3-24 狡兎死して走狗烹らるか?
クワトロは団長室で教官に紙と羽ペンを差し出して
彼女は『本件対象者が一定水準の戦闘技術を有することをここに認定する』と書かれている下に自分の名前をサインすると顔を上げて聞いた。
「あんな化け物をどこで捕まえてきたんですか?」
クワトロは「化け物とは?」と聞き返すも、彼はそれが誰か分かっていた。
「分かってるでしょう? あのレイという男ですよ」
そう言って彼女はソファにどっかりと座った。
不意打ちとは言え、騎士学校を次席で卒業したクルスを倒した男──レイの扱った戦闘技術は彼女の記憶にはなかった。
「彼は軍に居たと言っていましたが──あんな戦闘法は見たことが無い」
「軍の戦闘教官だった君が見たこと無いとは余程珍しいものらしいね」
そう誤魔化したクワトロに教官は大きくため息を吐く。
「ああいう手合は
エンディに続いてレイを危険と判断した彼女にクワトロは尋ねた。
「何をもってそう判断したんだね?」
「似たような兵士を知っているからです。戦場には色々な人間がいたでしょう。怯えて逃亡する者。怯えながらも敵に立ち向かう者。人の影に隠れて生き延びる者……そして人殺しを楽しむ輩──」
「彼がそれだと?」
「いいえ、彼はそのどれにも当てはまりません」
首を振った彼女にクワトロはまた尋ねる。
「それではどういう人物だと思うのだね?」
「私情を一切挟まず、ただひたすらに人を殺す機械のような奴ですよ」
「それは……兵士としては優秀なのではないかね?」
その言葉に彼女はクワトロを睨んだ。
「貴方にこれを語るのは
「確かにそうだね」
「紛争地にいる市民を保護したり、街の整備や秩序を保つ事もあります。ですがああいう人間はそういった事には
クワトロはエンディに聞いたネイヴと対決した時の事を思い出す。確かに彼は怪我を負っている負傷者を無視してネイヴの拘束を優先したのだ。
「何より……軍というものはいわば家族のようなものです。互いに信頼し、協力しないといけない」
そこの出身であるクワトロは彼女の言う事が嫌と言うほど分かった。人を殺すことをただひたすらに追求するために軍にいる異常者。
このような者は一番厄介なのだ。だが使いようもあるとクワトロは思う。
「最近の世の中は
教官は首をかしげて聞いた。
「何のことです?」
「悪人を狩るのに悪人を使う必要があるという事だよ」
そう答えたクワトロの目が本気だとみた彼女はまた大きなため息を吐いた。
「サルス島のグェディゴの話を?」
お返しとばかりに急に話を変えた彼女にクワトロは自分の記憶を探る。
「確か……政府が進めた移住計画の事だったかね? なんでもサルス島への移住のために
「そうです。サルス島は緑豊かな島だったので酪農に向いていたんですよ。ですが家畜を襲う在来種が多かったので、政府はある計画を打ち出したんです」
彼女はそこで区切るとほんの一瞬悔しそうな顔をした。
「在来種を排除するために、
「放たれたのは一匹だけだったのだろう?」
「そうです。ですが効果は抜群でしたよ。半年で在来種は全滅、後は放ったグェディゴを捕まえて殺すだけ──」
クワトロは徐々に記憶が戻ってきた。たしかソドム陸軍も島に放つためのグェディゴを捕獲する作戦に参加していたはずだ──少しづつ記憶を掘り起こすクワトロに教官は続けた。
「ですが
当時は既に軍や政府を離れていたクワトロも、その移住計画の顛末はかなり強くバッシングを受けていたと記憶している。
「結局は二個大隊を派遣して仕留めたのだろう?」
「その通りです。たった一匹の獣に軍隊を派遣したことで陸軍も散々
「──死神かね」
言葉を継いだクワトロに教官は頷いて答えた。
「シンプルですが彼の名をしっかり言い表せていましたね──我々は悪魔と呼んでましたが……つまり何が言いたいかっていうとですね、死神だの悪魔だのに関わりを持てば
クワトロは答えずに目を閉じた。
教官は
「それではこれで失礼しますよ。あの
団長室を出た教官を見送ったクワトロは、遠ざかるクルスの涙声での抗議を聞きながら、机に置かれた紙を見つめ続けた。
殺し屋、異世界にて無双する 〜あるいは異世界からやってきた奴に人生を無茶苦茶にされた件について〜 くわがたやすなり @9wagatayasunari
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