クイア・ディアスポラ

５）

誰からも嫌われて　土地を追い払われて

精神病院に入れられるくらい親身な人はいないのだからむしろ冷遇される

あなたはいないことにされている

つまはじき者のあなた　世捨て人のあなた　

誰にも施しをもらえない　優しくしてくれない

「どうすれば俺は戻ることができるだろうか」

早く日本に帰ってこい、とわたしは強く云った

いやだ、とあなたははっきり即答した

あなたは　日本にいるわたしを拒絶したのだ

最悪な結末を贈ってあげる　白人男性相手に売春する残酷な未来を贈ってあげる

トラウマの上のトラウマ　いつまでも心の生傷が絶えないようね

食べてゆくため毎夜父親たちに貫通される　それはウロボロスに近い人生

父親に食われていた昏い過去　いまは自分で自分を食っている

家を出ていくあなたの最終的な着地点は　父親ばかりが求めに来る売春宿だった

悪夢を見るから眠れなくて夜道を歩く　カナダの夜は夏でも肌寒い

つま先を見るあなたはみじめだと思い　空を見上げる

剃刀のようになった月が冴えて美しい

靴の底が抜けて履けなくなったが　靴を買う金がない

ホームレス仲間が使い古しの靴をゴミのなかから探してくれる

あなたはありがとうとは言わない　一貫した捻れかただ

教授のとき　院生や学生をあごで使った名残りがあるからだ

ホームレス仲間が　またひとり去ってゆく

日本を棄てたあなた　

あなたを棄てた日本

あなたを追い出したカナダ

カナダにしがみつくあなた　もうどこにも行けない　逃げたいのに逃亡できない

あなたを見捨てた同職の仲間たち

誰も助けてくれない　誰も助けようとはしない

日本もカナダも　見て見ぬふり

ゆっくり狂い死にしてゆくあなた

ガリガリ中年の貧相な　オトコオンナのあなた　

どう見ても乞食　どう見ても貧民　あるいは難民

そうだ　あなたは難民になりたいんだった

魂は　いま　幻想の海に飲み込まれ　溺れるように見える

あなたは悪くない

あなたは悪くない

わたしは

あなたが死ぬまで見届けるつもり