第12話 嫉妬の絡み
京香先輩と戦った後。
アイリスが自宅まで送っていってくれる、という申し出をしてくれたので俺はまたリムジンに乗っていた。
「はぁ……今日は色々とあって疲れた……」
リムジンの中で俺はぐったりとしていた。
政府の人間がやって来たと思ったら、なんかよく分からん組織のエージェントになったり、突然戦わされたりとやたら濃密な一日だった。
「疲れは大敵だ。早々に解消しておくべきだな」
「疲れの半分くらいはお前のせいなんだが……?」
「何の話やら」
アイリスが白々しい表情で肩をすくめる。
そうこうしている内にリムジンが停車した。
「さ、到着したぞ」
「ああ、じゃあな」
俺はリムジンから降りて、玄関の扉を開けようとする。
「ほう、ここがキミの家か。英国の実家よりは小さいが、良い家だ」
「そうかよ…………って、は?」
隣にはアイリスとシャーロットが立っていた。
そしてリムジンの運転手がトランクから大きなトランクケースを取り出しているのが見えた。
「おい……お前、まさか……」
嫌な予感がした俺は、震える手でトランクケースを指さした。
「ああ、言ってなかったか?」
するとアイリスはニコッとまるでアイドルみたいな笑顔を浮かべて、こう言った。
「今日から私達、ここに住むから」
「……は?」
思考停止から戻った俺は強めにアイリスへと問いかける。
「なんでお前がここに住むんだよ」
「いや、日本からこっちに来て以降、なかなか住む場所が見つからなくてね。言っただろう、生活費はすべて私が持つと」
あれはそういう意味だったのか……!
確かに生活費をすべて持ってもらえるというのは負担が軽くなるけど、それでも問題が……。
と、考え事をしているとアイリスとシャーロットが俺の隣を抜けていく。
「あっ、おい」
俺の家の玄関に立ったアイリスとシャーロットは……普通に鍵で玄関の扉を空けた。
「おい!? いつの間に鍵なんて作ったんだよ!」
「ふむふむ、個室は二階にあるのか?」
「話を聞け!」
アイリスが呆れたようにため息をついて振り返る。
「キミ、私のような超絶美少女と同じ屋根の下にいれて嬉しくないのかね?」
「別に」
「……」
アイリスは眉根を寄せた。
「とにかく、私の新しい住居が決まるまではここに居座らせてもらう。これは決定だ」
それからなんとかアイリスが俺の家に住むことを拒否しようとしたが、結局交渉に負けてアイリスを家に住ませることになった。
生活費全負担プラス、家事万能のメイドがすべてこなしてくれるという魅力には抗えなかったのだ。
結局、アイリスとシャーロットはそれぞれ元々両親が使っていた寝室をそれぞれの部屋として使うことに決めたようだった。
今は夕食を終えて、一息ついたところだ。
アイリスは食後の紅茶を飲んでいる。
ちなみに、シャーロットが作ってくれた夕食は驚くほど美味しかった。
「なぁ、京香先輩って、どういう人なんだ?」
俺がアイリスに対して質問すると、アイリスはムッとした表情になって机の上にティーカップを置いた。
「なんだ。美人に声をかけてもらったから浮かれているのか? 美人という観点ならすでに私がいるだろう」
「なんの話をしてるんだよ。そうじゃなくて、どういう異能なのか、とかどういう経緯でSランクになったのか、って話だよ」
「ああ、そういことか。ふむ、他人の異能を無闇矢鱈に吹聴するのはタブーだが……まあ、本人が公開している範囲で教えよう」
俺はアイリスの遠回しな言い方に、少し違和感を覚えた。
「……ん? ってことは、公開してない範囲のことも知ってるってことか?」
「そうだ」
「え、なんでそんなもの……」
「ロスウッド家の情報収集能力なら容易い」
……そう言えば、こいつは日本政府にコネがあるような英国貴族だったな。
「それで、京香先輩の異能は何なんだ? どうやって『瞬間移動』で『雷撃』を防がれたのかが分からないんだよ」
「それはそうだろうな。彼女がキミの最後の一撃を防いだのは『瞬間移動』ではない」
「じゃあ、魔術? ってやつか?」
「それも違う。彼女は異能を二つ持っている」
驚きの発言に俺は目を見開く。
「は? 異能を二つ!? 異能って一人一つじゃないのか?」
「才能と一緒だよ。基本的に一人につき一つだが、稀に二つ持っている人間もいる。彼女が持っているのは『瞬間移動』と『切断』という異能だ。瞬間移動は文字通りの能力だが、切断のほうは厄介な能力だ」
「厄介? 聞いただけだとシンプルな能力に聞こえるけど……」
名前から、アイリスの言う厄介さが感じ取れず、俺は首を傾げる。
「ああ、確かに『切断』の能力はシンプルだ。ただ切断する、というだけだからな。だが、その能力の出力が圧倒的に高かったんだ」
「出力が高い?」
「能力の威力や規模が大きい、ということだ。彼女の場合、魔力の使用量を上げれば切れるものは天井知らずな上に……はては空間や概念まで切れるそうだ」
「が、概念を斬る……!?」
あまりにも協力なその能力に、思わず大きな声が出てしまった。
「もちろん、そこまで切ろうとすれば莫大な魔力が必要になるようだがな。異能を二つ持っているという事実、そして『切断』という能力の規格外さ。そしてSランクモンスターを討伐した、という実績で彼女はSランクエージェントへと昇格した」
「京香先輩、Sランクモンスターを討伐してたのか……?」
「キミは、一昨年に日本へとやってきた超大型台風を知っているか?」
突然話が変わったことに首を傾げつつも、頷き返す。
「ああ、確か史上類をみないほど強力な台風で、日本が壊滅するかもしれないって言って騒がれてたやつだろう? 日本に上陸する前にいきなり消滅したから、皆肩透かしになってたけど」
「その台風こそ、Sランクモンスターだ」
「はぁ!? モンスターって……台風が!?」
「言っただろう、Sランクとは「規格外」を意味していると。超巨大台風型モンスター。それが日本を襲ったSランクモンスターだ」
台風が、モンスター。
あまりにも大きなスケールに俺は言葉が出てこなかった。
「太平洋上に突如として発生したその台風型Sランクモンスターにより、本来日本は壊滅的な打撃を受けるはずだった。しかし天海京香は『切断』によってその台風を叩き切った」
「……」
「これにより日本は壊滅の被害を免れ、同時に天海京香はSランクエージェントに認定された。これが天海京香の公開されている情報だ」
なるほど、俺の『雷撃』が防がれた理由がわかった。
台風を叩き切ることができて俺の『雷撃』が防ぐことが出来ないはずがない。
それに、Sランクエージェントがどうして世界に七人しかいない理由を俺は理解した。
確かに、規格外だ。
***
そして翌日、俺が朝起きると……。
背中の方に柔らかい感覚。
それと全身に何かが巻き付いているような、そんな気配がした。
俺が後ろを振り向くと、そこにいたのは……。
「ア、アイリス……!?」
アイリスが俺のベッドに入り込んでいたのだ。
「なっ、なんでここに……!」
「ん……なんだシャーロット……まだ寝かせろ……」
アイリスは俺の声で目が覚めたのか、目をこすりながら起き上がる。
そして俺をの存在を確認して……。
「なななっ、なんでキミがここにいるっ!?」
「それはこっちのセリフだ! ここは俺の部屋だぞ!」
「いくら私が絶世の美少女だからと言って、やって良いことと悪いことがあるだろ! そういうのには、こっちにだって覚悟が必要なんだぞ……!」
「だから違うって言ってるだろ!」
その時、コンコンと部屋の扉がノックされ、シャーロットが中へと入ってきた。
「真澄様、朝食の用意が……おや、お取り込み中、失礼致しました」
シャーロットがペコリと頭を下げて扉を閉めようとする。
俺とアイリスが必死に言い訳をすることで、どうにか誤解を解くことは出来た。
***
そして朝食を食べ終えると、俺達は異能機関の本部へと向かった。
「今日もサボりか……」
「安心しろ。私がきっちりと公欠扱いになるように手を回しておく」
異能機関の本部へとやって来て、扉を開けると注目が集まった。
「ほら、あいつが……」
「Cランクスタートのやつか」
「ただの高校生みたいだが……なんでCランクからなんだ?」
「なんでも魔力が尋常じゃないくらいあるらしいぞ」
どうやら、俺がCランクスタートなのがすでに広まっているらしい。
「依頼を取ってくるからここで待っててくれ」
アイリスはそう告げるとシャーロットと一緒にカウンターの方へと歩いていく。
一人の時間になった。
「おい」
すると二人組の男性がこちらへとやって来た。
恐らくはエージェントだ。
「お前、昨日入った新入りなんだよな?」
「え? ああ」
「なあ、どんな手を使ったんだ?」
「は?」
俺は質問の意味がわからず眉を顰める。
「いや、だからさ、普通にありえないだろ魔力測定不可能って」
「なんか異能を使って計測器を狂わせたんだろ?」
「飛び級でエージェントになったら待遇が良いって言っても、実力が伴ってないときついだけだぞ? 今からでも正直に告白したほうが良いんじゃないのか?」
まるで馬鹿にするように二人はそう言ってくる。
俺が不正したと言いたいらしい。
「はぁ? いきなりなんだよお前ら。俺が何か……」
「どうかしたの?」
振り返るとそこには京香先輩がいた。
「先輩……」
「あ、天海京香……!」
Sランクエージェント天海京香の登場に、二人は目に見えて慌て始める。
「ねえ君たち、真澄くんに何か用事?」
「ちょ、ちょっとな……」
「彼、私の後輩なの。よろしくしてあげてね?」
「あ、ああ。あんたがそう言うなら……」
「そうだ、もし真澄くんの実力を疑ってるなら。今すぐ模擬戦をやってみれば? ちなみに私は負けたけど」
「ちょ、先輩……!」
「……え?」
「天海京香が、負けた……?」
二人は京香先輩の言葉に驚愕してこちらを向く。
「いや、先輩それは……」
「勝ったのは事実でしょ?」
「そうですけど……」
あれは単純に先輩の反則負けで、実質先輩が負けたとは言わないと思うんだが……。
俺がそれを良いあぐねていると、二人が俺のことを幽霊でも見るような目で見ていた。
それを見て京香先輩がにこりと笑う。
「これでもまだ真澄くんの実力を疑う?」
「い、いや……」
「わ、悪かったよ……」
完全に意気消沈した二人はすごすごと帰っていった。
俺は京香先輩にお礼を述べる。
「先輩、ありがとうございます」
「いいのいいの。絡まれてる後輩を助けるのも先輩の役目だから。じゃ、今度一緒にダンジョンとか潜ろうね」
先輩はひらひらと手を降って去っていく。
それと入れ替わりになるように、カウンターからアイリスが戻ってきた。
「新たに『迷宮』が生まれたようだ。他の部隊の攻略に私達も参加するぞ」
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