配慮で足蹴。

渡貫とゐち

無罪かどうかじゃない


 倒れている若い女性がいた。

 通行人が多いが、影があって見えづらい場所だ。

 ただ通り過ぎただけでは、酔っ払いが倒れているくらいにしか思えないだろう。

 近くに交番はなく、駅前だが窓口も遠い。巡回で発見するにはまだ時間がかかりそうだ。



「この人、大丈夫なのかな……?」


 偶然、彼女を発見してしまった男子高校生のふたりが周りを見回す。

 頼れる大人に報告して任せたいところだったが、これまで大人がスルーしてきたところを何度も見ている。頼れる大人に声をかけたいのに、頼れる大人がこの場にいなかった。


「死んでる……?」

「いや、動いてるし生きてると思うぞ。でも寝てるだけ……じゃ、なさそうだよな。脂汗がすごい。やっぱり体調が悪いんじゃないかな」


 倒れている女性は薄着だった。ちょっと動かしたら大きな胸がぼろんと溢れ出てしまうくらいには。

 思春期の男子高校生には、目に毒だった。

 自覚があるのだから周りの人間、もしくは倒れている女性が目を覚ませば、まず疑う。気を失っている女性になにをしたのか、と。

 これからなにをしようとしていたのか? なんて詰め寄られたら、まるでふたりが悪者だ。


 ……なるほど、だから周りの大人はスルーしているのかもしれない。

 見え見えの罠にかかるわけにはいかないと。

 だけど罠でなかったら、見殺しにしていることになるのではないか?


 知り合いでなければ誰がどこで野垂れ死のうが構わないのだろう。全員を救えるわけではない。実際、知っていながらも海外の戦争で亡くなる人たちを日本人は助けようとしていないのだから、距離感の差でしかない。地球の裏側と目の前、他人を見捨てようが、同じことだ。


「……変なことに巻き込まれる前にいこうぜ」

「でもさ、助けるとか助けない以前に、こうして俺たちがこの場にいて、この人を観察してることは周りに見られてるわけじゃん? この人が後々事件に巻き込まれたら、俺たちも重要参考人になるんじゃないか?」


「悪いことなんかしてないんだから、後ろめたいことはないだろ」

「ここで見捨てて逃げることは、悪いことじゃないってか?」


 そう言われると、目の前にいる困っている人を見捨てることは犯罪な気がしてきた。そんなわけがないのだけど。

 理由があって下がるならまだしも、人の命をよりも優先するべき用事があるわけではなかった。強制力はない、とは言え、頬を叩いて意識の有無を確認するくらいはするべきだろうか。


「じゃあ、確認を、」

「おいおいやめとけ。手で触ると後でセクハラとか言われるぞ。この人だっておれたち男に、素手で触られたくないだろうしな」

「手袋をしろってこと?」

「しても、感触が伝わるなら嫌なんじゃないか? 知らんけど。まあ、手で触れるのはやめておいた方がいいな」


 男子高校生ふたりは、悩んだ末に、雑な扱いに見えてしまうが足を使うことにした。

 運動靴は脱がない。たとえば足であっても、胸を突けば柔らかさは伝わってしまう。靴下ではまだ薄いのだから、靴を履く理由があるのだ。

 靴の先で女性の頭を小突く。


「おーい、起きてますかー? 意識はありますかー?」


 手よりは使いづらい足だ。力加減も難しい。軽く小突いたつもりが、強めにこめかみに入ってしまったかもしれない……。でも、仕方ないのだ。


 助けてあげたいけれど、後でセクハラだと言われた場合の、念のための自衛行動がこれなのだから。

 救護活動時、肌に触れられても後でセクハラだと訴えたりしません、という指示書を首から下げておいてくれれば、こんな風に扱うこともないのだけど……。


 これは準備不足の彼女が悪い。

 想像が足らなかったための自業自得だ。


「息してる?」

「……してないかも」


 AEDを使うことを考えたが、さすがに足では使えない。

 しかも服を多少は脱がせないといけないし、どう足掻いてもセクハラになってしまうだろう。


 医療従事者でなければ手を出すべきではない。

 それか、同性か、彼女の親族でなければAEDはあってないようなものだった。


「AEDはダメだ。あんなもん、セクハラでなかったとしても疑われた時点でこっちの人生が終わる。便利な道具だが、使えないんだから……心臓マッサージでなんとかするしかねえよ!」

「心臓マッサージだって、手じゃないとできなくない?」

「足でできるだろ。強い刺激を与えるんだから足の方が実は効率がいいんじゃないか?」


 男子高校生が片足を女性の心臓部分へ乗せる。

 そして、規則的な動きで、ぐっと押し込んで、心臓に刺激を与え続ける。


 女性に大きな変化はなかった。元々呼吸はしていたが、かなり小さなものだったのだ。

 それが……多少は、さっきよりかは息を吸って吐いている気がする。


「いけるかも」

「もっと強く?」

「もっと強く!」


 本人たちは真剣に救護活動中なのだが、外から見れば弱い者いじめの図にしか見えなかった。まるで浜辺で亀をいじめる少年たちのようで……。ただ、彼らを止める浦島太郎が一向に現れないところが昔と今の違いだろうか。


 浦島太郎が善意だとしたら、今の時代で駆け付けてくれるのは、善意0の仕事人間だけだ。


 すると、やっとのこと、通報してくれた人がいたようで、警察官がふたりの背後に現れた。


「君たち、なにをして、」

「よかったっ、おまわりさんがAEDを使ってください!! この人、意識が戻らないんです!」

「……詳しく話を聞こう」



 その後、根掘り葉掘り聞かれた。

 事件性を疑われたのだろう。高校生ふたりが深く関係しているとは警察側も思っているわけではないだろうけど、事情を聞かないわけにもいかない。事件だった場合、貴重な証言となる。


「君たち、だからって足ですることないだろう? セクハラを怖がるのは分かるが……」

「でも訴えられたら……なあ?」

「うんうん」

「訴えられても無罪になるよ。大丈夫、絶対に罪にはならないから」


『訴えられた時点でダメなんだよ』



 手がダメなら足で、足がダメなら――――


 見捨てることもダメなら、新しい方法を模索していくしかない。



 幼稚園児を集めてやらせるか?

 十人いれば高校生ひとり分の労力にはなるだろう。


 多忙な大人を捕まえてお願いするより、子供を集めた方が貴重な経験にもなる。

 社会体験ができて、さらには助かる人もいるなら、一石二鳥なのではないか?




 …了

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配慮で足蹴。 渡貫とゐち @josho

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