第3話 『放電』と『雷撃』


 誰もいない廃工場の中。

 月光しかないほとんど真っ暗闇の中で、俺は右腕を持ち上げていた。


「『雷撃らいげき』」


 バチンッ!!


 そんな音と共に、俺の手のひらから雷が発射される。

 そして俺が設置した空き缶に雷が直撃し、まっ黒焦げになりながら弾き飛ばされた。


「よし、『雷撃らいげき』もだいぶ安定してきたな」


 俺の自身の能力が『電力操作』だと分かって以降、一ヶ月が経った。

 俺はその間に、二つの技を取得した。


 一つは『放電ほうでん』。名前の通り、電気を放出する技だ。

 魔力の使い方によってはスタンガンなんか目ではないほど威力を高めることが出来る。


 二つ目は手から魔力を伸ばし、電撃を相手へとぶつける技だ。

 この技に、俺は『雷撃らいげき』と名前をつけた。


 遠くにある物を攻撃したり、逆に腕に電気を纏ったりことができる。

 射程は大体二十メートルまで伸ばすことが出来ている。


 ただし、安定して発動するために、右手からしか撃てないというデメリットも今はある。

 まあ、これはこれからの練習次第でいくらでも両手から撃てるようにはなるだろう。


「ここまで射程を伸ばすのに、苦労したな……」


 俺の声には若干疲れがにじみ出ていた。

 それも仕方ない。この『雷撃らいげき』を習得するまでに、とても時間がかかったのだ。


 まず、この『雷撃』は俺の手から魔力を伸ばしているわけだが、その魔力を伸ばすのが……大変だった。

 魔力を維持するのに集中しなければならなず、加えて魔力を込めすぎると暴発する可能性がある。

 あとは威力や速度を伸ばすために練習する必要があった。


 しかし一ヶ月かけて練習したかいがあってか、今では完璧に『雷撃』を撃てるようになっている。

 今使ったのは空き缶を弾き飛ばす程度の威力だが、もっと魔力を使えば威力を上げることはできる。


「しっかし、いくら魔法を使っても魔力切れになったことがないな。俺の魔力量って、一体どれだけあるんだ……?」


 魔力を使いすぎれば魔力切れになるのが、漫画がアニメでの常識だ。

 俺もこの『雷撃』を使うときには魔力を使用している感覚がある。

 それなのに、毎日五時間ぶっ通しで使っても魔力切れになったことが一度もない。


「ゼルギアスのやつ、一体俺にどれだけの魔力を渡したんだ……?」


 ゼルギアスは力の一部を渡しに過ぎない、とか言っていたが本当に一部なんだろうか。

 まあ、そんなことをずっと考えていても仕方がない。

 今度出会ったときに聞いてみるか。


「練習する場所もこの廃工場にして正解だったな。家の庭じゃいつか近所の人に見つかりそうだし」


 魔法の練習が進むにつれ、俺は練習場所を家の庭からここへと移した。

 魔力の練習程度だったら外から見ても分からないだろうが、さすがに手から雷を出していたら一瞬でバレる。


 ──しかしここへと魔力の練習を移したのが悪かったのだろう。


「……ん?」


 異音がした。

 ガラスが割れるような、そんな音だ。


 音がした方向に視線を向ける。

 するとそこには──化け物が、いた。


 落ちくぼんだ眼窩に、子どものような体躯。

 しかしその皮膚は緑色というおよそ人間とは思えない色をしていた。


 俺のよく知っている言葉で言えば──ゴブリン。

 そしてゴブリンの後ろには信じられない光景があった。


 

 ひび割れた先には暗闇が広がっており、そこからゴブリンが出てきたのだ。


「なっ……」


 俺は思わず声を上げる。

 その声でゴブリンが弾かれたようにこちらを見た。


「ギイィィィッ!!!」


 ゴブリンは俺を視界に入れると威嚇するように声を上げた。

 そして手に持っている棍棒を振り上げ、俺へと襲いかかってくる。


「ッ!?」


 俺は反射的に『雷撃』を使用していた。

 普段よりも二倍ほどの魔力を使っていた。

 威力も速度も二倍になった『雷撃』が、ゴブリンへと命中する。


「ギャッ」


 ゴブリンは短く悲鳴を上げたかと思うと、黒焦げになって地面に倒れ……動かなくなった。

 そしてそのまま身体が黒い塵へと変わっていく。


「やった、のか……?」


 俺はそのまましばらくゴブリンの身体が消えていくのを観察していた。

 そしてゴブリンの身体が完全に消えたのを確認すると、俺は安堵の息を吐く。


「ん? なんだこれ……」


 ゴブリンがいたところに何か落ちていたので拾い上げてみてみる。

 緑色のビー玉みたいなものだ。


「あのゴブリンの身体から出てきたものっぽいけどなんか汚そうだし……いらね」


 ぽいっ、とそこら辺の床に放り捨てた。

 しかしまだ警戒を解くことは出来ない。

 なぜなら、ゴブリンが出てきた空間のひび割れがまだ残っていたからだ。


「一体なんだんだよ、これ……」


 俺はひび割れに近づく。

 知覚で観察すると、ひび割れはトリックや目の錯覚ではなく本当に空間がひび割れていることが分かった。


 そしてひび割れの向こう側には景色が見えていた。

 この廃工場とは全く違う、洞窟のような光景だ。


「あいつは、ここから出てきたんだよな……?」


 試しに、ひび割れに手を当ててみる。

 すると。


「うおっ」


 手がひび割れの向こう側へと入っていった。

 境界の向こう側の俺の手が少し揺らいで見えている。


「もしかして……俺も入れるのか、これ?」


 ひび割れの中から手を抜く。


「……入ってみるか?」


 入っても問題はない……はずだ。

 雰囲気的に見て、ここはゼルギアスの封印されていた空間と一緒だ。


 万が一他のモンスターが出てきても倒せるだろうし、危険はないだろう。

 それに、さっきみたいにああいったモンスターがこっちに出てきて、人間に襲いかかる可能性もある。


 ……俺は、平和に生きたい。

 だけど、俺のせいで誰かが傷ついたりするのは嫌なんだ。

 このままこの空間を放置して誰かがあのゴブリンに襲われたら、最悪の気分になるだろう。


「……イレギュラーが起こったら引き返そう」


 俺はそう決意してひび割れの中へと入っていった。



***



 洞窟に入ってから二十分後。


「なんか、普通の洞窟って感じだな……」


 洞窟を見渡しながら歩く。

 ゼルギアスが封印されていた場所と同じく、明かりが確保されていた。


 といっても松明ではなく、ここでは光るキノコが主な光源だ。

 しかしキノコが明かりは松明ほど強くはないため、必然的に暗くなる場所も発生する。


 だから俺は明かりとして持ってきていた充電式のランタンを使って、先を進んでいた。

 すると洞窟の先の方に生き物が現れた。


 子どものような体躯に緑色の肌。ゴブリンだ。


「おっ、ゴブリン」


 ゴブリンがこちらに気がつく前に『雷撃』でゴブリンを仕留める。

 悲鳴を上げる間もなくゴブリンは倒れ、塵へと変化していった。


 そしてその後に残されるビー玉。


「さっきから絶対に残ってるけど、なんなんだこれ……?」


 どう見てもゴミにしか見えないので、俺はその場に捨てることにした。


「しっかし、ゴブリンしか出て来こないけど、もしかしてここ、ゴブリンの巣だったりするのか?」


 この洞窟に入ってから、合計十回ほどゴブリンに遭遇した。

 全部一撃で仕留めてきたが、この洞窟には他の生物はおらず、ただゴブリンしかここにはいなかった。


「っと……またお出ましか」


 と、その時目の前に大きな生き物が現れた。

 その生き物は、見た目はゴブリンによく似ていた。


 しかしその体躯は俺よりも大きく、身長は約二メートルあった。

 肌の色も緑色ではなく灰色で、そして手には大きな斧を握りしめていた。


「グルルルル……」


 俺を認識した巨大なゴブリンが低い声で唸りながら睨んでくる。


「お前がボスか? まあいいか」


 俺の右手がバチッと短く帯電した後……強く光った。

 ズドンッッッ!!!

 『雷撃』がゴブリンに直撃した。


「グ、オ……」


 巨大なゴブリンは地面に倒れる。

 身体が塵へと変わっていったことでその灰色ゴブリンを仕留めたことを理解した。


「結構あっけなかったな。にしても、なんでコイツだけ灰色だったんだ……?」


 灰色ゴブリンの身体が塵になった後、その後には灰色のビー玉が残された。

 大きさ的には普通のゴブリンよりも二倍くらい大きいそれを拾い上げる。


「他のやつよりも大きいな……ってことは、やっぱりあいつがボスだったのか……え?」


 そんなことを考えていると、気がつけば外に出ていた。

 いつの間に出てきたんだ……?

 カラカラと音がしたので足元を見ると、ゴブリンを倒した時に出てきたビー玉が足元に転がっていた。


「もしかして、ボスを倒すと空間が消えて出される仕組みなのか?」


 顎に手を当てて考えてみるが、これくらいしか可能性が思いつかない。

 そこで思考を打ち切ると、ぐっと伸びをする。


「はぁ、今日はもう帰るか。このビー玉は……」


 俺は足元のビー玉を眺める。

 ゴブリンからドロップしたものだが、正直に言うと……。


「いらねー……」


 うん、マジでいらない。


 ゲームみたいに何かのアイテムかもしれないが、正直に言って汚い色だし小さいし、ゴブリンからドロップしているので重要なものとも思えない。

 なのでビー玉は廃工場の中に放置することにして、俺はそのまま家へと帰った。


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