熱を持つ××

「ああ、いいよ。」


頭の中でさっき氷室君の台詞を反芻する。


意味を咀嚼そしゃくして嚥下えんげするまでに結構な時間がかかってしまった。


はくはくと動かした口から漏れ出すのは赤子の喃語なんごのようなソレで。


意味を理解した瞬間、ぽぽぽっと顔が火照ほてる。


「あ、ありがとうございます!」


自分で言うのも何だが、足の速さには自信がある。


これでも引退試合を終えた陸上部だぞ。


理玖と出会ったのもこの部活だ。


意外だよね、あんな根暗のもやしが陸上部って。


しかもまぁまぁ速いのがさらに腹立たしい。


閑話休題かんわきゅうだい


現在進行形で走っている訳だが。


君の前で恥をさらすワケには行かないので、いつもより心做こころなしか振る腕に力が入る。


体も軽い様な気がする。


もうゴールは目の前、ちらと氷室君を見遣みやると目が合う。


刹那せつなおそってくる浮遊感。


何が起こったか理解する前に、鋭い痛みが走った。


けた?


患部かんぶを見ると想像以上に痛々しい光景が目に飛び込む。


経験したことある人も多いのではないか。


りむいて、グラウンドの砂が付着しているアレだ。


見ているだけでSAN値ピンチだよね。


何てふざけているから無事に見えるかもしれないが、ご存知の通り結構痛いのだこれ。


しばらく動けずにいると、氷室君がこちらに近づいてくる。


気づけば私は口走っていた。


「すす、すいませんッ!」


わざわざ見ててくれたのに、迷惑かけてばっかりじゃん私。


そう考えると悔しくて情けなくて、じわっと涙がにじんだ。


「ア?何が。ンなことよりさっさと保健室行くよ。」


それもそうだ。でも…


「それだと氷室君、走れないじゃないですか。」


いつもなら、君が話しかけてくれた!と大喜びするだろう。


しかし、今の私にそんな余裕はない。


痛みのお陰と言うべきか、所為せいと言うか、熱で浮かされた頭はクリアだ。


「俺は良いんだよ。」


これがの言っていたヒムロワールドか。


軽く微笑ほほえんで立ち上がろうとした。


そう、立ちあがろうとしたのだ。


ズキズキした痛みが足に走り、うまく立ち上がれない。


どっかひねったかもしれない。


背中を冷や汗が伝う。


一瞬の出来事だった。


氷室くんは一つ溜息ためいきくと、私を背負った。


…ワタシヲセオッタ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君が振り向くn秒前 あるかろいど有機 @SSR_dayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画