支配者スキルでこの物語のラスボスに!~実力隠して異世界生活無双する~

尾ヶ崎ゆう

第1章・第1話:異世界転移


 高校最後の修学旅行。

 そんな楽しい時間にどうしてこんな大惨事が起きたのだろうか?

 僕を乗せた飛行機はコックピットから天高く煙を出しながらゆっくりと浸水を始めていた。



「冷たい……」


 故障した飛行機を横目に底のないような深い海に沈み始める僕は海面に差し込むまばゆい太陽の光に向けて右手を伸ばす。

 空気を求め海面に上がろうとするが、海水に染み込ませた服の重さと低体温症になって麻痺した体ではもう泳ぐことはできない。


 海面に向けて僕の口から逃げて行く空気の泡が次第に多くなっていくと感じるものが多々ある。

 焦り……それは僕に迫る死をひしひしと実感させてくる。

 しかし、僕はその泡を見ながら夢を見た。

 それは、僕にとって生きる希望ともいえる大切な夢。



 僕、立川友也(たちかわゆうや)には夢がある。

 それは一種の病(やまい)のような夢だ。


 

 ――ラスボス。

 そう。僕はラスボスになりたかった。


 何を言ってるんだコイツは? と、思う人がいるかもしれないが、僕は本気だ。

 本気でラスボスになりたかった。


 普通ならば、ヒーローとか、英雄とか、勇者とか……

 100歩譲って魔王とかかもしれないが、僕にとっての憧れの対象はずっとラスボスだった。

 ただ、それだけのこと。


 そんな僕の考えるラスボスというのは、どんな過酷な状況でも絶対に勝利することが約束され、人類を遥かに超える強さを持つ生物や戦略兵器にも負けることがなく、天候や災害などの自然的な力に左右されることもない最強の存在。

 それこそが僕の目指すラスボスなのだ。

 


 僕は悔しそうに手の中にある黒い手帳を握りしめる。

 使い古されたその手帳は海水が染み渡りもう書かれている字も読めないかもしれない。


 悔しい……

 こんな所で僕は自分の人生を夢を憧れを終わらせるのか?

 海水で目が真っ赤になっても僕は泡に映る僕の夢という名の志を見ないではいられなかった。

 

 しかし、これが現実だ。

 僕はこの世界のラスボスになれなかった。

 だが、この世界でなれないのは最初から分かりきっていたことではある。

 それでも、自分のやれることはやってきた。

 最初は走り込みや筋トレ……それがやがて格闘技や武道に変わり……いつからか拳法や殺法、暗殺術……

 徐々に修行はエスカレートしとうとう僕はこの世界に存在している力では満足できなくなってしまっていた。


 魔法やそれに匹敵する未知の力とでもいうのだろうか。

 僕はそんなおとぎ話の産物(さんぶつ)にまで手を伸ばして今にいたるのだ。

 だが、人間には限界がある。

 だって、人間は物語を自由自在に操ることのできる神ではないのだから。


 だから……

 だからこそ……

 僕は人類を超越した神にも等しい力を求める。



「力をくれ……」

 

 僕は最後の最後まで眩(まばゆ)いほど瞳孔(どうこう)に差し込む神々(こうごう)しい光に向けて手を伸ばし続ける。

 神でも天使でも……悪魔でもいい。

 誰か……誰か僕に力をくれぇ…………ゴボゴボ……

 


 僕は肺に水が入ったことで苦しそうに首元を抑えて必死にもがく。

 だが、その抵抗はしだいに弱まって行き、意識が遠のくと波に身を任せて海底へと沈んでいったのだった。

 




◇ ◇ ◇

 



「うぅ…………」


 真っ暗な洞窟。

 それも、太陽の光なんて一切当たらないような、それはそれは深い洞窟。

 そんなこの世のどん底のような場所で僕のうめき声が岩と岩の間を反響し、悲鳴のような雄おたけびを作り出した。

 そして、そんな気味の悪い雄たけびを作りだした張本人は徐々に失った意識を取り戻し始めた。



「ゴホゴホッ!!? ……生き延びたのか……僕は?」


 僕は肺に入った水を吐き出そうと激しく咳き込む。

 しかし、普通に呼吸することができたので呆気に囚われた。

 もしかしたら、これは走馬灯なのか?


 僕は自分の置かれた状況を一度整理しようと暗闇の中を見渡す。

 だが、あたりは真っ暗で当然のことだが何も見えない。


 まさか……視力を失ったのか? そう思ったが、暗闇に目が慣れてくると薄っすらとだが自分の手が見えて来た。


 視力はある。

 聴力もある。

 触覚も……嗅覚も……味覚も……


 僕は自分の口元に垂れてきた冷や汗を舐めて五感の全てが機能していることを確認したことで一安心した。

 そして、実感した。



「僕は生きている……!」


 自分の心臓の鼓動を感じるように胸に右手を置きながら僕は大の字になって寝転がる。

 今の僕の脳は飛行機事故から生き延びたことへの感動と興奮でアドレナリンでいっぱいだ。

 しばらくは興奮して眠れないだろう。


 だが、やはりここはどこだろうか?

 もしかして救助されてどこかの病院に…?

 それとも、どこかの無人島まで流されたとか?


 僕が慎重に考察を重ねていると誰かが僕に話しかけて来た。

 僕はビックリして心臓が飛び出しそうになりながらも女性の話し声に耳を傾ける。



《残念ながらそれは違います。ここは地球とは別の次元にある世界なのです》


「なっ!? お、お前誰だよ? ど、どこから僕に話しかけてるんだ……?」


 いくら辺りを見回しても誰の姿も見えず気配も感じられない。

 だが、声の主は僕にさらに近づいてきている。


 どこだ……? 

 どこにいるんだよ……?

 僕は立ち上がって少し後退(あとずさ)りした。

 姿の見えない相手。

 少しばがり恐ろしかった。


 だが、僕はすぐにその恐怖を捨てた。

 なぜなら、僕に語りかける声の主は僕の中にいたからだ。



 僕の脳内に高校生くらいの年齢の少女が立っている。

 髪の色は白……いや、クリーム色とでも言うのだろうか?

 着ている服はどことなく幻想的で儚(はかな)さが残る真っ白のドレス。

 だが、そんな彼女の顔は分からなかった。

 なぜなら、少女は目元に白い包帯のようなものを巻いていたからだ。



《ようこそ異世界に。歓迎しますよマスター!》


 僕のことをマスターと呼んだ少女は僕に近寄りながら両手を広げた。



「異世界だと……?」


 僕は少女の一言に激しく動揺した。

 日頃感情の起伏がほとんど見られない僕だが、この時ばかりは本当に心の底から動揺したのだ。

 しかし、異世界なんて急に言われてもな……

 この状況があまりにも自分が望むものであったことで信じられない気持ちが沸(わ)きあがってきた。

 そのため、僕は幻でも見ているのかと思い右頬を力いっぱい引っ張った。

 痛い……ってことは夢ではないのか……


 だが、夢でもいいじゃないか!

 異世界ということはこの世界は剣と魔法のファンタジーってことだろうから……

 この世界なら僕は本当の意味でラスボスを目指すことができる。

 僕は嬉しさで昇天しそうになるのを必死に堪(こら)えながら、喜びを噛みしめた。

 しかし、事態を急速に飲み込み始める僕の様子を見て声の主は若干引いていた。



《あれっ……? 以外と驚かないんですね?》


「まぁ、こういう場面のシミュレーションは何度もしてきたからね」


《なるほど……全く理解できません》


 僕は得意げに腰に両手をあてる。

 すると、少女はもっと驚いてくれといいたげに首をかしげた。

 だが、僕の方が聞きたい事は多いのである。

 

 

「そもそも君はどこの誰なんだ? もしかして、死んだ後とかに出て来て主人公を異世界に行かせる女神的な人?」


《私の名前はシエスタ。この世界にマスターの魂を転移させた女神です。マスターからしたら私は命の恩人ですね。感謝してください》


「それはどうも……ありがとうございます。でも……なんで僕を異世界に?」


 どうして僕が選ばれたのか?

 いや、それとも死んだ人間は皆こんな感じの運命をたどるのだろうか?

 僕はそんな疑問をシエスタにぶつける。

 すると、シエスタは大変だったと言いたげに僕の顔を指差した。



《普通、人間が死ぬと魂を黄泉(よみ)の国へと行かせるのですがマスターの魂はラスボスになりたいという強い怨念(おんねん)のようなものを発してこの世界に流れ着いてしまったんですよ。だから、私が新しく体を作ってあげたんです。ちなみに、出来上がった体はこんな感じです……》


「なんか、すみません。って……身長がだいぶ低くなっているんだけど……?」


 僕はシエスタに差し出された鏡を見てそう言った。

 前世の年齢は高校3年生の18歳だが……この体は10歳ほどの少年である。

 だが、身長などすぐに伸びるし、ラスボスを目指すための時間が増えたと思えば悪くない。

 僕は目の前に映る黒髪紅目の少年を見てそう思った。

 

 

 僕は話が一段落(ひとだんらく)したことで取り合えずここがどこなのかシエスタに尋ねてみることにした。

 すると、シエスタは僕を驚かすように言って聞かせた。



《ここは大迷宮サザンドラ。勇者も恐れる死の迷宮なのです!!》

 

――次回に続く。

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