第27話 薔薇の死と再生
レニが消息を絶った、と聞いたのは彼女と会った数日後のことだった。
そのすぐ後に同胞のひとりがまた、消えたという。
何かがおかしいということはルーヴェンも感じ取っていた。ただそれに対処することもかなわず、その日は訪れた。
それは何の変哲もない、いままでとさほど変わることのない一日だった。
霧の多いカラント王国の王都では日が差すことは稀だ。年中くもりか雨、たまに晴れの日がある。陽光を遮る分厚い雲が心地好い曇天は、ルーヴェンにとっては外歩きに適していると言えた。
ルーヴェンには爵位があり、議会に出入りし、紳士として尊敬されていた。人当たりがよくミステリアスな青年は社交界の人気者であり、男女問わず熱心な信奉者がいたものだ。
その中に奴はいた。潜んでいた、と言ってもいい。
仮面をかぶり、偽りの言葉を並べ、ルーヴェンを崇拝している振りをしていたが常に隙を探していた。彼のことは友人だと思っていたが、それはルーヴェンの方だけだったらしい。所詮、人間と【薔薇】の友情など成立しない。
「死ね、化物」
そんな残酷な言葉と共に銀の弾丸が胸に撃ち込まれた。銃口からは硝煙が立ちのぼり、街の霧に紛れていく。
「醜い怪物め」
「貴様の不死を我らが打ち破ってみせよう」
こいつらが、レニを――ほかの同胞たちを襲ったのだとすぐに察しはついた。
だが不意打ちで喰らった銀の弾丸は傷口から身体の自由を奪い、ルーヴェンは磔にされたように地面から動けずにいた。
眷属を呼ぶための
悲鳴を上げる暇もなかった。噴き出した血が、びしゃりと男の黒衣を濡らす。
「我ら刈り取るものが不死を殺してやったぞ!」
快哉を叫んだ男たちはそのままルーヴェンの四肢を切断し眼球を抉りだした。そして、怪物討伐の名のもとに集った者たちで【薔薇】の肉塊を分け合って持ち帰った。
その場には切り分けられた肉のかけらと血だまりが残された。
――もし、彼らの誰かがひとりでも残っていたら奇妙なことが起きていると気づいたに違いなかった。
赤黒い血だまりと肉片がしゅるしゅるとまるでリボンのように巻き取られていき、大きな球体となった。それが徐々に小さくなり形を整えて――一本の、血のように紅い花びらを持つ薔薇の姿を象った。
――その花を拾ったのは少女だった。
花売りの彼女は売り物の菫の花束が入ったバスケットの中に一本の薔薇を混ぜこんだ。他の花売りたちがその高価そうな花に目をつける前に、大通りへと駆けだしていった。
――その花を買ったのは紳士だった。
医師だった彼は、愛する妻のためにその花を持ち帰った。妻は大いに喜んで、ちいさな花瓶にその花を飾った。
「不思議だわ」
窓辺に飾られた薔薇を眺めながら夫に妻は語りかけた。
「この薔薇、いつまでも枯れないのよ」
「不気味じゃないか」
「いいえ、奇跡だわ」
感じ入ったように薔薇に向かって祈りを捧げる妻の姿を見て、夫は薄気味悪いものを感じた。夫には、妻のようにそれが「よきもの」だとは思えなかったのである。しばらくして、妻は原因不明の病で臥せってしまった。医者である自分が診察しても原因はわからないままだった。
夜な夜なうなされる妻を診ながら、夫はひとつの可能性に思い至った。
「この花のせいだと思うんです」
――その花を持ち込まれたのはカラント国教会の神父だった。
憔悴しきった表情の男が持ち込んだのは何の変哲もない一本の薔薇だった。なんでもこの薔薇を持ち帰った日から、男の妻が徐々に弱っていったという。
「これは悪魔の花だ――きっと呪われているんです。永遠に枯れないどころか何度引きちぎっても、燃やしてもまた同じ花瓶のところに活けられている。気味が悪いんです」
教会に預ければきっと大丈夫なはず、と悲痛な面持ちで薔薇を手渡し、男は逃げるように去っていった。また手元に薔薇が戻ってくることを恐れているのか、何度も神父の手の中に薔薇があることを確かめるように振り返っていた。
神父は聖なる言葉を唱え、聖なる水をその花にかけたが何も変化はなかった。魔性が宿っているのであれば悲鳴を上げてその姿を前に現すに違いないからだ。
辛抱強く観察を続けたが、見たところただの花にすぎなかった。だが実際に教会に持ち込んだ男が言うように朽ちることなく、美しく咲き続けていた。
それを次第に神父は神の奇跡ではないか、と思うようになった。
花を神から賜ったものとして祈りを捧げるようになった神父を周囲は奇異なモノとして扱うようになったが、気にするようすもなく丁重に扱い続けていた。
やがて祈りが通じたのか――ある曇りの日に「奇跡」は起こった。
――その■■を受け取ったのは、国立博物館の館長だった。
館長は国の中枢を担う上級貴族から渡されたものを前に困惑した。預かってくれ、と言われたそれは到底自分たちに取り扱えるようなものではなかった。その美しい■■は長いあいだ、収蔵庫の中に保管され続けていたが当時の館長の何代かあとの館長のときに、日の目を見ることになったのだ。
この世で最も美しい屍体として。
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