第10話 模擬戦


 拳銃を渡された後、アイリスに言われてしばらく拳銃を狙う練習をした。

 どうやら最初に撃った銃弾が標的に命中したのは、ビギナーズラックだったようで、命中率は五割くらいだった。


 アイリスから言われれば、初めて銃を握って五割でも当たれば十分だそうだ。

 「キミには銃の才能があるのかもしれないな」と言われた。


 結局練習の末、銃弾をバカスカ使ったおかげで、動かない的であれば完全に銃弾を当てられるようにはなった。

 ついでに、魔力を込める調整もできるようになった。

 だけど一体どれくらいの金額を消費したの恐ろしくて聞けなかった。


 そして銃の練習を終えた頃、アイリスがシャーロットへと指示を出した。


「ああ、そうだ。これも渡しておかなければ。シャーロット、あれを」

「かしこまりました」


 シャーロットはどこかへと行くと、銀のトレーを持って現れた。

 そしてトレーに乗ったものを俺へと渡してくる。


「東条様、どうぞ」

「スマホと、イヤホン?」


 トレーの上に乗せられていたのはスマホとワイヤレスイヤホンだった。


「エージェント専用端末だ。それで『迷宮』が発せした場合のアラートや、任務の詳細が送られてくる。イヤホンはスマホを通して私たちと連絡を取るためのものだ。特殊な技術で作られているから、本来電波が遮断される『迷宮』の中でも、外の人間と連絡が取れるようになる」

「それは便利だな……」

「他にも機能はあるが……それはおいおい話そう。それでは──」

「彼が、飛び級でCランクに昇格したエージェント?」


 アイリスの言葉の途中で、誰かが割って入ってきた。

 声の方向を向くと、そこには俺と同年代くらいの青髪の女性が立っていた。


 アイリスやシャーロットは十人が十人手放しで褒めるような美少女だが、青髪の女性もそれに匹敵するほどの容姿を持っていた。

 そしてその後ろには三人の少女を連れていた。


 アイリスは青髪の女性を見て目を見開く。


「キミは……」


 青髪の女性は俺の目の前までやって来ると、興味深そうに観察する。


「へぇ、結構カッコいいかも?」

「な……!?」

京香きょうかさま!?」


 青髪の女性の言葉にアイリスと、後ろにいた少女が驚く。

 そして今、目の前の女性が京香であることが分かった。


「鑑定で魔力が測定不能だったんだって? 日本で魔力が測定不能なほど多い人って、史上初めてじゃない? 凄いね、君」

「え、はぁ……」


 いきなり褒められた俺は狼狽えながらも返事をする。


「ああ、ごめんごめん。自己紹介がまだだったよね。私、天海京香あまみきょうか。君と同じく、異能機関のエージェントだよ」


 京香が笑顔で俺へと手を差し伸べてくる。

 俺はその手をぎこちなく握り返した。


「天海京香。キミともあろうものが、どうしてこんなところにいる」

「別におかしなことは無いと思うけど? 私だって異能機関のエージェントなわけだし」

「そういうことを言ってるんじゃない。用事もなくキミがここを通るわけがないだろう。この射撃場になんて、なおさら来るはずもない。つまり、キミは始めから目的があってここへ来たわけだ。一体何が目的だ?」

「あはっ、バレちゃったか」


 京香は舌を出す。


「彼に会いに来たんだよ。さっきフロントを通ったんだけど、君の話題で持ちきりだったし」

「俺が?」

「そうそう、ランクを飛び級ってだけでも滅多にいないのに、日本史上初の測定不能魔力持ち。みんな話題にしないはずがないよ」


 そこで京香は何かを思いついたかのようにぱん、と手を合わせる。


「そうだ。東条君、私と模擬戦しない?」

「模擬戦?」

「そうそう、君の実力、すごく気になるし」

「は、はぁ!?」

「ちょっと待ってください京香様!」


 アイリスと京香の仲間の少女が大声を上げた。


「京香様とあろう者が、そんな新人と模擬戦なんて──」

「だめ?」

「うっ……」


 京香が上目遣いで首を傾げると、仲間の少女は顔を赤らめて黙った。

 しかしアイリスは黙らなかった。


「私はまだ認めてないぞ。」

「アイリスちゃん、お願い、ね? どうしても一回やってみたいの」


 京香がアイリスに両手を合わせてお願いする。

 するとアイリスは少し葛藤するような表情を見せた後、ため息をついた。


「……まぁ、これも経験になるか」

「やった! ありがとうアイリスちゃん!」

「いや、俺の意志は……?」


 なんだかよくわからない内に模擬戦をすることになってしまった。



***



 俺たちは模擬戦をするために訓練場とやって来た。

 四方を壁で囲まれた、なにもない広い部屋だ。


 離れたところに見学するための席が用意されている。

 訓練場の真ん中で、俺と京香は向かい合っていた。


「ルールはシンプル、どちらかが戦闘不能になったと判定されるか、降参するまで。審判はアイリスちゃん。お互い武器は非殺傷のを使うってことで。実弾は使っちゃ駄目だよ? ゴム弾ね」

「ああ、けど俺だけ銃を使って良いのか? あんたは木刀だけど」

「良いの良いの。私、刀が主武器メインウェポンだから」


 京香は木刀を軽く振ってニコリと笑う。

 いや、いくらなんでも銃と木刀じゃ武器差がありすぎると思うんだが……。


 ……ていうか、さっきから視線を感じる。

 視線の元は分かっている。京香の仲間の、俺との模擬戦を止めた少女だ。


 まるで親の敵のように俺を睨んでいるが、俺は別に何もしてないぞ……? 勝手に模擬戦を組まれたんだからな。


「そういえば、あんたのエージェントランクはいくつなんだ?」

「私? 私は……Bランクだよ」


 Bランクってことは、暫定Cランクの俺よりは上ってことになる。

 油断はせずに戦おう。


「そうだ、折角の模擬戦だし、何か賭けようか。私が勝ったら、そうだなぁ……私のことを先輩、って呼んでもらおうかな。逆に君が勝てたら、私の後輩にしてあげる」

「えぇ……」


 なんだそのどっちもあんまり得しないような条件。


「それじゃ、両者位置につくように」


 アイリスに促され、俺は訓練場の真ん中で京香と向かい合う。

 俺は右手に銃、京香は木刀を構える。


「それでは模擬戦……始め!」


 アイリスの声が響くと同時、俺は京香へと銃を向けていた。

 先手必勝。


 相手の実力はよく分からないが、お互いの武器は銃と木刀だ。

 常識的に考えて、木刀より銃の方が強い。

 「銃と刀、どちらの武器のほうが強い?」という質問をしたら、小学生だって「銃」だと答えるだろう。


 つまり、俺と京香の間にはそれだけの武器差が存在している。

 どうして木刀なんて武器を選んだのかは分からないが、普通に何発か銃弾を身体に当てれば戦闘不能になったと判断されて俺の勝ちになる……。


「ほっ」


 そう思った瞬間、京香が木刀で銃弾を弾いた。


「…………は?」

「あ、びっくりした? でもゴム弾だから実弾よりは遅いし、それに狙いもバレバレだったよ? 私が女の子だから気遣って脇腹を狙ってくれたのかな? ありがとね」

「い、いやいやいやいや! いくら実弾より遅いからって言っても銃弾を斬るって、ありえないだろ!」

「これくらい思考加速系の魔術を使ったら簡単だよ? それに、言ったでしょ。私の主武器は刀だって。この時代に剣を持つんだから銃弾に対する心得くらいしてるって。それより……もう終わり?」


 京香が一瞬、ゾッとするようなプレッシャーを放った。


「っ!!」


 俺は思わず反射的に引き金を三回引いた。

 今度はちゃんと狙いを定めた連射だった。


 しかし……。

 カンカンカンっ!!

 木にゴム弾がぶつかる音が響き、三つとも銃弾が弾き飛ばされた。


「化け物かよ……!」

「あら、それは女の子に対して酷いんじゃない?」


 京香が一歩前へと踏み込む。


「いっ……!?」


 気がつけば目の前に京香がいた。

 いつの間に移動したんだ……ッ!?


 反射的に全身に魔力を回し、『放電』で加速する。

 京香が驚いたように目を見開いた。


「!」


 目の前に迫る木刀をすんでのところで躱した……と思ったのもつかの間。


「痛っ……!?」


 右足に木刀で打ち据えられたような強烈な痛みが走った。


「実戦ならこれで君の脚は切り飛ばされてたね」


 まさか、今の一瞬で二連撃を入れたのか……ッ!?

 初撃は全くと言っていい程見えなかった。


「よい、しょっ」

「ぐっ……!」


 そのまま京香が追撃を入れてくる。

 無理な体勢で避けたせいでその追撃を避けきれず、まともに一太刀を浴びて俺は数歩後退させられた。


「京香様、凄いです!!」


 わっ、と京香の仲間から歓声が上がる。


「勝負、あ──」

「ちょっと待って、今の峰打ちだから、ほら」


 京香はアイリスに木刀の峰で俺を切ったことを示す。

 なんで今勝負を決めなかったんだ。木刀でそのまま切れば勝負はついたはずなのに。

 何が目的だ? と思っていると、


「飛び級って聞いて、強いんじゃないかなって思ったけど……これじゃ期待外れかな?」


 京香は半笑いで、木刀の切っ先を俺へと向ける。


「ねぇ、君の本気を見せてよ。それとも……今のが本気だったりする? それだと弱すぎて笑っちゃうかも」


 見え見えの挑発。

 だが、俺は乗ることにした。


「いいぜ……見せてやるよ」


 バチッ、と俺の全身が帯電した。

 魔力が漏れ出す。


「!!」


 その瞬間、今までとは一転、真剣な表情になった京香は後ろへと飛び退いた。

 そして木刀を構えたまま俺に尋ねてくる。


 その姿には一ミリも油断は存在していなかった。

 それどころか、頬に汗さえ流れている。


 京香は引きつらせた笑みを浮かべ、俺へと問いかけてきた。


「……君、何者?」

「新人だよ。今日エージェントになったな」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る