真上妖術事務所 異世界支店

ソル

第1話

「先生!先生!大変なんです!早く来てください!」



 聞きなれた騒がしい声で目を覚ます。勘弁してくれ、昨日も報告書の作成で大変だったんだ。

 これ以上仕事を増やしてたまるかと無視しようとしたが、ドンドンと扉をたたく音は止まらない。


「はぁ、仕方ないか」


 ため息をつきながら扉を開けると、そこには金髪碧眼の少女がいた。


「遅いですよ先生!もう昼過ぎなんだからいるんなら早く出てください!」


「悪かったな、こっちは朝まで作業してたんだよ」


 彼女の名前はエリシア。こっちの世界で活動するようになってから、助手として雇っている17歳の少女だ。


「…ていうか、その先生っていうのやめない?一個下にそんな仰々しい呼び方されると違和感すごいんだけど」


「何言ってるんですか。こんな事務所まで構えてるんですからいい加減慣れてください」


そんなことより、と続けて、


「早く来てください。今回は死人が出てるんですよ!」


「何!」


 ここにはいろんな依頼が来るが、死人が出るような依頼は少ない。


「具体的なことは現場に向かいながら話してくれ。急ぐぞ!」


 エリシアの返事を待たず、刀をひっつかんで外へ出る。

 そこには、馬車や中世風の建物といった、ゲームの中のような世界が広がっている。

 何度見ても慣れないな、と考えながら、エリシアの案内に従って走り出す。

 さっきまでいた建物には、こちらの世界の文字で書かれた「真上妖術事務所」の看板がかかっていた。


 俺、真上蓮がこちらの世界に来たのは、およそ2年ほど前のことである。

 元の世界で妖術師として妖怪と戦っていた俺は、最近頻発していた妖術師の神隠し事件を追っている最中に敵の攻撃を受け、気づいたらこの世界で倒れていた。

 俺を保護してくれた妖術師の先輩いわく、神隠しにあった人間は消え去ったのではなくこちらの世界に飛ばされていたらしい。

 さらに、こっちには人だけでなく妖怪も飛ばされているらしく、いまはこっちにいる妖術師たちが対処しているそうだ。

 元の世界に帰るためには、神隠しの原因になった妖怪を探す必要がある。

 情報を集めやすいように妖怪がらみの依頼が集まる事務所を開き、こんな風に依頼を解決しているわけだ。


「現場は近くにある迷宮で、被害者は三人組の冒険者。いつものように迷宮を探索していたところをやられたらしいです」


「生き残った人の証言だと、いきなり血を流して倒れたらしいな」


 走りながらエリシアの聞いた情報をまとめる。


「はい。死体には鋭利な刃物で切り裂かれたような傷があったらしいです」


 ここまで情報があれば犯人はかなり絞られる。


「特徴的には鎌鼬でないかと考えたのですが、先生はどう思います?」

 鎌鼬は、刃の尾をもつ獣の妖怪で、強風を起こすほどの速度で移動しその刃で人を切り裂く。

 

「可能性は高いね」


ただ…

(鎌鼬の仕業なら即死するような傷はできないはずだ)

鎌鼬の大きさは1mを越すことはそうそうなく、尾の大きさも精々40~50㎝ほどである。

 基本的に防具をつけている冒険者であれば、致命傷になるほどの傷を負うことはないはずである。

 なんにせよ、現場を見てみないと判断できない。


「着きました。ここが例の迷宮です!」


 ちょうど現場についたところだし、ここからさらに調査をしてみよう。







 迷宮の中に入ると、見慣れた兵士が現場を封鎖していた。


「ダイオさん、お久しぶりです。」


「おお、来たかマガミ、エリシア。妖術がらみの事件ということで、また私が派遣されたよ」


 彼はダイオといい、国に仕える兵士の中でも、妖怪に関する事件を担当する部署の一員である。

 こっちの世界に来た時に俺を保護してくれた人で、それ以来何かとこちらを気にかけてくれている。


「こちらの方が…」


ダイオさんの隣で震えている女性を見る。


「ああ。被害者と一緒に迷宮に行ったリフィアさんだ。」


 つまり、目の前で仲間が切り裂かれるのを見たことになる。体の震えもそのせいだろう。


「リフィアさん、つらいとは思いますが、事件が起きた時のことを詳しくお話しいただけませんか?」


 瞳に涙を浮かべながらも、ゆっくりと話してくれた。


「はい…。先行していたカイルがいきなり血を流して倒れ、それを見たレオンが私を突き飛ばして後ろに下がらせてくれたんです。」


 レオンという人もそのままやられてしまったようだ。その状況でリフィアさんが助かったということは、相手の攻撃は射程範囲が限られているのだろう。


「攻撃の前、少しそよ風が吹いたような気がしたんです。その時に違和感に気づいていれば、二人は死なずに済んだかもしれないのに…」


 目を伏せ泣き始めてしまった。これ以上何かを聞くのはさすがに酷だろう。


 今度はダイオさんに話を聞く。


「念のため確認しておきますが、魔法などのせいではないんですよね?」


「ああ。被害者がつけていた鉄の防具が真っ二つになっていたのに、死体から魔力痕は発見されなかったらしい。魔力を使わずそんなことができる奴はこの辺にはいないよ。」


 

 こちらの世界の人間は、妖力やそれによる現象を直接は視認できない。

 魔法のせいでないのなら、完全にこっちの案件ということになる。



 「それで…現場の様子は?」


 「二次被害を避ける為遠目に確認しただけだが、ひどいものだよ。

  被害者もそうだが、壁や天井にも深い切り傷があった」

 

「床や壁にも…」


ダイオさんの話を聞き、確信する。これは鎌鼬の仕業ではない。

 

「あの…」


「どうかしましたか?」


リフィアさんが声をかけてきた。


「これ以上犠牲が出ないよう、どうか解決してください。お願いします」


「任せてください」


 本当は自分の手で敵を討ちたいはずだ。だが、妖術案件では何もできない。気持ちを抑え、俺たちに任せてくれたのだ。何としてでも解決しなければならない。迷宮へ向けて歩き出す。


「エリシア」


「なんでしょう先生」


「戦闘の用意をしておいてくれ。少し厄介な相手かもしれない」






 ダイオさんと別れ、迷宮の奥に進んでいくと、血がそこら中に飛び散った場所へたどり着いた。

 情報通り、壁や天井には深い切り傷が刻まれていた。


「先生」


「ああ、この先が射程範囲なんだろう。俺の後ろから離れずについてこい」


 切り傷の端まで近づくと、そよ風が肌をなでるのを感じた。その瞬間、見えない何かがこちらに向かって飛んでくる。

 すさまじい速度だ。こんなものにいきなり襲われれば、ひとたまりもないだろう。

 だがこちらには、冒険者たちが残してくれた情報がある。

 飛んできたものを妖力を込めた刀で相殺する。


「やっぱり、攻撃の正体は風か」


 妖力によって空気を固め、それを操って飛ばすことによりこちらを攻撃してきているのだ。

 こちらの世界の人間は妖力を認識できないため、犠牲者たちは何もできずにやられてしまったのだろう。

 しかし、攻撃の正体がわかっていればいくらでも対抗手段はある。


「エリシア、頼む!」


俺の声に応え、エリシアが魔法により周囲の砂を巻き上げる。


「先生!次が来ます!」


「了解!かわしながら進むぞ、魔法の維持を頼む!」


 壁や天井が切り裂かれていたことから、風の刃は狙った相手にだけ作用するといった特殊な効果を付与されていない。

 そのため、エリシアが巻き上げた砂ぼこりによりその大きさや軌道がはっきり見えるようになるのだ。

 いくら早かろうが、直線的な動きしかしないうえ軌道が見えているなら対処するのはたやすい。

 妖力で身体能力を強化し、風の刃を躱しながら進んでいく。

 このやり方ならすべての攻撃を相殺するよりも俺の妖力を温存していける。

 しかし、進めば進むほど敵の攻撃が激しくなってくる。敵との距離が近くなってきている証拠だ。


「くっ!」


 回避しきれなかった刃を妖力で相殺する。


「先生!」


「大丈夫!そろそろ敵が見えてくる、注意しろ!」


 さばききれない刃を相殺しつつ、後ろのエリシアに攻撃が当たらないよう調整する。ま、その心配はいらないだろうが。

 頼りになる助手である。おかげでここまでほとんど妖力を使っていないため、ガス欠を起こすことはないだろう。

 そのまま1分ほど進み続けると、ようやく敵の姿が見えてきた。

 それは、長い鼻とカラスのような羽をもち、大きな葉でできた団扇を携えた人型の妖怪だった。

 その名は、


「天狗!」




 天狗は、手に持つ団扇によって風を操る魔物と聞いている。聞いている、というのは、俺は実際に天狗と戦ったことがないからだ。

 奴らは本来、人里離れた山の奥にいることが多く、人間を襲うことがあまりない。それゆえ、種族的な弱点などの戦闘に関するデータがあまりそろっていない。

 だから戦いながらどう倒すかを考えていかなければならないのだが…、


 (攻撃が激しすぎる!)


 天狗が団扇を一振りするたび、風の刃が周囲を切り刻む。

 攻撃の軌道が見えていても躱しようがないほどの密度だ、妖力を使ってはじくしかない。

 奴が視界に入ってから、攻撃の勢いが段違いになっている。

 距離による減衰もあったのだろうが、これまでの攻撃はコントロールに力を割いていたため威力が落ちていたのだろう。

 ここまで、攻撃が来る前には必ず少し風が吹いていた。

 おそらく、風に妖力を乗せることにより大まかにこちらの位置を特定していたのだ。

 自身の目でねらいをつけることができるようになったため、コントロールを気にせず攻撃をぶっ放している。


「先生!大丈夫ですか!?」


 俺がはじき切れなかった攻撃を躱しながら心配そうな声を上げるエリシア。


「大丈夫大丈夫!そのまま魔法の維持頼む!」


と、強がっては見るものの…


(まずいな、このままだと消耗戦になる)

 

 俺の使う妖術は強力だがかなり特殊で、今の状況を打開できるようなものじゃない。

 奴のように弾幕を張って攻撃してくる相手には効果が薄いのだ。

 ここまで妖力を節約してきたのはいいが、相手の妖力がどのぐらいなのかわからない以上消耗戦になるのは避けたい。

となると、危険だが賭けに出るしかない。


「あいつを誘い込んでみる。エリシア、ミラージュの用意を」


「了解です!」




 天狗は生まれて初めて「闘い」を体験し、高揚していた。

 天狗という種族は、人里離れた山奥にコミュニティをつくり、生涯そこからでていくことはない。

 動物や迷い込んだ人間を狩りとして襲い殺すことはあるものの、実際に自分たちを殺すことができる相手に出くわすことはほとんどない。

 この天狗がこちらの世界に来てからも同様であった。

 この迷宮を自分の住処とし、そこに近寄るものを殺した時もこちらに気づく前に不意打ちのような形で殺してしまった。

 今ここにいるこいつは違う。

 風の刃を躱しながら自分の目の前までたどり着き、今も暴風に耐え、攻撃に対処しながら少しづつこちらに近づいてきている。

 これは狩りではなく、闘いだ。油断をすればこちらにも死のリスクがあるかもしれない、命をかけた闘いである。

 今までの作業のような狩りでは味わえなかった高揚感。相手を確実に殺すため、狙いを男から女に変えた。

 今までの様子を見ていて、男が女をかばっているのはわかっていた。

 どんな手段を使っているのかは知らないが、こちらの攻撃を見切るために砂を巻き上げているのはあちらのほうなのだろう。

 その証拠にここに来るまで女はほとんど動いていなかった。

 目前に現れてから攻撃を急に激しくしたことで、相手はこちらの攻撃がこれ以上激しくなることはないと判断しているだろう。

 だがそれはこちらの仕掛けた罠である。

 今までの攻撃はあまり狙いをつけずに威力と範囲を優先していた。しかし、団扇の力を最大限に利用し攻撃を集中させれば人一人なら粉々にできるほどの攻撃を行うことができる。

 今までの攻撃で男の力も削れてきている。今なら相手は対応することはできないだろう。女を殺し、男が動揺した隙にもう一発を叩き込む。


 今までで一番強力な風を起こし、それを一点に集中させる。このままいけば女を殺せるコースだ。

しかし、


「!」


 女に攻撃が当たる直前、男が女を突き飛ばし風を妖力で散らした。

 コントロールを失った風があたりに吹き荒れ、体勢を崩していた奴らが吹き飛ばされる。

 こちらの攻撃を読んでいたとしか思えないような反応の速さだった。

 考えていた展開とは違うが、男はかなり消耗し倒れ、女は壁にたたきつけられ気絶しているようだ。このまま二発目を放ち勝負を決める。

 天狗の動揺はほんの一瞬だった。しかし、強者はその一瞬を見逃さない。

 男が視界から消える。咄嗟に周囲に風を起こし感知を行うも、その時にはもう遅い。

 男は攻撃が放たれる前に、妖力で強化した身体能力で懐にもぐりこんできた。

 そのままの勢いで腹に頭突きをかまされ、腕から団扇を奪い取られた。

 男はこのまま肉弾戦で勝負を決めるつもりらしい。腹、胸、顔面を立て続けに殴られ、一瞬よろめく。

 どうやら団扇を奪ってしまえば風を起こせないと考えているようだ。ここまで撒いてきた布石が役に立ったらしい。

 団扇はあくまで風のコントロールのためのものであり、風を起こしているのは天狗自身の妖力である。

 つまり、団扇がなくても暴風を呼ぶことはできるのだ。

 よろめいた隙を見逃さず追撃しようとした男を風によって吹き飛ばす。やはり風を刑戒していなかったようで、妖力によってそれに対応してこなかった。

 もう何度か風を放ち、距離を取りつつ団扇を取り戻す。さっきの動きを見る限り、接近戦になると勝ち目は薄いだろう。距離を離し、女をかばわせながらじわじわ削り殺す。

 そこで違和感に気づく。男のほうは先ほどまで武器を持っていたはずだ。なぜそれで攻撃してこなかった…と、そこまで考えた時だった。

 ずぶ、という音とともに天狗の胸から刃が生える。

 一体何が、と振り向くとそこには気絶しているはずの女がいた。






 今のはかなり危なかった!団扇なしでも風を起こせるのは予想していなかったのだ。

 だが、もう一つの作戦がうまく機能してくれたようで助かった。

 エリシアに指示したミラージュは、魔力により幻を作り出したり、自分の姿を見えなくする魔法である。

 天狗の攻撃をはじき、動揺した隙にエリシアに妖力を込めた刀を渡し、エリシア自身は自分の幻を作りそれと入れ替わって隙を窺っていたのである。

 自分の姿を見えなくしたとはいえ、なぜエリシアが風の感知に引っかからなかったのか。

 それは単純な話で、こちらの世界の魔法が妖力関連のものに効果を発揮しないように、妖術で魔法には対抗することができないのである。

 ミラージュという魔法により全身を覆っていたエリシアは、妖力を用いた風の感知には引っかからなかったわけだ。

 こちらは大きなけがを負っていない。楽勝だったように見えるかもしれないが、かなりの綱渡りであった。

 風は団扇がなければ起こせない、と勘違いしたのもそうだが、天狗が隙を見せなければ入れ替わる時間はなかったかもしれないし、風の感知をエリシアの幻のほうまで伸ばしていれば違和感に気づかれていたかもしれない。

 相手に戦闘の経験値が少なかったようで助かった。


「ふっ!」


 エリシアが刀を振り下ろし、天狗の体を縦に引き裂く。いくら妖怪であっても、あれなら致命傷だ。

 だが、


「エリシア、こっちに!」


 いうが早いか、エリシアが迷いなくこちらへ退避する。


「どうしました!?」


「妖力が急激に高まってる、多分今まで以上の爆風を出して道連れにするつもりだ!」


「ッ!」


 団扇がなくても風を起こせるのはさっきので分かった。

 命と引き換えに妖力を絞り出し、そのすべてを使って爆風を起こすつもりなのだろう。

 感じる妖力からして、この階層のすべてを吹き飛ばせるような威力になってもおかしくはない。

 風その物で死ななくても生き埋めになってしまうだろう。こうなったら俺の妖術を使うしかない。


「後ろで障壁を張ってくれ!」


「了解です!」


 一応の保険としてエリシアに指示を出す。妖力で生み出される風に効果はないが、生き埋めになることは避けられるだろう。

 ここまで貯めてきたものをすべて放出して相殺を狙う。

 あれだけ貯めたのだ、おそらく足りるとは思うが問題はコントロールだ。

 奴から奪い取った団扇を構える。

 天狗はこれを奪われた後風の刃を出してこなかった。おそらくこれは風を操るためのもの…だと思う。


(違ってたらまずいなぁ…)


 まあないよりはましだろう。


 いよいよ時間がない。あいつの妖力が今にも爆発しそうである。

 3,2,1、今だ!

 天狗の体が爆裂すると同時に、暴風が一気に解放される。

 これ以上広がる前に抑え込む!


「放」


 その言葉とともに、俺の体から風が吹き荒れる。



 俺の妖術は、相手の妖術を吸収し、体の中にとどめておくものである。

 ここに来るまでに俺に向かって放たれた風を吸収し、限界ギリギリまで俺の中にとどめておいたのだ。

 先ほどまでの戦いで使用しなかったのは、弾幕を張ってくる相手に放ったところで相殺することしかできず、こちらの手札を無意味にさらすことになるからだ。

 いま、それを全開で解き放った。

 さらに、団扇の力でそれをコントロールし、天狗から放たれた暴風をこちらの風で球状に閉じ込める。

 封じ込めには成功した。

 しかし、


「ぐうっ!」


 かなり苦しい!放った風は俺の妖力を載せ強化している。しかし、風に関しては天狗に一日の長があるうえ、命を懸けて強化したものだ。ここに来るまでに封じた風では足りなかったのかもしれない。


(まずい、勢いは多少殺せたけどこのままじゃ破られる!)


 そう考えた時だ。

 ザン!と、エリシアが壁や床を刀で切り裂いた。


「グラビティ!」


 そしてその破片を重力によって操り、俺の風の上から天狗の風を閉じ込める。

 魔法によって生み出されたものではなく、魔法により動かされているだけのものなら、妖術に干渉することも可能なのだ。

 本当に優秀な助手である。これなら…


「「はああああっ!!」」


 二人の全力を出し暴風を押しとどめる。

 押し返されそうにもなるが、その度気合でさらに押し返す。

 どれだけ時間がたったかわからない。1時間2時間立っていても驚かないが、実際には5分にも満たないだろう。

 そしてようやく…


「はぁ、はぁ、終わり…ましたか?」


「ああ、完全に、妖力が、消えた、終わったよ」


俺もエリシアも消耗が激しい。息も絶え絶えである。しかし、大きな被害なく奴を倒すことができた。


「助かったよエリシア、最後のあれがなかったら多分押し負けていたと思う」


「先生がかなりきつそうでしたので。お力になれたならよかったです」


 そんな会話を交わしながら帰路に就く。

 かなりぎりぎりの戦いだった。願わくばこういう案件はなるべく来ないでほしいものである。






「マガミ、エリシア、無事だったか!」


迷宮の入り口まで来ると、ダイオさんが声をかけてきた。


「はい。元凶も倒しましたし、迷宮自体にも大した被害はないです」


「壁や床はかなり損傷してますけどね。私も戦闘で傷つけてしまいましたし」


 俺の言葉に続けてエリシアが言う。黙っておけばばれないものを、まじめな奴だ。


「いやいや、人命が最優先だ。元凶も倒したようだし、こちらは上司に報告してくる。

 後ほど詳しい報告書を頼むぞ」


と言葉を残し、ダイオさんは行ってしまった。


 そうだった!すっかり忘れていたが、案件を解決した後には報告書を書かなければならない。

 どんな妖怪・現象と対峙し、どのような妖術をどのように使いそれを撃破・解決したのか、またその際の周囲の被害など、案件について起こったことすべてを事細かにまとめる必要があるのだ。

 前回までの報告書もまだ書き終わっていないのに、また書類が増えてしまった。そのうえ、今回は報告例が少ない天狗が相手だった。妖術的な観点からあいつの弱点などを考察して報告しなければならない。

 つまり何が言いたいかというと、


「め、めんどくさい…。エリシア、手伝ってくれ」


「いいですけど、私が書けるのは私が使った魔法のことぐらいですよ。こっちは妖力認知できないんですから」


「だよなぁ~」


 つまりまた徹夜である。勘弁してくれ、とかんがえていると、


「マガミさん」


 リフィアさんだ。声をかけるタイミングを逃していたらしい。


「元凶だった奴は対峙しました。もう犠牲者が出ることはないですよ。」


「そうですか…、本当にありがとうございます。」


 浮かない顔である。どうかしたのか、と尋ねると、


「結局、私には何もできませんでした。直接敵を討つこともできず、ここで震えていただけだった。そんな自分が嫌になってしまって…」


「仲間を殺されてから半日程度しかたっていないんです。気持ちの整理がつかないのも当然ですよ」


 エリシアの言葉は正しい。それに、


「なにもできなかったなんてことはないですよ。

あなたの伝えてくれた情報がなかったらどうなっていたかわかりません」


 実際、そよ風や切り裂かれた傷などの情報があったから敵の正体を推測でき、それに対する対策も立てられた。

リ フィアさんと、リフィアさんに情報を伝えて守った二人がいなければ、もっと違った結末になっていたかもしれない。彼女が何もできなかったなんて、そんなことは絶対にないのだ。


「二人のお墓ができたら教えてください。俺たちも礼を言いに行きたい」


「はいっ、二人も喜ぶと思います」


 涙をぬぐい、リフィアさんが笑顔で言ってくれた。




 事務所につき、エリシアと別れる。


「では、私が書けることはまとめておきますので、後日お持ちしますね」

 今日はお疲れ様でした、と言い残しエリシアは自宅へ帰った。


「さて、やるか」


 今日起きたことを簡単にまとめ、報告書を書く準備をする。


 今日も大変だった、まあしばらくはこんな厄介な案件は来ないだろうし報告書に集中しよう。


 …翌日、また厄介な案件に巻き込まれることになるのだが、それはまた別の話である。

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