第11話 Sランクエージェントの実力



 相手が超強いってことは、今のでよく分かった。

 本当は京香を傷つけたりしないために魔力をほとんど使っていなかったが、それが間違いだったと思い知らされた。


 魔力をセーブする必要はなさそうだ。

 さっきは完全に一本盗られたが、これからは全力で異能を使っていくぞ。

 全身が帯電する。


 周囲に魔力が漏れ出していき、それに呼応するように訓練場の雰囲気が張り詰めていく。

 さっきまでのお遊びとは違って、完全にピリついた雰囲気へと変わっていた。


「な、なにあれ……」

「何者なのよ、あいつ……」


 観客席の方まで魔力が伝わったのか、京香の仲間が動揺したような声が聞こえてくる。

 目の前で対峙する京香が尋ねてくる。


「本当に、君って人間なの……?」

「正真正銘人間だ。じゃあ、行くぞ」


 覚えたての銃なんか使おうと思ったのが、そもそも負けにつながっていた。

 俺の主武器メインウェポンは……最初から拳と雷だ。

 床を蹴って京香に急接近する。


「!」


 敢えて瞬きの瞬間を狙ったから、京香には瞬間移動したように見えただろう。


「さっきの仕返しだ……!」


 『放電』で強化した身体能力で京香に拳をお見舞いする。

 絶対に京香には避けられない一撃……だが。

 拳が京香に触れる直前、京香は五メートル後方に現れた。


「なるほど、あんたの異能が分かったよ。『瞬間移動』だろ?」

「当たり。まさかこんなに早く特定されるなんて思ってなかったな」


 京香が笑う。

 さきほど俺の目の前に現れたのも『瞬間移動』を使ったんだろう。


「確かに、これでもうさっきみたいな奇襲は通じなくなるかもね。でも──」


 京香が距離を詰めてくる。

 俺は普通に近づいてくる京香へ木刀を折ろうとするが、


「っ!?」


 しかし俺の『放電』で力も速度も強化された拳は京香の肩すれすれで外れた……いや、逸らされた。

 絶妙な力加減と技によって、拳の方向自体をずらされたのだ。


「──私、こう見えて剣の腕も強いんだよ?」

「く……っ!」


 京香が鋭く踏み込みこんでくる。

 俺はバックステップで避けた。

 顔面ギリギリを木刀の切っ先が掠っていく。


 それから京香の猛攻が始まった。

 四方八方から浴びせられる剣戟。

 避けても別の方向からほぼ同時に襲われる。


 強化した身体能力をフルに使って、避けるのが精一杯だった。

 ときどき反撃しても受け流され、躱され、いなされ、カウンターを食らう。


「京香様の攻撃を避けるなんて……」

「本当に今日入ったばかりの新人なの……?」


 観客席から声が聞こえてくるが、今の俺は京香の攻撃を避けることに精一杯で、何を言っているのかよく聞き取れなかった。

 京香が木刀を大きく空振りして、隙ができる。


(ここだ……っ!!)


 俺は威力を絞って、速度を上げた『雷撃』を二つ放つ。


「!」


 しかし京香は首をひねってその二つをぎりぎり躱した。


「これすら避けるのかよ……!」

「今のは危なかったなぁ。当たってたらそのまま身体が麻痺して負けてたかも」


 何が楽しいのか、京香は木刀を構えたまま心底楽しそうに笑った。


「あはっ、楽しいね、真澄君」


 京香の俺に対する呼び名が変わったのがわかると同時に、俺は京香の本心を少しだけ理解した。

 今、京香はこのひりつくような戦いを本心から楽しいと感じてこう言っているのだ。

 こいつは、相当な戦闘狂だ。


「バトルジャンキーめ……!」


 俺の呟きに更に楽しそうに笑うと、木刀の切っ先を俺へと向けてきた。


「ねえ、まだ本気じゃないでしょ。……見せてよ、君の一番強い奥の手」

「いや、そんなことしたら……」

「大丈夫。私強いから」

「……後悔しても知らないぞ」


 俺はそう前置きをして、右手に魔力を集中させた。

 どうせこのままじゃ負けるんだ。

 こうなったら一か八かだ。

 今まででの中で全力で魔力を込める。


「な、なんのよこの魔力量……」

「これが人間の魔力なのか……?」


 観客席の京香の仲間も、アイリスも目を見開いている。


「……これは、ちょっと本気出さないとね」


 京香も余裕の笑みを消し、魔力を高め始めた。

 お互いの魔力が最高潮に達する。


「じゃあ、行くぞ」

「いつでもどうぞ」

「『雷撃』」


 魔力が暴発する寸前まで魔力をこめた『雷撃』を京香へと放った。

 雷撃を放った瞬間、京香が目を見開くのが見えた。


「!!」


 雷の柱が京香へと直撃する。

 魔力の波動が空気を叩き、風が観客席まで届いてアイリスの髪を揺らしている。


「京香様っ!!」


 悲鳴が訓練場の中に響き渡り、『雷撃』が収まる。

 煙が晴れたそこには……無傷の京香が立っていた。


 しかしその手に持っていたのは──日本刀だった。


「…………あっ」


 京香は自分の手を見て今気がついたかのように声を漏らす。


「……武器、使っちゃった」


 テヘッ、と京香が舌を出す。


「ルール違反のため……しょ、勝者……東条、真澄」


 アイリスが消極的に勝者を告げる。


「きょ、京香様!?」

「いやー、一瞬やばいと思っちゃってとっさに使っちゃった。ごめんね」


 京香が照れたように頭に手を当てながら謝ってくる。

 なんだかあっけない勝負の結果に、俺は「は、はぁ」と生返事を返した。


「楽しかったよー! 真澄くん。うんうん、やっぱり君は飛び級に値するね」


 京香がバシバシと俺の肩を叩いてくる。


「いてっ。いや、そっちこそ最初の段階で手加減してたでしょ」

「ふふ……最後のはかなり危なかったよ? 

「よく言うぜ。無傷だったくせに。京香

「あははっ」


 京香先輩は楽しそうに笑った。


「あんたみたいな人がBランクなんてな。世界は広いな……」

「あ、ごめんね。それ嘘なんだ」


 ぺろ、と京香先輩が舌を出して謝ってくる。


「は?」

「私の本当のランクは──Sランク。日本唯一のSランクエージェントだよ。最初から負けるつもりで挑まれるのは嫌だったから、嘘ついちゃった」

「なっ、それじゃあ……」


 俺は今まで、日本最強と戦わされてたってことか……!?

 道理で強いはずだよ……。


「じゃあね、真澄君」


 ひらひらと手を振って去っていく京香先輩に、俺はため息をついた。


「あ、そうだ」


 京香先輩は何かを思いついたかのように俺へとくるりと振り返る。


「ねえ、真澄君。君、私のチームに入らない?」

「はっ!?」


 京香先輩の言葉に反応したはアイリスの方だった。


「だ、駄目だ! 絶対駄目だぞ! 真澄はもう私の部下だ! 絶対にやらん!」

「ちぇ、でも真澄君が来たくなってら、いつでも言ってね。私はいつだって大歓迎だから」


 京香はそう言ってパチン、とウインクをすると颯爽と去っていった。



***



 始めは、ただの興味本位だった。

 自分に次いで二番目の、Cランクスタート。


 一年でAランクに上り詰めたカレンちゃんだって、Dランクからのスタートだった。

 Sランクに上り詰めることが出来る逸材、と彼を本部が見ていることは確実だった。


 そして実際に会ってみて……ちょっと拍子抜けした。

 顔はちょっと好みだったけど、特段強いみたいな雰囲気もないし、聞けば銃の扱いも素人のようだった。


 だからこそ、どうして彼がCランクまで飛び級できたのかが気になった。

 模擬戦をすれば、きっと彼の強さの理由がわかるはずだ。


 模擬戦が始まってみても、彼が自分の力をセーブして戦っているのは一目瞭然だった。

 だから、ちょっとだけ挑発してみた。


「ねぇ、本気を見せてよ」

「いいぜ……見せてやるよ」


 彼から魔力が漏れ出た瞬間──背筋が凍りそうになった。

 圧倒的な、強者のプレッシャー。


 まるで竜の圧力……いや、それ以上の存在であるSランクモンスターと出会ったときのような感覚に襲われた。


 思わず飛び退いて、遅れて自分が恐怖を抱いたことを理解した。

 全身で感じる魔力の波動に本能が警鐘している。

 目の前の存在は人間ではない、と。


(こんなの、私も初めて感じるんだけど……?)


 今まで、様々なランクのモンスターを狩ってきた。

 だけど、それでもこれだけプレッシャーを放つモンスターはいなかった。 


 それを、ただの人間が放っている。

 異質。

 彼は、一体何者だ。


「ねぇ……君、何者?」


 アイリスちゃんもこれほどの力を持っているのは予想外だったのか、驚きに目を見開いている。

 プレッシャーが部屋全体に広がり、この模擬戦を観客席で見ていた私の仲間も、真澄君の圧力に呑まれていた。


 彼女たちだって歴戦、そしてエージェントの中でも更に上澄みだ。

 それなのに、私達全員が彼の放つオーラに気圧されている。


「行くぞ」


 彼の全身が帯電する。

 すると次の瞬間には目の前にいた。


(早い──!)


 私は驚愕した。

 確か彼の異能は雷を操作するものだったはず。

 つまり、彼は雷で神経を操って身体能力を強化しているのだ。


(雷系で自分の身体を操るのは至難の業のはず……っ!! なんで使えるの……っ!!?)


 意表を突かれたせいで避けられず、防御するための魔術も発動できない。

 やむを得ず私は異能を使用した。


 すると彼は目ざとく私の異能を看破してきた。


(戦闘中に相手の異能を気に掛ける余裕もあるのか。これは、成長したら本当に──)


 だからこそ、私は彼の今の本気が見たくなった。


「ねえ、まだ本気じゃないでしょ。……見せてよ、君の一番強い奥の手」

「……後悔しても知らないぞ」


 私がお願いすると彼はようやく本気の一撃を見せてくれた。

 彼の右手にその異常な魔力が集中していく。


 貯めている途中に攻撃するなんて無粋な真似はしない。

 魔力が大きくなっていくのと同時に、私の中の期待も膨れ上がっていくのが分かった。


 その激突の結果は……私の反則負けとなった。



***



「あんなの無効です! 最初から京香様が武器を使えてれば、絶対に京香様のほうが余裕で勝ってました!!」

「ありがと、可憐ちゃん」

「えへへぇ……」


 私はお礼を言って可憐ちゃんの頭を撫でる。

 それだけで可憐ちゃんの顔はでろでろに溶けた。

 私が言うのも何だけど、この子、大丈夫かな……最近輪をかけてこんな感じだけど。


(でも、あんなに強いと思わなかったな……の異能、使わされちゃったし)


 ──日本唯一のSランクエージェントである私、天海京香は二つの異能を所持している。


 一つは『瞬間移動』。

 そしてもう一つは『切断』だ。


 だけど、私はもう一つの異能の『切断』を使うつもりがなかった。

 その理由は彼の異能は一つだから。


 一つしか異能を持っていない彼に合わせて、私も異能は一つだけしか使うつもりがなかった。

 それなのに、私はもう一つの異能を使った……いや、使わされた。


 武器もそうだ。

 木刀じゃあの雷は切れないと思ったから、咄嗟に真剣を使ってしまった。


(結構本気で防御しないと危なかったし……)


 私は真澄君の『雷撃』を『切断』の異能で切って身を守ったのだ。


(でも、あれですらまだ私に手加減してた感じ、あるよねぇ……)


 彼からは殺意を感じなかった。


(手加減されるのなんて、初めてかも)


 もし、彼が最初から全力で異能を使っていたなら。

 威力を手加減することなく、私と戦っていたのなら。


「ふふ……本気でやったら、どっちが勝ってたのかな」


 彼の顔を思い浮かべる。

 すると自然に口もとが上がっていた。

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