第21話 【薔薇】の眷属

『セイシャ港倉庫街で二人死亡』


 セイシャのメインストリートで購入したばかりの新聞の見出しを眺めながら、カーライルは渋面を作った。その傍らに立っていたエレナもつい気になって広げられた紙面を覗き込む。エレナも観光船から眺めたセイシャ港の倉庫が立ち並ぶエリアで、警備にあたっていた男性が不審死を遂げたという気味の悪い内容だった。渋面になる理由も知れようというところではあるのだが。


「……十中八九、【薔薇】の仕業だな」

「えっ、ルーヴェンがこの件に関係しているってことなの?」


 思いがけない呟きにエレナが反応する。カーライルの腕を掴んでしがみつき、二度と離さないというような勢いで尋ねると、やれやれと嘆息した。


 いまエレナたちがいるセイシャ都市部の広場からは、市内を南北に流れる川へと架かる真っ赤な橋がよく見える。このアリル川がそのままエダム海へと流れ込んでいくこともあり、この特徴的な赤い橋はセイシャの観光名所ともなっていた。

 まあ落ち着け、と言いながらカーライルはエレナをベンチに座らせた。


「まったく、あの【薔薇】のこととなると君は目の色を変えるな」

「当たり前でしょう! わたしはルーヴェンを探すために、あなたについてきたんだから」

「それはそうなんだが」


 カーライルはエレナの隣に腰を下ろすと、ぼんやりと橋を眺める。その視線を追うように目を向ければ、橋の上で立ち止まり川の流れを目で追いかける観光客らしき姿がある。まさかその中にルーヴェンがいるのでは、と思ったがそういうわけではないらしい。がっくりと肩を落としたエレナを見て、カーライルは苦笑した。


「俺はこの新聞に載った二人の哀れな被害者をったのは【薔薇】だろう、と言ったんだ。ただし必ずしも、君の『ルーヴェン』によるものとは限らない」

「え……っと、【薔薇】っていうのはルーヴェンのことではないの?」


 ああ、とカーライルは頷く。餌を求めて足元に寄って来た鳩を追い払いながら声を低めて言った。


「あの小僧、ルーヴェンは紛れもなく【薔薇】らしいが、他にも【薔薇】と呼ばれる存在はいる」

「……仲間、ということ?」


 まあな、と思案するようにカーライルは自らの顎を撫でる。


「それに【薔薇】は眷属を増やすんだ」

「……眷、属」


 聞きなれない言葉を頭が受け付けない。ただ繰り返したエレナにカーライルが説明をしてくれる。眷属とは、【薔薇】のいわば子株のようなものなのだ、と。


「株を分けるように、自らの血を分け与えたもの――多くは小動物だが、そいつらを支配下に置く。この眷属のことも【薔薇】と呼ぶが、能力差は著しい。元株である【薔薇】が百であれば一程度の力しか持たないんだ」


 カーライルは手ぶりで、【薔薇】から生まれる眷属について説明する。大きな存在である【薔薇】を右手で、そこから分かたれた小さな眷属を左手で。主従の関係にあるそれらもすべて【薔薇】であると……エレナはなんとなく理解したような気がした。


「それに眷属は眷属を生み出せないから、【薔薇】が命じさえすれば自壊する」


 カーライルの右手が左手を捉え強く握りしめる。それを見た瞬間ぎくりとした。

 ぱっと手を放して、何事もなかったかのようにカーライルは再び新聞を取って眺めた。


「倉庫街の周辺を見て回っていた警備員が、倉庫の中で惨殺体で発見された。なんでも物音がしたとかなんとかで、中に入っちまったのが運の尽き、ってやつだな。おそらくこいつらを殺したのは眷属の方だろう。野犬にでも襲われたように食い散らかされていたっていうし」


 エレナは目を伏せ、静かに息を吐いた。

 ルーヴェンが、眷属を使って彼らを殺したということなのだろうか。それは自分の知っている「ルーヴェン」ではない。エレナを姉のように慕って、甘えてくれたあの少年ではない。


 でもその可愛らしくてエレナに優しい「ルーヴェン」の幻想を見ていられたのはいつまでだっただろう。


 ルーヴェンはエレナの首筋に牙を突き立て、血を求めた。それが【薔薇】のさがなのだ。そしてそんなルーヴェンでもエレナは受け容れ――愛した。まさかルーヴェンがひとを殺すなんて、そう思うと同時にああやはりそうなのか、と納得している自分もいる。


「眷属がったということは、【薔薇】がその場にいたということだろう」


 カーライルの言葉にハッとする。ルーヴェンは何をしに倉庫街に向かったのだろう。そしてそこで何を見つけたというのか。


「闇オークションの話をしたことを覚えているか?」

「ええ」

「おそらく、【薔薇】が忍び込んだのはそれに出品される予定の品物が保管されていた場所だ――紛失したとかいう話が出ていないのは、あまり大っぴらに出来ないような品物だからか、もしくは」


 それきり言葉がふつりと途絶えた。カーライルが黙考しているあいだに、エレナは心臓がどくどくと高鳴るのを感じていた。一歩ずつではあるがルーヴェンに近づいている、その予感はおそらく外れないだろうから。

 でも、ルーヴェンと顔を合わせたとき自分はどうしたいのか。そこまでの考えがエレナにはないことに気付いてもいた。彼の名前を呼んで、抱きしめて、会いたかったと伝えて、それから。


 ――また、血を与えるの?


 頭の中から響いた己の声は聞かなかったことにしてエレナは膝の上で両手を組んで握り合わせた。

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