ブラックオパール

@wlm6223

ブラックオパール

 世の中、有象無象だらけだ。

 無知な正直者もいれば狡猾な嘘つきも多い。

 私も仕事上、多くの詐欺師と思われる人物と関わってきた。

 私の仕事は宝石類の鑑定士だ。宝石の街・御徒町の中古の装飾品を手がける店に二十年勤務している。

 客が持ち込んだ宝飾類の鑑定をし、その価値を決めて鑑定書を発行する。

 その鑑定書は一応の社会的信頼を担保するものだから、こちらも真剣勝負だし相手も納得いくまでなかなか首肯しない。

 というか、世の中には欲をかきすぎる人間がごまんといて、「鑑定額が安すぎる」という御仁のほうがむしろ多い。

「二百万で買ったんだ」

「最低でも一千万はくだらない」

 等々。それならその希望の査定額を出すところへ持って行ってくれ、と言いたいところだが、「当店ではこれが限界です」と言って笑って済ませる事が多い。中には平気で模造ダイヤモンドを査定に持ってくる者もいる。馬鹿なのか正直ものなのか判断がつかない。

 こちらも商売なので盗難品を持ち込まれて警察へ連絡した事も一度や二度じゃない。

 実際の査定は、お客様が店内に入った時から始まっている。

 どのような身なりか、挙動に不審はないか、目線はどこへ送っているか……そのお客様は全てにおいて合格点だった。スーツ姿が板に付いた四十がらみの短髪の男だ。

「あの、祖母の遺品の指輪なんですが、見てもらえないでしょうか」

「ええ、もちろんうかがいます。ま、そちらの席にお座りになってください」

 私はその客を接客席に促した。

 私は早速その指輪の鑑定をした。

 こうして客前で鑑定するのは、その商品をすり替えたり傷つけたりといった事がない事を明かにするためである。

 その商品はブラックオパールだった。

 私は早速台座からオパールを取り出して鑑定に写った。

 色もかなり濃く、鮮やかな遊色が入り交じっていた。当然、天然石だった。形も悪くない。重量は量ると5.05ctもある。これは大した出物だ。

「少々お待ちいただけますか」

 客は頷いた。

 私は至急店長を呼んだ。

 近年なかなかに見ない逸材だ。それを確認してもらうために店長にも鑑定してもらった。店長は頷き、

「こちらですが四十万円で買い取らさせていただきます」

「えっ⁉ それだけですか……」

「これが私どもの精一杯の額であり、相場でもあります」

「……そうですか……ちょっと他の店へも当たってみていいですか」

「ええ。もちろん。もし当店の査定額が一番高ければまたおいでください」

「……それじゃあ、一旦失礼します」

 こういった金額の多寡を気にする客は、特に百万円以下のものを持ち込む客は、往々にして金に困っているために来る事が多い。であるから一円でも高く売却したがっているのだ。高額商品は金持ちへと流れ、そうでない商品は同様にそれほどでもない客へと流れていくのだ。

 約二時間後、例の客がまた来店した。

「あ、先ほどはどうも」

「やっぱりうちへいらっしゃいましたか」

「お恥ずかしながら」

「まあ、どうぞどうぞ」

 私は客に席をすすめた。

「では念のため、もう一度拝見させていただけますか?」

「はい。こちらで」

 客は先ほどの指輪をケースごと私に渡した。

 間違いはないだろうが、先ほどの店長の出した金額に見合うかどうか、後学のためにもよく見ておいた。

 あれ?

 確かに一見するとブラックオパールなのだが、先ほど見たのと遊色が違う。さっきは見事なパレットだったが今のはハーレクインじゃないか。いやこれ、それ以前にトリプレットオパールじゃないか! 簡単に言えば模造品だ。

「……おかしいですねえ。先ほどご来店いただいた時とお品物が違うようですが……」

 客は身じろぎもしない。

「品物が違うって、どういう事ですか?」

「いや、先ほどお持ちいただいたのは確かに天然石のブラックオパールでしたが、これは遊色も違いますし、そもそもこれはオパールの模造品ですね」

「え! そんな!」

「どこかですり替えられていませんか?」

「いや、心当たりは……」

「失礼ですがお客様の見ていないところで鑑定をしたお店、ありませんでしたか?」

「……そういえば二店ほどそういうお店があったような……」

「どこのお店か分かりますが? この近所の店なら組合もありますからすぐ通報できますよ」

「いや、そこまでしなくても……」

「した方がいいんじゃないですか? せっかくのご遺族の形見ですよね? そのままという訳にはいかないんじゃないでしょうか?」

 客はうろたえた。

「さっきの店、行ってきて取り返してきます」

「ちょっとお待ちください」

 私は防犯シャッターを降ろすボタンを押した。

 がしゃんと音がして防犯シャッターが降りると同時に店内のサイレンがなった。警察へは自動で通報されるようになっている。

 私もこの道は長いが、こういった手口に遭うのは初めてではない。

 それにしても、模倣犯が出るほど有効な手口ではないのだが、それを教える人物がいないものなのかと内心では呆れてしまった。

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