第16話 幼馴染の探り
朝起きると流石にアイリスがまたベッドに入り込んでいる……ということはなかった。
欠伸をしながら階段を降りてリビングへと向かうと、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
扉を開けると、キッチンに立っているシャーロットが朝食を作っていた。
テーブルにはアイリスが座っていて、タブレットで新聞かなにかを見ているらしかった。
不意に、すごく懐かしい気分になった。
(──ああ、そうか。前まではこの景色が当たり前だったんだっけ)
朝起きたら母さんが料理してて、すでにスーツを着た父さんが新聞を広げながらコーヒーを飲んでいた。
二人が突然交通事故で死ぬ一年前までは、この光景が当たり前だったのだ。
ちょっとだけ懐かしくて泣きそうな気分になった。
「どうした真澄。そんなところでボーッと突っ立って」
「あ、ああ……」
俺は頭を振りながら椅子へと座る。
「今日はダンジョンの攻略はないのか?」
「ああ、今のところはな。ハイスクールに登校しても構わないぞ」
「ここ二日はろくに通えてなかったからなぁ……」
「勉強面が不安なら、私が教えてやろうか?」
「いらん、ごちそうさま」
俺は朝食を食べ終えると制服に着替えて高校へと向かった。
***
「くぁ……」
いつものようにあくび混じりに登校する。
廊下を歩いていると、肌にいくつもの視線が突き刺さるのを感じた。
……しかし、なんだかやけに視線を浴びているような気がするんだが、何でだろう。
勘違いかと周囲を見渡してみるが、やっぱり俺が見られているのは間違いない。
「ほらあれ……」
「あれが……」
周囲の生徒が俺を遠巻きに見ていて、中にはヒソヒソと内緒話をしている生徒までいた。
ちょっといつもと違う空気に尻込みしながら廊下を歩き、ガラッと教室のドアを開ける。
すると教室中の視線が突き刺さった。
俺、こんなに目立つようなことってなにかしたっけ……?
居心地の悪い思いをしながら俺は自分の席へと歩いていく。
「真澄くん」
聞き慣れた声に振り返ると、そこには黒髪の美少女がいた。
「鈴乃」
そこにいたのは、俺の幼馴染である
鈴乃はいかにも和風の美少女と言った見た目の少女だ。
誰に対しても礼儀正しく、別け隔てなく接するので普通に人望があるし、友達も多い。
ついでにこの容姿なのでとてもモテるそうだ。
ちなみに小学校のときからの腐れ縁だが、「古風で恥ずかしいから」という理由で行ったことはない。
鈴乃は俺と違うクラスなのに、なんでわざわざこっちにやって来たんだ……?
「俺の教室までやってくるなんてどうしたんだ?」
「真澄くんが久しぶりに登校してる、って聞いたので」
「聞いた、誰から?」
「クラスの人達からです。それにしても、昨日一昨日と、一体なにがあったんですか?」
「なにがあったって……」
「大人のひとたちに呼び出されて、リムジンに乗せられた後、どこにもいなくなったんですから。学校中で噂になってましたよ?」
どうして登校したときからこんなに目をつけられるのか分かった。
全部
いや、冷静に考えて登校した瞬間車に乗って下校するのが目立たないわけ無いか。
朝の時間でまだ登校している生徒も多かったし、俺がリムジンに乗っているのはかなりの生徒に目撃されたはずだ。
「校長先生もすごく焦っていましたし……一体何があったんですか?」
「あー……えーと、色々とあったんだよ」
流石に異能機関うんぬんについては流石に話せないので、適当にごまかす。
「ふーん、そうなんですか」
俺の返答に鈴乃がすっと目を細めた。
流石に誤魔化したことはバレているだろうが、仕方がない。
「それでね、真澄くん。ちょっとお聞きしたいことがあるんです」
ぴりっとした緊張が張り詰めたような気がした。
いや、気の所為ではない。
その緊張の根源は目の前の鈴乃から放たれている。
「真澄くんが、綺麗な女の子に連れて行かれた、って話を聞いたんですが……本当なんでしょうか?」
今の鈴乃は笑顔なのに、全く笑っていない……!
どうしてこうなったのかは分からないが、いま理解できるのは答えをミスったら死ぬ(ような気がする)ことだ。
俺は慎重に答えを選んだ。
「い、いや、それはただの見間違いだと思うぞ? 俺は一緒に歩いてない」
「つまり、真澄くんは金髪の女の子と一緒に歩いていたわけではない、と」
「ああ、もちろん」
あれは一緒に歩いていた、というよりは拉致だ。
嘘はついてないからこれで大丈夫なはず……。
「そうですか……それなら良かったです!」
ぱん、と嬉しそうに鈴乃が両手を合わると、緊張していた空気が弛緩していったような気がした。
俺は内心安堵の息を吐いて、そう言えばと思い出したことを鈴乃へと伝える。
「あー、鈴乃にちょっと伝えておきたいんだけど」
「はい、なんでしょう」
こてん、と鈴乃は首を傾げる。
「これからはちょっと登校する頻度が不定期になるかもしれない」
「えっ」
ガーン! と鈴乃が真っ青になった。
「なな、何でですか!」
「ちょっと色々と用事があって」
「そ、そんなぁ……」
鈴乃はショックを受けた表情になった。
そして俯くとブツブツと呟き始める。
「せっかく同じ高校に来たのに、こんなに会えないんじゃ意味ないです……」
「なんか言ったか?」
「いいえなにも」
小声でブツブツと呟いていた鈴乃に質問すると、鈴乃はパッと笑顔に戻って首をふる。
「それよりも真澄くん、今日は──」
「おー、東条」
鈴乃がなにか言いかけた時、俺にとある男子生徒たちが話しかけてきた。
まあまあ平凡な見た目の男子生徒はそれぞれ林、山田、栗田だ。
林はメガネを掛けてて、山田は坊主でガタイが良くて、栗田は低身長。
いつも学校で話しているメンツだ。
「昨日も一昨日もなんで休んでたんだよ。俺達心配したんだぜ?」
「そうだよ、心配したんだよ僕ら」
「東条、お前のせいで昨日はこの僕が体育の時間ぼっちになってしまったんだぞ?」
林がくい、と眼鏡を持ち上げる。
「ごめんって、色々と用事があって来れなかったんだよ」
俺が謝ると、空気が変わった。
「で、だ」
「東条に、聞きたいことがある」
顔を寄せて三人が尋ねてくる。
「なんだよ」
「お前がとある外国人風の美少女と歩いていた、というのは本当か?」
「どうやったのか、教えろ……!」
「いや、それはただの勘違いだって。寝ぼけたやつが見間違えたんだろ」
「なんか怪しいなよねぇ……」
「東条、僕達の間に隠し事は無しだぞ」
「男の友情だろ!?」
「都合の良いときだけ都合の良いことを言いやがって……」
俺が呆れた目を三人へと向けていると、その後ろから鈴乃の困ったような遠慮がちの声が聞こえてきた。
「あ、あのー……」
そうだ、鈴乃と話してる途中だったのを忘れてた。
三人組は今更鈴乃に気がついたのか、慌ててその場から飛び退いた。
「こここ、これは水無月さん!」
「すすす、すまない! 気が付かなかった!」
「ふ、不注意でしたごめんなさいぃ!」
「と、東条に用事があるんですよね!? ど、どうぞ俺達のことは気にせず……!」
美人な鈴乃に、林達はド緊張をかましているようだ。
「あ、いえ……もう用事はすみましたので……」
その時、ポケットのスマホが鳴り響いた。
メールの差出人はアイリスだ。
『D出現。校門前へと来い』
メールには簡潔にそう書かれていた。
「D」というのはダンジョンの略称で、万が一他人にメールの中身を見られても分からないように暗号にしているのだ。
「すまん、ちょっと用事ができたから今日は帰る!」
「えっ、真澄くん……?」
俺は鈴乃に「ごめん」と謝って教室から飛び出した。
***
真澄が去った後、残された鈴乃は俯いて固まった。
「あの、水無月さん……?」
林達三人は鈴乃に恐る恐る声を掛ける。
「……何がったあったのか調べないといけませんね……」
鈴乃はボソリと呟く。
「え?」
「あ、いえなんでもありません。こちらの話です」
「そ、そうですか……」
「では私はこれで……」
鈴乃の言葉に三人が疑問符を浮かべると、鈴乃はニコッと笑みを浮かべた。
三人は鈴乃に声をかけることができなかった。
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