6.食事
自宅に着くと、凛が怒った様子でこっちに近づいてきた。
「ねえ! 私を置いてかないでよ! 心配したんだから」
そう言って、上目遣いでこちらを見てくる。そんな仕草に、愛らしいと思ってしまった。しかし、
「ごめん、ちょっと大学の入学式に行ってたんだ」
そう説明すると、凛はほっとした様子で言った。
「なんだ、そういうことだったんだね。でも、一言声かけてから行ってよ。私、不安で不安で仕方なかったんだから」
「うん、今度からはそうするよ」
僕は素直に謝った。すると、凛は照れながら言った。
「まあ、別に怒ってるわけじゃないんだけどね。ただちょっと寂しかっただけだから……」
「そっか。でも、心配かけてごめん」
そう言うと、凛は話題を変えた。
「友達、できた?」
期待に満ちた眼差しで、凛は僕を見つめてくる。その視線が痛かったが、素直に答えることにした。
「友達って言えるかは分からないけど……オカルト研究会ってサークルに入ったよ」
「えっ? オカルト研究会?」
その言葉に、凛は興味を持ったような口調で畳み掛けた。
「それって、どんなサークルなの! いつやってる? 幽霊の話とかしてるのかな」
「まあ、そうだね。これを見てもらえればわかりやすいよ」
そう言って、僕は貰ったチラシを凛に向かって渡した。凛はそのチラシを隅々までじっくりと眺め、僕に返した。
「幽霊とかも研究してるんだ。もしかしたら、私のことも見えるのかな?」
「いや、そんな風には見えなかったな。きっと、凛がいても見える人たちじゃないと思う」
「そっかあ、それは残念。あ、でもその人たちとは友達になれたんでしょ?」
「うーん、まだ出会ったばっかりで友達ではないかな」
凛は納得したような様子で頷いた。
「でも、私も会ってみたいな。ほら、大学に行くってやりたいことリストにも書いたし」
そういえばそんなことも書いていた気がする。
「なら、来週の火曜日にでも行く?」
「それはいいかな。やりたいことリストは順番通りやっていくって決めたから」
凛はそう言いながら、次の提案をした。
「明日、花見しようよ。やりたいことリストを進めよう」
その提案に頷いた。幸い明日は特に予定もない。まあ、いつも予定は空いているのだが。
「決まりね。明日は、花見するから今日の内にシートとか買って準備しようよ」
凛はそう言い、軽快に玄関へ駆け出した。外はもうすぐ夕方になるが、スーツを脱いで私服に着替えた。そして、近くのスーパーへと向かうことにした。
スーパーに着くと、凛は人差し指でしーっと唇に手を当てた。つまり、前と同じように声を出さないでということだろう。それを察し、無言を貫く。百均の店へ向かい、シートを探す。すると、凛が手を握って後ろの方を指さした。その行動に少しドキリとしたが、指差す方向にシートがあることが分かり、静かにシートを手に取った。会計を済ませると、耳に声がかかる。
「あと、今日の夕飯、私が作るから。言われた通りのものを買ってきて」
そう言われたので無心に凛の言葉に耳を傾けながら、その言われた通りに商品を買い物カゴの中に入れる。
「明日の分のも買おっか。久しぶりに色んな物食べられるね」
凛はそう言い、嬉しそうな声を漏らした。そんな彼女の声を聞いていると、僕まで嬉しくなる。
「あの弁当がいいかな、うーん、いやでもあれも捨てがたいな。どうしよう」
凛が悩んでいる間に、僕は先に弁当を選んだ。しばし待っていると、彼女はこういった。
「決めた! 今日は、これにする」
そう言って、彼女は弁当を買い物カゴに入れ、レジに並んだ。そして、会計を済ませて店を出る。
「じゃあ、帰ろうか」
その言葉に従って、僕はアパートに戻った。
「今日は、私が料理するから」
彼女は腕まくりをして、僕に言った。そんな彼女がとても愛らしく見えた。
「分かった。でも、僕も何か手伝おうか?」
そう言うと、彼女は首を横に振って断った。
「いいよ、休んでて。あ、そうだ。クッションに座ってテレビでも見てなよ」
そう促されたので、僕は大人しく凛の指示に従った。そして、凛はキッチンに立ち、料理をし始めた。その後ろ姿を見てると、少し不安になる気持ちもあったが、ここで凛を止めるわけにも行かないので、静かにその背中を見守った。
「はい、できたよ」
凛の両手には皿が乗っていた。少し焦げたハンバーグと野菜が盛り付けられた皿と湯気が立っているごはんの皿がある。焦げているのは不安だったが、それ以外は美味しそうな料理だった。
「食べてみて」
と促され、箸を野菜へ近づける。口に運ぶとハンバーグの味が伝わってきた。
「どう?美味しい?」
不安げに訊いて来る凛に、僕は正直な感想を伝えた。
「うん、美味しいよ。でも、ちょっと焦げてるね」
そう言うと、凛は恥ずかしそうに笑った。
「やっぱり? 私、料理って苦手でさ。肉は火を通さないと食中毒になるって聞いたから、ついつい長くしすぎちゃった」
「でも、大丈夫だよ。前よりも上手になってる」
前に比べると、だいぶ上達したように感じた。キャベツはしっかりと千切りにされていて、ハンバーグも焦げはついているものの形も整っている。
そう告げると、凛は照れくさそうに言った。
「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいな」
「そういえば、凛は食べないの?」
僕は、ふと気になった疑問を尋ねた。
「うん、私は幽霊だから食べ物を食べなくてもいいの。前は気になったから私も食べたんだけどね」
そんなことを言わずに食べてほしいとも思ったが、一人分しかなかったので最後までありがたく頂くことにした。
君の幻影に恋をして 上水 @berakaw
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