよりその結果について説明させていただきます」
そう言って、黒服がAランクダンジョンについての説明を始めた。
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