第25話 ルーヴェンの探しモノ

「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかしら」


 がたたん、と揺れる列車の中で向かい合った男にエレナは言った。カーライルは手遊てすさびに林檎を宙に投げていてエレナの話に耳を傾けているのかどうか定かではない。それでも問い詰めなければならない頃合いではあった。


 港湾都市セイシャを発って数日、カーライルははぐらかしてばかりでエレナの相手をろくにしようとはしなかった。宿を早急に引き払うと、真っ先に向かったセイシャ北部にある駅から列車に乗り、いままさに次の目的地までの移動中だ。その間、ほとんど会話はなく、何か尋ねようにも「いま忙しいからあとでなー」とゆるくかわされ続けていた。


「んー、何のことやら、わからないなっ、と。あっ――⁉」


 椅子から立ち上がって放り投げられた林檎を空中で掴んで奪い、エレナはがぶりと歯を立てた。じわりと染み出た果汁をすすり齧り取ったひとかけの果肉を飲み込む。駅の売店でなんとなく買ったにしては新鮮で瑞々しい林檎だ。美味しい。むしゃむしゃ咀嚼する音を客車内に響かせていると、カーライルがふきだした。


「……何よ」

「いやはや、思っていたより君はたくましいなと思ってね」


 言いながらカーライルは肩を竦める。もとよりなめられているとは思っていたが、ひとまず相手にする気にはなったらしかった。好都合ではあるがなんとなく釈然としない。

 で、と腕を組んでカーライルはエレナを見遣る。


「いっそ何が知りたいのかはっきり言えばいいだろう? 曖昧に、此方が口を滑らせるのを待つよりかはずっと建設的だぞ。君の聞きたいことはなんだ。否、むしろこう言った方が良いか――何から聞きたい?」


 カーライルは煙草に火をつけようとして、胸ポケットに戻した。


「そうね……その通りだわ」


 がたたん、と揺れる車内は過去の記憶を呼び覚ます。ごおお、と風を切り、エレナを載せて進んでいく。

 そういえばカーライルと初めて会ったのも列車の客室だった。

 あのときも風変わりな男だと思いはしたが、いまもその印象は強くなる一方だ。何を考えているのか皆目見当がつかない。

 血の色をした眸をじっと見ていると、かすかにカーライルが唇をゆがめた。白銀の髪に紅玉の眼という美しさ以上に禍々しさすら感じさせる容姿だが、不思議と彼にはよく似合っている。思わず見惚れそうになるほどに。


「……ねえ、ルーヴェンはどうしてオークション会場に現れたの?」


 カーライルは何も答えずにエレナを見ていた。


「あの子は、ルーヴェンが理由もなくあんなひどいことをするとは思えないわ。きっとそれほどの何かがあって動いているはずよ――それを、私たちが追いかけているのよね」


 指が食い込みそうなほど強く、手の中の林檎を握りしめた。


「だったら、いったいルーヴェンは何をしようとしているの? 何を……探しているの」


 頭に思い浮かべたのは、オークション会場で目にした空色の二対の宝石だった。

 薄暗い照明の下でも鮮烈な輝きを放っていたそれ――「吸血鬼の眼球」。


 あれが探し物の正体だとしたら、ルーヴェンは。


 エレナが尋ねると、カーライルは静かに息を吐いた。

 すっと横を通り過ぎていった車掌を見遣り、周囲に誰もいないことを確かめてからカーライルは口を開いた。


「――自分の肉片カラダだよ」


 それを聞いた瞬間、冷ややかな指で首を掴まれたような心地がした。すぱっとそのまま刎ねられたような錯覚すらおぼえる。

 指から力が抜けて、するりと林檎が床に落ちた。転がったそれをカーライルが手に取り、軽く埃を払うとそのままかぶりついた。


「【薔薇】は不死の肉体を持つと言われている――たとえ身体をバラバラに引きちぎられても、たったひとつの肉片から再生するんだ」

「……っ!」


 びくっと身を竦ませたエレナに気付いているだろうに、カーライルはなんてことないような顔をして続けた。


「あの【薔薇】は身体を引き裂かれ、眼球を抉り取られたんだよ」


 もうひとくち、カーライルは林檎に齧りつく。


「カラント国立博物館にアレがいたときはまだ身体が完全に修復しきっていなかったんだろう。外見はアレでも中身はボロボロだったのかもしれない。眠る【薔薇】を『美しい屍体』だなんだってどこぞの阿呆が見世物にしたんだ。まさか不死の化物だなんて思いもしなかっただろうがな」

「嘘、そんな――わたし……」


 綺麗だ、と素直に見入っていた自分を思うと途端に血の気が引いた。

 ルーヴェンは硝子ケースの中でずっと苦しんでいたかもしれないのに。身体の震えが止まらなくなったエレナにカーライルは憐れむような視線を向けた。


「【薔薇】には賞賛や感嘆、時には恐怖――あらゆる人間の感情が養分になる」

「えっ……?」

「あいつも、君の気持ちを受け取っていたはずだ。その結果、お嬢さんに執着することになったんだろう――エレナ、君があの【薔薇】を生かしたんだ。だからそんな顔をするんじゃない」


 顔を覆ったまま何も言えなくなったエレナに、それ以上カーライルは声をかけることはなかった。

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