第7話 エージェントのスカウト


 アイリスと名乗った少女からどうにか逃走した翌日。


「くぁ……」


 俺は欠伸をしながら高校へと登校していた。

 校門をくぐり、下駄箱で上履きに履き替えると教室へと向かう。

 その途中でなにやら教師が何人も忙しそうにバタバタと廊下を行ったり来たりしていた。


「何か行事とかあったっけ?」


 頭の中で直近のイベントのことを考えながら廊下を歩き、教室へと入る。

 そして自分の席へと座ったところで、校内放送が入った。


『二年九組、東条真澄くん。至急校長室まで来るように』


「は? 呼び出し? なんで俺が……」


 問題を起こしたりした記憶はない。

 成績も別に良いわけではないが、中の下くらいなので俺だけ呼び出されるほど悪くもない。


 しかもいきなり校長に呼び出されるなんて、一体何事なんだ……?

 しかし、呼び出されたからには向かうしかないので、俺は校長室へと向かった。


(あれは……校長と教頭? なんで部屋の前で立ってるんだ……?)


 部屋の前には校長と教頭、そして教師たちが何人も集まって立っていた。

 ちょっと緊張しながら声をかける。


「あのー……」


 校長は俺を見るなりいきなり肩を掴んできた。


「あっ、君が東条君か!?」

「え、あ、はい……」

「君は何をしたんだね!」

「へ? いや、何もしてないんですが……」

「何もしてなかったら、日本政府から連絡がかかってくるわけがないだろう!!」

「せ、政府……!?」


 つまり、校長室の中にいるのは日本政府の人間なのか!?

 なんで日本政府がわざわざ俺を呼び出すんだ。


「とにかく、彼女に失礼のないように! さ、入りたまえ!」

「え? ちょっ……」


 背中を押されて中に入る。

 校長の机の椅子に、誰かが座っていた。


 しかし校長室の椅子に座っている人物は真後ろを向いて窓の外を眺めているため、背もたれに隠れて誰なのかは全くわからない。

 部屋の中には三人のスーツを着た大人と、銀髪のメイドがひとり立っていた。


「メ、メイド……?」


 思わず声に出る。

 一瞬コスプレか何かかと思ったが、佇まいも服も全部が堂に入っている、本物のそれだ。


「あ、あの……なんで俺呼び出されて……」 


 スーツの大人に話しかけると、彼らは自分の腕時計をちらりと見た。


「それでは、我々はここで」

「ああ、ありがとう。大臣にもよろしく伝えておいてくれ」


 答えたのは校長の椅子に座っている何者かだ。

 その声に、俺は嫌な予感を抱いた。


 高く澄んだ声と鷹揚とした話し方に、聞き覚えがあったからだ。

 俺の横をスーツの大人が通り抜けていく。


 校長室には俺と、銀髪のメイド、そして椅子に座っている人物だけになった。

 そして三人だけになった室内で、椅子に座っている人物がこちらへとくるりと椅子を回した。


「さて、昨日ぶりと言ったほうが良いかな。東条真澄とうじょうますみくん?」

「お前は……!」


 そこに座っていたのは昨日、俺がワイバーンから助けた金髪の少女──アイリス・ロスウッドだった。



***



「初対面の挨拶は昨日済ませたし、まずは感謝を。東条真澄、昨日は私の命の危機を救ってくれてありがとう」

「なんでこんなところに……!」

「昨日名前を教えてくれたじゃないか」


 教えたって、名前だけでどうして俺が通っている高校がわかるんだ……?


「東京の男子高校生の名簿を手に入れて、名前を顔写真を見ながら特定したんだよ。至って簡単だろう?」


 アイリスが俺の心中の疑問に答えるように先回りして教えてくる。

 さらっと言ってるが、東京の男子高校生なんて何人いると思ってるんだよ。


 しかもそれを一日も立たずに終わらせてるとか、どんな特定能力なんだよ……!

 その特定能力も恐ろしいが……いや、それよりも恐ろしいのは、コイツが日本政府の人間だ、ということだ。


「お前は……政府の人間なのか? どうして俺を探してるんだ」

「まあ待て。一つずつ疑問に答えよう。まずひとつ、私は厳密には政府の人間ではない。キミを見つけ出すために日本政府の力を使ったことは事実だがね」

「日本政府の力を使った……?」


 昨日は単純に警察の一人なのかと思っていたが、政府の力を使えるなんて、コイツは只者じゃない。

 一体こいつは何者なんだ……?


「二つ目、私がキミを探し出したのは──キミをスカウトするためさ」

「スカウト……?」

「そうだ、東条真澄。私はキミを【異能機関】のエージェントへとスカウトしに来たんだ」

「異能、機関……?」


 聞き慣れない単語に俺は眉根を顰める。


「この世には、物理法則ではあり得ない特別な力が存在する。テレパシー、サイコキネシス、降霊術、祓魔エクソシズム……。日本では呪術や陰陽術か。これらの世界の理を外れた特殊能力のことを、我々は【異能】と呼んでいる。そして異能、またはそれに準ずる才能を持つ超人達を用いて、秘密裏に世界の平和を守る組織、それが我々──【異能機関】だ」


 マジかよ。

 薄々そうなんじゃないかとは思っていたが……俺以外にもいるのか。この特殊な能力を持っている人間が。


「そして、この世界には異空間が生まれることがある。ファンタジーによく出るモンスターがいる魔窟だ。キミも入ったことがあるだろう?」

「あ、ああ……」

「あれを我々は『迷宮ダンジョン』と呼んでいる。あれは私達の世界に現れる時空のひずみのようなものだ。中でモンスターを生み出し、こちらの世界へと送ってくる。そしてそれへ対処するのが私達の役目だ」


 アイリスが俺へと手を差し伸べてくる。


「私は今、異能機関の部隊のメンバーを集めている。キミにはぜひ、私の部隊のメンバーになって欲しい」

「いや、そんなことを急に言われても……」


 突然沢山の情報が頭に詰め込まれていた俺は、混乱していた。


「なんで俺なんかをそんな凄そうなところにスカウトするんだ?」


 俺がそう尋ねると、アイリスは不思議そうに首を傾げた。


「俺なんか……? キミが自分のことをどう思っているのかは知らないが、ハッキリ言ってキミの能力と強さは異常だ。単独でワイバーンを瞬殺するエージェントなんて、そうそういないんだぞ。それだけでスカウトする意義は十分にある」

「そう言われても……俺は平和に生きたいんだよ。その異能機関のエージェント? になったらモンスターと戦うことになるんだろ?」


 俺がそう言うと、アイリスは少し考えるように顎に手を当てる。


「ふむ……だが、そうは言っても、キミ、これから先『迷宮』とは切っても切れない関係になるぞ?」

「……え?」

「『迷宮ダンジョン』は魔力が溜まりやすい場所に現れやすいからな。魔力は生きているだけで漏れていくし、何の対策もなければ永遠に近くで迷宮が生まれるぞ。キミにも近くに『迷宮ダンジョン』が現れた経験があるんじゃないか?」

「確かに……」


 そう言えば、今まで生まれた『迷宮ダンジョン』は俺の近くで生まれた。

 加えて、何週間もその場所で魔法の練習をしていた場所だ。

 ということはつまり……


「あのアホ竜……ッ!!」


 ゼルギアスのせいで、俺は平和に生きることができなくなったじゃねーか……!

 何が「お主の望みを叶えるのに役立つ」だ。全然平和どころか危険に巻き込まれてるんだが……!?


「あほ竜? いきなり何を言ってるんだキミは」

「え、ああいや、こっちの話だ」

「ときに、キミは魔石を知っているか?」

「魔石?」


 聞き慣れない単語に、俺は首を傾げる。


「モンスターを斃したら地面にガラス玉のようなものが落ちるだろう」

「ああ、あれがどうしたんだ?」

「54万円だ」

「は?」

「キミが今まで斃したモンスターの魔石を換金した場合、54万円の価値がある」

「ご、54万って……あんなの、片手間で楽に倒せたぞ!?」


 あんな汚いビー玉みたいなものに、そんなに高額な価値があったなんて……!


「いや、決して片手間で楽に倒せるようなモンスターではないんだが……まあいい。キミの規格外っぷりはこの際置いておこう。それよりもこの54万円、今キミが異能機関に入れば、そっくりそのまま……キミのものになる」

「な……」


 俺は驚愕した。

 だって、54万円だぞ、54万円。


 毎日生活費を切り詰めている俺に取っては超大金だ。

 しかも、モンスターは比較的楽に倒せるし、となると稼ぎ放題じゃないか……?

 俺がの心がぐらりと揺れているのを見て、アイリスがニヤリと笑う。


「更に、異能機関のエージェントになるなら年1000万円の報酬もつける。もちろん、魔物の討伐に応じて魔石の報酬も支払われる」

「1000ッ!?」

「更には家賃、食費、その他生活に必要な雑費まですべて支払おう。……さて、答えを聞かせてもらおうか?」


 片眉を上げながら、アイリスが俺の方へと手を伸ばしてくる。


「…………やる」


 熟考の末、俺はアイリスの方へと歩いていき……その手を握り返したのだった。

 アイリスはニヤっと笑うと、椅子から立ち上がる。


「さあ、行くぞ真澄。エージェントとして登録したり、能力を鑑定したりと、やることはたくさんあるからな」

「行くって、どこにだよ」

「もちろん、異能機関の日本本部だよ」

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