第15話 陽はまた昇る 2(第一部 完)
「二人とも騒ぎすぎよ。外まで声が聞こえていたわ」
ヨミがドアを開けてレッスンスタジオの中へと入って行くと、ヒカリとアカネの二人
は言い争いを止め、同時に驚かせた顔を向けてきた。
「照月さん……」
そしてみるみるうちにヒカリの両目に溜まっていた涙が決壊を起こし、
「よ…よがっだぁ……!照月さ”ん……来でぐれだぁ……!!」
「ちょ、ちょっと!なんで私が来たからってそんなに泣くの!?」
「だっでぇ!だっでええぇ!アカネさんがもう照月さんは来ないがもな”んて言うが
ら”あ”あ”ぁ!!」
赤子のようにわんわんと泣き喚くヒカリの傍らで、アカネはバツの悪そうな顔をヨミ
から背けた。
「……そうね。私が今日ここに来たのは、アイドル活動を止めるとあなた達に伝える
ためだったわ」
「え……?」
「でもね。止めるのを止めることにしたわ」
一瞬で顔面蒼白になりかけたヒカリを見ながらヨミは微笑む。
「……なんで?このままアイドルを続けたって、あんたにはリスクが大きすぎるで
しょ」
「確かにそうね。だから一度は止めようと思ったわ」
「ならどうして……」
「それを説明する前にまず二人に聞いてほしいの。どうして私が……照月ヨミが
もう一度芸能界で返り咲きたいのか。その理由を」
そしてヨミはヒカリとアカネの前で話し始めた。
子役時代の自分。
休業の真相。
自分の我儘が家族をバラバラにしてしまったこと。
仕事が激減した自分に愛想を尽かし、母が家を出て行ってしまったこと。
だから照月ヨミがかつての栄光を取り戻せば、母が戻ってきてくれるかもしれないと
考えていること。
一つたりとも包み隠さず、ヨミは二人に自分の全てを語っていく。
その話をヒカリは真剣な面持ちで黙って聞き入り、アカネは自身の家庭環境と重なっ
たのだろう。ヨミが母親から愛されなくなった話の件は、同じように父親から愛され
ない辛さを知る者としてその苦しみが分かり、けれど自分とは違いなんとかしようと
足掻いていたのだと知ったヨミの顔を直視できなくなっていた。
「……これが照月ヨミの全てよ」
「そう……だったんですか……」
全てを語り終えたヨミに対し、ヒカリはそれ以上どう言葉をかければいいのか分から
なかった。
同情するべきか?それとも励ますべきか?どれも違う気がする。
「あの……どうして急にそんな大事な話を私達に……?」
故にヒカリはヨミに尋ねてみた。自身のことを理解してもらおうとしている、本当の
照月ヨミという人物をさらに知るために。
するとヨミはそう聞かれるのが分かっていたかのように。そしてその問いに対し返す
言葉を決めていたかのように即座に答えてきた。
「あなたが私のことを仲間だと言ってくれたからよ」
返ってきた答えの意味が分からず一瞬顔をきょとんとさせたヒカリだったが、先程の
アカネとのやりとりを聞かれていたのだと分かると、青臭い台詞を連発していた自分
を思い出してみるみる顔が耳まで真っ赤になっていく。
「き、聞いてたんですか!?」
「盗み聞きしてごめんなさい。つい、ね」
そんなヒカリの反応を見てヨミはくすくす笑うと、悪戯っ子のように舌をぺろっと
出しておちゃらけてみせた。
いつもは大人びた言動を決して崩さなかったヨミが初めて見せた年相応の顔にヒカリ
はドキッとして、別の意味でさらに顔を赤らめた。
「……嬉しかったわ。私のことを仲間だなんて言ってくれる人がいるなんて思っても
いなかったから。
芸能界で生きていく以上は自分以外は全て商売敵。私は母からそう教わっていたし、
実際そうだとずっと思い込んでいたわ。
私のことを仲間だと言ってくれる人が今までいなかったわけじゃない。
けれどそれは上辺だけ。その人にとって単に都合のいい存在だというだけで、利用
価値がなくなればすぐさまもとの商売仇に戻る。私にとって仲間という言葉はそのく
らい軽いものでしかなかったの」
でも――とヨミは言葉をさらに紡ぐ。
「ヒカリ。あなたは違った。本気で私のために怒って、泣いてくれた。
だから私のことを信じて仲間だと言ってくれたあなたの気持ちに応えたい。私も
あなたの前では芸能人の照月ヨミではなくて本当の照月ヨミでありたい。
そのためにはまず私自身が変わらなくてはならない。そう思ったの」
そこまで言うと今度はアカネに対して体ごと向き直り、頭を下げた。
「アカネも今までごめんなさい。ずっと壁を作ってきた私が今さら虫がいいと思われ
るのを承知の上で言うわ。
もう一度、私にAmaTerasの一員としてやり直すチャンスを貰えないかしら」
「……アタシはヒカリみたくあんたのことを信じていなかった。そんなアタシにどう
こう言える権利なんてないわよ」
「でも私が抜けるかもしれないと思ったあなたは怒ってくれた。本当に私のことを
どうでもいいと考えていたならそんな感情すら沸かないと思うのだけれど?」
「う、うるさいわね!アタシが苛立ってたのは別にあんたのためじゃないんだから!
勘違いしないでよね!」
「うわ~、絵に描いたようなツンデレ」
「ヒカリ!!」
「ご、ごめんなさい!」
思わず声に出してしまっていた口を慌てて両手で塞ぐヒカリをジト目で見て、
アカネは「あ~~!もう!!」と右手で乱雑に自分の髪をかきまわす。
「まぁ、その……アタシもあんたの事情をよく知らなかったのに突っかかって悪かっ
たわ。だから今までの分はお互い様ってことで全部チャラ。それでいいでしょ」
「――ありがとう。アカネ」
「なんか急にそう素直になられると調子狂うわね……。名前で呼ばれるのはもっと
違和感あるけど」
「あっ、そういえばさっき私のこともヒカリって……」
「嫌だったかしら?」
「そ、そんな全然!むしろ照月さんとの距離が近くなれたって実感できて嬉しいで
す!」
「なら私のこともヨミって呼んでくれないかしら。それと敬語もこれからは必要ない
わ」
「えっ!?で、でもそれは流石に……」
「はい、じゃあ練習。まずは私からね。これからもよろしくね、ヒカリ」
「ふえぇぇ!?え、ええと……」
有無を言わさぬ強引さで拒否権を与えぬまま話を進められ、ヒカリはしどろもどろに
なりながらも照れた上目遣いでヨミの顔を見返すと、
「う、うん……。こちらこそよろしく……ね。ヨミさん」
「違うでしょ。さん抜きでヨ・ミ。はい、もう一回」
「う、うぅぅ……。ヨ、ヨミ……ちゃん」
「へたれた」
「だ、だって仕方ないじゃないですか!?年上をいきなり呼び捨てなんて
無理ですって!」
先程のお返しとばかりにジト目で言ってきたアカネにヒカリは言い訳をすると、その
やりとりを見ていたヨミがクスクスと笑う。
「まぁ、それでもいいわ。よく出来たわね」
そしてご褒美としてヒカリの頭を撫でてくるヨミ。それで気を良くしたのか、ヒカリ
は再びアカネへと顔を向け、
「アカネちゃんもこれからまた一緒に頑張ろうね!」
「はぁ?」
「すみませんすみません調子乗りましたホント申し訳ございませんでした腹掻っ捌い
てお詫びとしますので許して下さい」
「冗談よ。ヨミだけ敬語無しにしたままじゃ、なんかアタシが偉ぶってるみたく思わ
れるじゃん」
もはや見慣れた土下座姿のヒカリを見下ろしながら、アカネは一度嘆息してから言葉
を続ける。
「だから特別にアカネちゃん様で許してあげる」
「うん!アカネちゃん様!」
「あのねぇ……今のは冗談だってことくらい……」
「えへへ♪分かってるよ、アカネちゃん」
「こいつ~。ヒカリのくせにアカネちゃん様をおちょくるなんて100万年早いの
よ!」
「あはは!痛いよ、痛いってばアカネちゃ~ん♪」
軽く握った拳で頭のてっぺんをグリグリしてくるアカネの腕を、ヒカリは笑いながら
タップするように何度もパンパンと叩く。
そんなふうにじゃれ合っていると、不意に入口のドアが開きアキが入ってきた。
「あら、なにこの仲良しこよしでほのぼのとした空気。完全に予想外だったんですけ
ど」
まだ昨日のことを引きずっているだろうなと思っていたアキにとってそれは意外でし
かなく、狐につままれでもしたかのようにぽかーんと口を開けたままになる。
「おはようございます、アキさん」
「あっ、うん。おはよう、ヨミ。…………アキさん?」
「今日からそうお呼びしようと思ったのですが、馴れ馴れしすぎたでしょうか?」
「いや、アカネもそう呼んでるし別に……って、あなたヨミよね……?照月ヨミよ
ね……?」
「? ええ。私は照月ヨミですが?」
「え?なにかの役の練習?いつものトゲトゲしさがないっていうか、憑き物が落ちた
感じがするっていうかとにかく別人ぽくて怖いんですけど。
私、本当に狐か狸に化かされてない?」
「その子、今日から変わるんだってさ」
「違うよアカネちゃん。変わったんじゃなくて戻ったんだよ、本当のヨミちゃんに」
「え?ヒカリまでどうしたの?もしかしてそっちも狐か狸が化けてる?」
「それはもういいですって」
ヒカリは苦笑すると、言葉を続ける。
「私達、もう一度やり直すことにしたんです。今まであった壁を全部取り払って、
本当の三人でAmaTerasをやり直そうって」
そこまで言って、ヒカリは両隣に並ぶヨミとアカネの顔を交互に見た。
そして三人は同時に頷き合い、
『だからアキさんも、もう一度私達のことをよろしくお願いします!』
アキに向かって頭を下げた。
相変わらず三人の変化に頭がついていかず、ぽかーんと顔を驚かせていたアキであっ
たが、やっと理解が追いついたのか元の表情に戻ると、
「何があったのかは知らないけど、あの状況から自分達だけの力でもう一度立ち上が
ろうとするなんてあなた達は強いわね」
感服と羨みが混ざった声で言った。
かつての自分は折れてしまった。しかし彼女達は違った。
心が折れてしまっても仕方がないほどの苦渋を味わいながらもまだ諦めようとしてい
ない。その強さがアキには羨ましくあり、何より頼もしく思えた。
「……正直、F.I.Fの結果はショックでした。……でも。ゼロじゃなかった」
ヒカリの言葉にヨミは頷く。
「そうね。たった一人だけだけど私達を認めてくれた人がいた。
なら次は二人、三人と少しずつでも認めてくれる人達を増やしていけるよう努力して
いけばいい」
「よ~し見てなさいよ!ネットでAmaTerasを馬鹿にしたやつら全員の手首が
ねじ切れるくらいの勢いで手のひら大回転させてやるんだから!」
(雨降って地固まるとはこういうことなのでしょうね。社長の思惑通りなのは少し
腹が立つけど)
目の前でリベンジに燃える三人の姿をアキは眺めながら、一皮剥けた三人が放ち始め
た新たな輝きに無限の可能性すら感じていた。
「それじゃAmaTerasの今後の方針を伝えるわよ」
『はい!!』
陽はまた昇る。
一度は沈み、その輝きを失いかけた太陽。
しかし沈まぬ太陽がないように、昇らぬ太陽もない。
再び天から照らす光となる為に――
太陽の女神、AmaTerasは再スタートを切った。
【第一部 完】
天から照らす光となれ 玄月三日 @gengetsu-mika
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