話の進め方変える
きっとあなたは
「「大丈夫。きっとあなたはこれから生きていける」」
雨が降った後の空気の質感に馴染んだ体から落ちた言葉は誰かに被せられた。
見ると一つとなりの公園のベンチに、一本の薄暗い街灯の明かりに照らされた老紳士が座っていた。雨水に交ざった、穏やかに腐った臭いがした。
「どうでしたか」
どうでしたかとは本の感想だろうか、それとも最後の一文を呟くのを見計らってかぶせた自分への感想だろうか。
「本の感想ですよ。どうでしたか」
「すっごく面白かったです」
ある日自分に心がないと自覚した少年が、心を求めた話。生物としてではなく人間にしかない本能を越えた心を見つけた。
「主人公の心の中に寂しさしかない所というか、それを知って絶望しているシーンあったじゃないですか。あそこが一番好きです」
周りにずっと甘えたまま生きて拒否され始めた小学生の頃の淋しさ心の奥底にあった。見つけた人らしい心。これを満たせばいいと動いた主人公は、自分を偽り集団に溶け込み、友達や彼女を作っていった。溢れる笑顔に正しさを覚えた。
「でも」
言うべきか。
「心の奥底にあった心が、本能に
「そうです」
心の奥底にあった不安が表に立ち、否定を欲した告白に投げかけられた肯定。思い込みが崩壊し、心の表も裏も本能もそれを越えたものも分からなくなった。そんなときにふざけた言葉がかけられる。
「大丈夫、きっとあなたはこれから生きていける」
国語の教科書の作者の一番最後のまとめがあまりにもバカげたものだった時ほど意味が解らなかった。でもそれをまともに考えるなら
「心に本能もそれを超えたものもない。それを痛感した今ならきっと受け入れることができる。それならばこれから本当に生きていくことができると言うことですね」
そう、そうだ。
「大丈夫、あなたはきっとこれから生きていける」
「そう、大丈夫、あなたはきっとこれから生きていける」
「そうでしょうか」
主人公がそれを信じる証拠が足りない。
「きっと、少年も疲れたんですよ」
そう言ったのち、突然気づいたように老紳士はこういった。
「そういえば、この暗さの中で本に書いてある文字は読めるのですか?」
「狂った少年に掛けた最後の一言を言った人は誰なんでしょうか」
「あなたはここがどこだかわかりますか?」
あぁ、ずいぶんと都合がいいと思っていた。
夢か。
根津十太の葛藤 ぼちゃかちゃ @55312009G
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