第13話 Dランクダンジョンの攻略


「なんで他の部隊の攻略に俺達が参加するんだ?」

「キミも一度は異能機関のオーソドックスなダンジョンの攻略を知っておいてもいいだろう。ほら、さっさと車に乗り給え」


 今度はリムジンではなく、普通の車へと乗せられた。


「今回、我々は既に到着しているチームの補佐として入る。まあ、軽い見学だと思って欲しい」

「ということは、戦わなくてもいいのか?」

「基本的にはその通りだ。だがもちろん状況に応じて戦う可能性は十分にある。ダンジョンでは油断が命取りだ。決して油断することのないように」

「はいはい」

「Dランクのダンジョンだが、危険はしっかりあるんだからな」

「ん? ダンジョンにもランクがあるのか?」


 初耳の情報に俺はアイリスへと問いかける。


「ああ。ダンジョンの中にいる一番ランクの高いモンスターと、漏れ出る魔力からダンジョンにはランクがつけられる。今回はDランク相当のモンスターがボスのダンジョン、ということだな。キミはすでにCランク相当のダンジョンを二つ攻略していることになる」


 そして連れてこられたのは、人気の少ない廃ショッピングモールだった。

 そのショッピングモールはすでに封鎖されており、入口には以前見た黒服の大人が部外者が立ち入れないように見張っている。


 案内に従ってショッピングモールの中に入っていく。

 もちろん中には電気は取っておらず、薄暗い中を懐中電灯を頼りに歩いていく。


 しばらく進むと吹き抜けの中に空間がひび割れている箇所があった。

 あれが『迷宮』だ。


 そのひび割れの前にはすでに五人ほどの銃を持って待機しているエージェントと思われる人間がいた。

 リーダーと思われる男性が装備の最終点検をするように仲間へと指示を飛ばしている。


「それでは私達は外で待機している」

「え、お前は一緒に来ないのか?」

「はぁ……キミは私を誰だと思っている」


 アイリスは演技がかったため息をついた。


「こんなにか弱い美少女をモンスターの巣窟に送り込む気かねキミ?」

「それ、自分で言うのか」


 そもそもEランク『迷宮ダンジョン』には普通に潜ってただろうが。


「私はこのチームの司令官だ。自ら前線に赴く指揮官が居るんだ。そもそも、私の異能は戦闘向きではないからな」

「私も後方支援向きですので」


 シャーロットがぺこり、と頭を下げる。

 と、そのとき横から声をかけられた。


「おい」


 立っていたのは今回のダンジョン攻略のメイン部隊。

 そしてそれを取りまとめていたリーダーだった。

 アイリスがにこやかな笑顔でリーダーへと話しかける。


「ああ、今回は参加を認めてくれて感謝する。連携についてだが……」

「勝手に撃つな。モンスターも狩るな。ここは俺等の『迷宮』だ。俺が言いたいのはそれだけだ」


 友好的とは言い難い態度で男はそう言い残すと、くるりと振り返って去っていった。


「なんだあいつ。言いたいことだけ言いやがって……」


 初っ端から上から目線の相手に俺が顔をしかめていると、アイリスが肩をすくめた。


「別に仕方ないさ。相手からすれば、私達はダンジョンの獲物を横取りしようとしてくる邪魔者だからね。基本的にモンスターは狩った人間のものだから、収入が減るのを危惧しているんだろう」


 モンスターの魔石は結構高値で売れる。

 Cランク以上になると、ちょっとした月収くらいの価値があるのだ。


 FランクやEランクは結構安いが、それでも時給に換算すればそれなりの値段だ。

 異能機関のエージェントで生活費を稼いでいる人間からしたら、少しでも収入を減らす要因は歓迎されないのが当然だろう。


 だからって最初からあの態度はどうかと思うが。


「やれやれ。私のような高貴な身分な人間には理解できない悩みだよ。私みたいな貴族にはね」


 なぜか「高貴な身分」と「貴族」の部分だけ強調してくるアイリスに、俺はジト目を向ける。


「……お前、実は内心めちゃくちゃムカついてるだろ」

「いいや? キミが大暴れして奴らの今日の収入をゼロ円にしてくれればいいのにと思っているだけだが?」

「めちゃくちゃムカついてんじゃねぇか」



***



「じゃあ、行くぞお前ら」


 リーダーの声と共に四人が中へと入っていく。

 俺も続いて中へと入った。


『あー、あー、真澄、聞こえるか?』


 ダンジョンの中へと入った瞬間、耳につけたイヤホンからアイリスの声が聞こえてきた。


「ああ、こっちの声も聞こえてるか?」

『バッチリだ。よし、それじゃもう一度説明するぞ。今回の『迷宮』のランクはDだ。ボスはすでにキミが戦闘を行ったワイバーンやゴーレムよりは格段に弱いが、それでも気を抜くな』

「はいはい」


 制服の下のホルスターから銃を引き抜く。

 ええと、まずはセーフティーを解除するんだっけか?


 まだ慣れていない拳銃のセーフティーを外す。

 その俺の姿を見て、四人は馬鹿にするように鼻で笑った。


「はっ、素人が」

「おいおい、こんなのを『迷宮ダンジョン』に入れて大丈夫かよ。まだスクールに通わせておいた方が良いんじゃないのか?」


 は、はぁ……!?

 なんだコイツら!?


『相手にするな。すでに敵地の中にいるんだぞ。心を乱せば乱すほど生存率は下がっていく』


 イヤホンのマイクから会話を聞いていたのか、アイリスが釘を差してくる。


『今回はこういう味方にどう対処するか、という訓練でもある。所詮、相手はDランクダンジョンまでしか攻略したことのない小物だ。キミよりも実力は劣っているから相手にするな』

「……了解」


 目の前の奴らにはムカつくが、それでもアイリスの言うことには一理ある。

 そもそも、無理やり割り込んだのはこっちみたいだし、これくらいの嫌味くらいガス抜き程度に言わせて置くべきだろう。


 それにこの任務を完了しなければ稼げるようにならないのだ。

 今は我慢だ、我慢。

 四人パーティーについてダンジョンの中を進んでいく。


「前方にコボルド発見」

「排除しろ」

「了解」


 索敵を担当していた仲間が報告すると、リーダーが短く命令を下す。

 すると仲間が持っていた銃から魔石でコーティングされた銃弾が発射され……コボルドは斃された。


 四人が持っているのは俺の小さな拳銃とは違い、しっかりとしたライフルだ。

 モンスターが近づく前に倒す。だから戦闘は発生しないし、けが人も出ないので遥かに安全。あるのは一方的な掃討だけ。


 なるほど、合理的だな、と俺は思った。

 アイリスが剣や斧ではなく、銃という武器にこだわる理由も分かる。


 それに、想像していたよりも無駄がない。

 淡々と、そしてスムーズに目の前に現れるモンスターを狩っていく。


 当然俺が出る幕などなく……広い場所へとやって来た。

 大抵ボスが居るエリアだ。


「隊長、オークです」

「狩れ」


 スコープを使ってしっかりと狙い……引き金を引く。

 遠くからスナイプされたオークは抵抗すらできず塵となっていった。


「これで全部か?」

「周囲に魔物の気配はありません」


 リーダーは魔石を残したオークの後まで歩いて行き、回収する。


「コボルド三体、スケルトン一体、ゴブリン四体、オーク一体か。戦果としてはまあまあだな」

「……ですが、どうしてまだ『迷宮』が閉じないんでしょう」

「……確かにそうだな。すでに『迷宮』内のモンスターは掃討し終わっているはずだが。おい、本当にモンスターはもういないんだな」


 リーダーはイヤホンで外と通信を行っている。

 今までの迷宮はモンスターをすべて倒すと外に出る仕組みだった。


 パキ、と音がした。

 音が下方向に目を向けると、天井付近の岩に少しヒビが入っていた。

 リーダーもそれに気がついて眉をひそめた瞬間。


「あれはなん──」


 バキバキバキバキッッッ!!!!


 天井付近の岩が崩落した。

 広い部屋の中が瞬時にして粉塵に覆われるのと同時、割れた場所からデカい何かが落ちてくるのを……俺は見た。


「な、なんだ!」

「っ! リーダー、外部から通信! 『迷宮ダンジョン』の中に新しくモンスターが出現したとのことです。その推定ランクは……Bッ!?」

「な、なんだと……!?」


 入ってきた報告に驚愕する俺達。

 そして粉塵の向こうで大きな何かが蠢いた。

 その気配に気がついた四人が後ずさる。


「リーダー、あれは……キマイラです!!」


 ライオンとヤギの頭、そして蛇の尻尾を持つ巨大なモンスターがそこにいた。


「う、撃て! 撃ちまくれ!!」


 さっきまでの冷静さはどこへいったのか、四人組はキマイラへと銃を乱射した。

 銃弾の雨を浴びたキマイラは……無事だった。

 キマイラは冷たい視線を俺達へと浴びせていた。


「じゅ、銃弾が通らない……!」

「くそっ……!」


 絶望的な雰囲気の中、俺はイヤホンへと呼びかける。


「アイリス。倒してもいいか?」


 俺の問いかけにアイリスは短く返事をよこしてきた。


『許可する』


 そうこなくっちゃ。

 ちょうど俺も、鬱憤が溜まってたところだったんだよ。


「よし……やるか」


 両手を組んで反対側に回すと、ぐっと伸ばす。

 バチッ、と身体が帯電した。

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