第22話 いざオークション会場へ
変死事件の数日後、倉庫街の一角に或る豪奢なホールにてとある催し物が行われていた。参加者には事前に送付された招待状が必須で、ドレスコードもある。参加者は皆、仮面を身に着けいくら知人とはいえ知らぬふりをするのが礼儀だ。
「こんばんは」
一組の男女が会場であるホールの入り口に立ち、招待状を手渡している。案内人の男はちら、と視線を向ける。ひとりはシルクハットにフロックコートという一般的な紳士にふさわしい姿の男――仮面のせいで表情はよくわからないが上背が高く、髪は月明りにきらめく雪のように眩い銀髪だった。
もうひとりの女は緊張しているらしく、男の腕に掴まっているのがやっとというように見える。すらりとしていてスタイルはよく、一見すると派手に見える深紅のドレスが女の白い肌によく似合った。
「エドウィン夫妻ですね、どうぞ中へ。ようこそいらっしゃいました」
招待状に記載された名前を読み上げ、中へと促す。中に立っていた男がエドウィン夫妻を赤の絨毯が敷かれたロビーから、招待客が集うドーム状の一室へと連れていく。それを見送りながら、並んでいた次の客に案内人の男は笑顔を浮かべ「こんばんは。招待状を拝見出来ますか」と声をかけた。
「はあ……緊張した。変に怪しまれなくてよかったわね」
エレナがふう、と息を吐きだすとカーライルは呆れたように肩を竦めた。
「あの案内人たぶん気づいてたぞ」
「えっ……じゃあなんで通してくれたわけ」
愕然とするエレナに、カーライルは声を潜めて答える。
「オークションに参加するために招待状を偽造する奴なんざざらにいるはずだ。いちいち確認しているのも手間だからな、怪しくても通せって言われてるんだろうさ。大っぴらに認めちゃいないだけで、このオークションはセイシャの警察だって見てみぬふりなんだし」
「そんな! 変なやつを侵入させて、何かあったらどうするのよ!」
他人事ながらに心配になってしまう。このオークションは希少な輸入品――禁輸品を含めた取り扱いだと聞いている。落札される前に盗難に遭ったらどうするのだろうと、考えていたときだった。
「おいいきなりなにすんだてめぇ!」
「お客様、此方へお願いします」
ひとりの男が、複数人の屈強な係員らしき男たちに囲まれてオークション会場から外へと連れて行かれそうになっていた。あらら、と他人事のようにカーライルは嗤っている。
「あれ、俺たちより三組前に会場に入った奴だよ。何やらかしちゃったのかなー、展示品を偽物とすり替えようとしたってところかな。見たところ」
「……ひえ」
廊下に出て人目がなくなった途端、係員が男の腹を思いっきり殴りつけているところをエレナは目撃してしまった。やはり危険なところのようだ――談笑する人々のようすからはそのような不穏な気配は微塵も感じられないのだけれど。
「得てして明るいところほど、その背後にある場所は薄汚れていたり悪臭が漂っていたりするものさ」
背筋がぞくっと寒くなるようなことを言わないでほしい。じろりと睨んで抗議しても素知らぬ顔でカーライルは会場内をきょろきょろ見回していた。
「どうする? 俺たちも展示品でも見てこようか。うっかりすると、怖いお兄さんたちに連行されてしまうかもだけれど」
「だから嫌なこと言わないで、ってば!」
渋るエレナの腕を引っ張って、カーライルは硝子匣に入れられた宝石らしきもののところへ向かった。そこに安置されていたのは緑色の石がいくつも嵌められたティアラで、最低入札価格が書かれたプレートがそっと添えられていた。
「……こんなに、するのね」
若干どころかかなり引いてしまう。メイドの給金では百年かけたところで手が出そうにもない。
「なに、相場からしたら安いものだ。なにしろこのティアラは某国の国宝級の逸品だし」
「どうしてそんなモノがこんなところにあるの⁉」
危うく叫びそうになったがカーライルにだけ聞こえる程度の小声にとどめることが出来た。思わず掴んだ腕に爪を立てると「いたたたた」とわざとらしく痛がってみせたのが腹が立つ。
「そりゃ、禁輸品……の中には出所がはっきりしないモノもあるんだろうね」
「ソレって盗品ってこと?」
この仮面舞踏会さながらの会合が、闇オークションと言われる所以がわかるというものだ。わざわざ仮面とパーティー用のドレスを購入してまで参加したわけだが、早くも来るんじゃなかったという気持ちがどっと押し寄せてきた。正直に言わせてもらえればすぐにでも此処を出たい。帰りたい。
「まあまあ、落ち着いて。君の大事なルーヴェンももしかしたらこの会場にいるかもしれないんだし」
「それは、そうなんだけど……」
さりげなくエレナの肩を抱いてカーライルは整然と並べられた椅子へと案内した。参加者が座って、壇上の品を見ながら入札の指示を出すための座席である。
「まあ、俺たちは入札するつもりはさらさらないけれど、どんな品物が出てくるのか。見物させてもらおうじゃないか」
「そんな気楽でいいの?」
カーライルの呑気な態度にエレナは始まる前からどっと疲れたような気がしたのだった。
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