微睡みの中、さざ波の音が聞こえ詩乃は目を覚ました。


「そうだ、昨日から夏合宿だった…!」


昨日から部員の強化月間として開始された夏合宿。宿泊場所は毎年恒例の埋立地にある綺麗なホテルだ。周囲には草木が生い茂っており、自然が豊かなところもポイントが高い。カーテンを開ければ朝日が射し込み、とても眩しい。携帯で時間を確認すると既に起床時刻が迫っていた。


「みんな起きて〜!」


同室の後輩たちを起こしつつ、自身も朝練の身支度を整える。眠さと格闘しながら後輩たちが身支度をしているのを見ていると、トップの立ち位置に立っているという思いから詩乃は非常に感慨深い気持ちになる。また、先程開けたカーテンの隙間から射し込む日光に目を瞬く後輩達を見ていると自然と庇護欲が掻き立てられる。

その上それぞれの朝の習慣や癖なども見ることができるのも面白いのはここだけの秘密だ。

後輩たちがそれぞれ身支度を整えるのを見ながら詩乃は部屋を見渡す。部屋の隅を見れば、布団が無造作に畳まれている。布団の主の姿は見当たらないが、部屋の外にでもいるはずだ。部屋のドアを開け、廊下を見渡すと顧問の海野と那由多が立ち話をしていた。


「先生おはようございます〜!間、起きてたなら起こしてよ」

「城ヶ崎さんおはよう」

「時間前に起こすのはアレかなって…あの、それで先生」

「それはまた後でおいおい。ほら、もう朝だからね。シャキッと行こう」


詩乃への弁解もそこそこに那由多は海野に目を向ける。その雰囲気は朝の清々しいそれに対して少し重く、その声はどこか不安気だ。それに加え、彼女が羽織っているラッシュガードの色も暗い色なのも相まって雰囲気の重さもひとしおだ。そんな物々しい雰囲気をよそに海野は那由多の話を遮り詩乃に笑いかける。


「何の話してたんですか?」

「ここの夏は暑いよねって。城ヶ崎さんも水分補給はしっかりね」


窓ガラス越しに海野の背後から差す日光がきらきらと反射する。その光は海野の爽やかな笑みと非常に相性が良い。


「は、はい…!」


その地由来の暑さか、それとはまた別の何か故の何かか。詩乃は頬が熱くなるのを感じた。


「暑いなあ」

「あのね、光の吸収って知ってる?暗い色は光を吸収しやすいんだよ?中学の理科の授業聞いてた?」

「でもこの気温やっぱり異常じゃない?詩乃大丈夫?詩乃?」

「あっ、ううん、大丈夫…!ちょっと眠くて…」


気がつけば星螺と陽葵が身支度を整えて傍で待機していた。


「そろそろ朝練しようよ、もう下の子には外で準備してもらってるからいつでもできるよ」

「ありがとう!今行く〜!」


相変わらずの星螺は準備万端さに詩乃は内心感心する。自身がしっかり出来ていない分、副部長の星螺が頑張ってくれている点には負い目を感じざるを得ないが、それでも部活という期間限定のひとときが非常に楽しい、と城ヶ崎詩乃は最近よく思う。先代では方針がスパルタだったため実質休部という姿勢を取った部員もいる。それ故に自身の代では皆が楽しめる部活を運営していきたい__それが部長である彼女が掲げている方針だ。


「間、行くよ」

「はいはい」


振り向くと那由多の腕を掴んでこちらに歩いてくる陽葵が見える。この二人は中学の頃からの付き合いだ。初めは那由多の方から話しかけたらしく、そこから意気投合したそうだ。部内では仲良し二人組として認知されており、昨年度も部活に来なかった那由多を責めることなく待ち続けた陽葵の話は後輩たちが好きな先輩を挙げる際に出るエピソードの一つである。現に今もこうして引っ張る側とそれに続く側としての構図が完成されている。

宿舎の外に出ると後輩たちが頭を下げて詩乃達を出迎える。後輩らを学年ごとに整列させ、ラジオ体操の音源を流しながら彼女らの準備運動を見守る。隣を見れば陽葵と那由多が隣同士で座っている。


(ニコイチ、って言うんだよね…?羨ましいなあ…)


自身に友人がいないわけではない。しかしながら、“誰かとペアである“と言う周囲からの認知がない。その認知がなくて何か困るわけではないが、そのペアの概念には何か特別なものがある…と詩乃は考えている。


(もう二年前かあ、)


詩乃の脳裏に二年前の文化祭の記憶が過ぎる。


(ペアでダンス、したなあ)


相手の手を握り、伝わる熱と緊張からくる汗ばんだ手の感触。軽快なBGMにも関わらず、舞台のスポットライトに照らされて見えるのは楽しげな音楽のイメージと酷くかけ離れた相方の必死な顔。その後もペアの彼女は必死に間違えまいと詩乃自身の動きを必死に目で追いかけていて。それがとても直向きかついじらしくて。


「またダンス…したいな」


詩乃の誰に言うわけでもない願望はラジオ体操の緩やかな音楽にかき消され、真夏の熱気に溶けて消えた。

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