真夏の道しるべ
七月後半。桐ヶ峰女子演劇部では既に文化祭での演目が発表され、オーディションも滞りなく終了した。月末からは海沿いの宿舎にて強化合宿を行う。また、食事も朝昼晩ビュッフェスタイルのため、部員のテンションも爆上がり間違いなしだ。
学校付近のカフェ。開店直後かつ平日ということもあってか、店内はガラガラに空いている。今日は夏合宿の前日であり、最終的なプランの打ち合わせとして星螺が学校
付近のカフェに残りの三人を呼び集めたのだった。
「合宿どうする?」
星螺は周囲の三人に声をかける。
「星螺、パンケーキ頼んでいいかな!?期間限定ふわふわパンケーキ!」
「演技よりまず歌を強化した方が…」
「ガムシロ七個ください」
今日も全員通常運転だ。カフェメニューに興味津々な詩乃も、部活に全力投球の陽葵も。何よりガムシロップを大量に頼むという寄行に走り店員をドン引きさせる那由多も充分気持ち悪く、良くも悪くも全員いつも通りだ。
「何か意見のある人いる?」
「取り敢えずまずは部員同士で仲良くなって欲しいなって思う。新入生の子達もまだよく部活のシステムわかってないと思うし…」
話題を切り出した星螺に詩乃が積極的に意見をぶつける。
「確かにね…。うちらもあんまり新入部員のこと分かってないかもしれないよね」
それに深々と頷きながら陽葵が同意する。確かに今年度の入学生は十五人と非常に多く、部室が人でいっぱいになってしまったことを星螺は思い出した。それ故に彼女ら個人個人に割ける時間は反比例して少なくなっていくのは必然だ。
「あと歌唱力も強化したい。このままじゃ宝永に勝てない…もっとハリのある声とかメリハリをつけた方がいいなって思う」
「あとはやっぱり演技力じゃない?あとダンスがなあ…まあそこは私が見るとして」
「私もやる!みんなのダンス見たい!」
詩乃の発言を皮切りに各々意見をぶつけ合う。思い思いの発言が飛び交う中、星螺は夏休みの有意義性をしみじみと噛み締める。高校二年の夏。大好きな部活を全力でやり切るという幸せな時間。
「お待たせしました、期間限定ふわふわパンケーキです」
「量凄…詩乃全部食べられる?」
「うん!」
パンケーキを前にして感激する詩乃を見ながら星螺は夏合宿のしおりに目を通す。表紙は詩乃がデザインしており、細やかな模様がとても可愛らしい。表紙を捲れば自分達トップと新任顧問海野のコメントが寄せられている。結局四月の会議以降那由多が来ることはほぼなかった。
(夏合宿のコメントが無いのは流石に沽券に関わるとかだっけな)
確か顧問の海野がわざわざ那由多を探し出してコメントをせがみ、結局折れた那由多が嫌々ながらコメントを書いたという話を詩乃が言っていたような。あれはつい一ヶ月前、部活が無い日だった。
「やっぱり行かないとダメですかね、親からの圧も強くて…先生、自分と戦ってくれませんか…尊厳をかけて…」
「尊厳って大袈裟な…強制、は出来ないけど…行った方が後々に楽かと。きっと親御さんもそれを見越してじゃないかな?」
「じゃあ行きます、楽になるなら…お願いします」
確かそんなことを話していた気がする。
(きっと親も間みたいな奴を見ていられなくなったとすれば当然か…そうだ、合宿中には間もしっかりしてもらわないと)
「間__、」
思い立って顔をあげ、向かいの席の那由多に声をかける。しかし、目の前にあるのは空席だった。
「間は?」
「コーヒー代置いて帰った」
携帯を見ながら陽葵が返事をする。
「なんか予備校の夏期講習あるらしいよ。まあ帰るための理由づけだと思うけどね」
「それでも合宿に来るだけのやる気があるなら嘘ではな_」
「だとしても」
陽葵の言葉に詩乃が反論するも、その声は星螺に遮られる。
現状、間那由多の長期の擬似休部状態が部に大きな影響を与えているというわけではないが、那由多に続き習い事や予備校を優先し休みがちになる部員が少しずつ増えているのも無視できない。
「星螺、やっぱりまずくない?」
「うん」
不意に陽葵に話しかけられる。しかし、その後の言葉は何故か予想できた。
「うちらでさ、演劇部建て直そうよ」
「建て直す…?より良い感じになるなら賛成!最後はみんなで大団円にしたいよね」
「詩乃、うちら頑張るから」
詩乃が満面の笑みで賛成、と頷く。ならばこの後の方針は決まった。
「陽葵、頑張ろうね」
「分かってる」
外を見ると空が橙色に染まっている。これから忙しくなりそうだ。翌日の夏合宿に星螺は胸を躍らせつつ、今後の展望に気を引き締めた。
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