第2話 別世界、生物研究会
学校が始まって第1週目の金曜日、全ての授業が終わり鞄にゴソゴソと教科書を詰め込む。教室の前には「第1回単語テスト上位5名」と書かれた紙が貼ってある。クラスメイトは適当な挨拶をしながら、帰り際にその紙に目を通してから帰っているようだ。やはり進学校、皆成績が優秀な人間には興味があるらしい。和気藹々と盛り上がるクラスメイトたちを遠くから眺めていると光が寄ってきて話しかけてくる。
「よっ!学級委員さん。どこか部活とか見に行くか?」
誰のせいで学級委員になったとおもってんだ?とかおもったが、そんな意見は放り投げ、返事をする。
「俺はちょっと見に行きたい部活があるんだ。すまん。先に帰っててくれ」
もちろん途中で転部する生徒もいるが、基本的には高校3年同じ部活に所属する。青春=部活などという極端な思考は持ち合わせていないが、青春という全体集合を構成する部分集合に部活というジャンルがあるのは明らかだろう。またここでの出会いというのは大切で、在学中はもちろん卒業後まで仲良くできる友達と出会える場でもある。もしかするとここで恋人も…
「どこ見にいくんだ?女子バスケのマネージャーとかか?女バスのユニ、なかなかクるよな」
自分もどうしようもないことを考えていたとはいえ、こいつはやっぱり救えない。脳内がピンクすぎるのだ。顔面が優秀でなければ女子に存在を抹消されていてもおかしくないな。とか思いつつ、めんどくさそうに答える。
「ちがう。生物研究会だよ。生き物が好きなのは知ってるだろ?」
幼馴染である光は当然知っているが、俺は小学校の頃から生き物が大好きなのだ。1番好きな生き物が犬でも猫でもなくメダカなのは少し変わっているかもしれないが。
「時成が生研に入るなら、俺は数研にでも入ろうかねぇ」
生物研究会と数学研究会は部室が隣り合っている。別にずっと近くにいないといけないなんてルールはない。光の好きな部活に入ればいいのに。とかおもったが、こいつの球技力は壊滅的だし、何より外での活動を嫌うタイプだ。肌の白さがそれを物語っている。
「じゃあ行こうか。部室は生研の隣だよね?」
そうだと返事をして新学期らしく大量のプリントが詰まった鞄を持った光と一緒に教室の前のプリントを眺めに行く。
「おぉ!時成2位じゃん。優等生さんは違うねぇ〜」
どうやら朝の単語テストでクラス内2位だったらしい。進学校のクラス内で2位だ。嬉しくてたまらない。英語は自分でも得意だとは思っていたが、きちんと通用しているらしい。だがそれと同時に俺はとんでもないものをみてしまった。
[1位 綾部月乃 28点]
[2位 伊勢時成 26点]
[3位 …]
う、うそだろ?ノー勉で28点。主席さんはどうやら頭のつくりが違うらしい。勉強してないふりをしていたのでは?とか考えたが、明らかに単語テストの存在を知らなかった人間の反応だった。たしかに彼女は帰国子女で英語は得意なのかもしれないが、出来過ぎである。ちょっと引くレベルだ。しかも28/30点というのが勉強していたら30点は余裕である事を示唆している。綾部さんに感心しながら吹奏楽部の音が聞こえる放課後の廊下を歩き、生研の部室の前に着く。光と別れて、トントンとドアと叩き中へ入ってみる。
「すみません。新高1の者です。部活動の見学をさせてください」
生研の部室の中には幼稚園児とまでは言わないが、小学生のような幼い女子生徒がこちらをみて固まっている。塔都高校の制服を着ていなかったら本当に小学生かと思ってしまいそうなほどである。
「あの…」
あまりにも居心地の悪い時間だったのでもう一度話しかけようとしてみる。
「あ、えっと、入部希望だね!どうぞご自由に見てってねぇ〜」
さすがに新学期が始まって第1週目に部活見学は早すぎただろうか?幼い生徒はあたふたしている。
「生物研究会は何人くらい所属しているんですか?」
気になったことは聞いておくべきだろう。先に名前とか聞いた方が良かったかも。ちょっとミスった。
「今は2人なんだよね。私と3年生の先輩が1人」
思っていたよりも人数が少ないことに驚く。さすがに『部』ではなく『会』であるからそんなにもたくさんの人数がいるとはおもっていなかったが、予想よりは大幅に少なかった。
「あの、お名前教えていただいても…」
人に名前を聞いておいて、自分はまだ名乗っていないことに気づく。これまたミスだ。
「えっと、2-Cの松田芽依(まつだめい)だよっ。よろしくね!」
「1-Aの伊勢時成です。お願いします」
幼い生徒、松田先輩は先ほどまで慌てた様子だったが、今は落ち着いたようで空になったゾウさんジョウロに水を汲んでいる。
「松田先輩は今何してたんですか?」
いつもはあまり明るい表情をしない俺だが、ここは社交辞令としてにこやかに振る舞い、心の距離を半歩ほど詰めてみる。
「今はね、植物にお水をあげてたの。見ての通り植物だらけだから、結構大変なんだよぅ」
この生研の部室は現実から切り離された別世界のようで、至る所に植物の植えられた鉢が置かれている。みずみずしく、そして生き生きとした植物たちは特有の香りと雰囲気を放っている。未知の森へ迷い込んだような感覚になる。しかし、生研といえば、水槽や虫かごでごった返し、たくさんの魚や昆虫などを飼育しているイメージがあった。少し予想とは異なっていたため、松田先輩に聞いてみる。
「生研って生き物飼ったりしてないんですか?」
「きみ、植物は生き物だよ?舐めてんの?」
まずい。地雷を踏んだらしい。優しい表情だった松田先輩が一転、殺意マシマシの視線へと移り変わる。ついさっきまでニコニコ明るい雰囲気だった松田先輩の豹変ぶりに冷や汗をかきながら、どう考えても植物が好きであろう先輩に『植物は生き物じゃない』なんてニュアンスの発言をしてしまったことを猛反省する。
「そ、そうですよね…。ごめんなさい。なんか思ってたイメージと違ったので、つい…」
ここは素直に謝っておこう。年下だし、許されるだろう。
「まぁ確かにね〜。みんなが思う生研とはちがうかも。伊勢くんだっけ?何か生き物飼いたいの?」
ころりと優しい表情へ移り変わる。先ほど初めて会ったばかりだが、やはりこの人はこうあるべきだなと思う。そうおもうまでに笑顔が似合っていた。
「メダカが大好きなので、メダカを飼いたいですね。もし入部させていただけたらですが。」
「いいね〜メダカ。多分許可もおりるし、もう入っちゃえば?生研に。なかなか楽しい部活だよ?」
グイグイと近寄ってきて、熱心に勧誘してくれている。どうやら気に入っていただけたらしい。というか松田先輩、顔面偏差値高いな。明るい雰囲気だけでなく、しっかりと美人だ。ツインテールがゆらゆらと揺れて優しい印象を与えている。そしてなによりいい匂い。ここは極楽でしょうか。
「ほんとですか!それならもう生研入部しちゃおうかな〜」
チョロい。あまりにチョロすぎる。あっさり決めてしまったが、こういうのは運命というか、直感である。楽しくなりそうとおもったならもう生研に入ってしまうのがいい。鉄は熱いうちに打てである。
「水槽とかは多分、倉庫に余ってると思うから来週中にとってくるね!というか来週一緒に取りに行こうか!めっちゃおおきい水槽もあるから好きなだけお魚飼育してねっ」
どうやら入部してすぐに念願のメダカ飼育ができる雰囲気だ。やはり人数の少ない部活は部員一人一人のやりたいことをやらせてくれる傾向にあるらしい。
「いいんですか!!すごく楽しみです!こんなに元気な植物がある部屋で魚飼育できたら雰囲気出るでしょうねぇ〜」
俺は柄にもなくウキウキと心を踊らせる。松田先輩とも少し心の距離が縮まって気まずさがなくなってきたかなと思っているといきなりドアが開けられる。
「まずい!!もう始まっちゃう!!!」
ドタドタドタッと走ってきて部室の隅にあったソファーへ座り、鞄の中からタブレットを素早く取り出し机に置く。
「お邪魔してます。新高1の伊勢です。生物研究会に入ろうとおもってます。よろしくお願いします」
「おっ新入部員か!歓迎する!3年で部長の平芝葵(ひらしばあおい)だ。よろしくな」
3年生なのに威圧感が全くなく明るい雰囲気で、松田先輩とは対照的に背が高く、170㎝くらいありそうだ。やっぱり先輩ってこうあるべきだよなとか、少し松田先輩に失礼なことを考えてしまう。楽しげな先輩達に囲まれて部活選びは大成功かもしれない、なんて思っていると、平芝先輩のタブレットからトランペットの音が聞こえてくる。
「きたきた。さすがに今日は『ピーチクラウン』に買ってもらわないとなぁ。」
ヌっと平芝先輩のタブレットを覗き込むと黒毛の鎧を纏ったような筋肉質の馬には数字の書かれたピンク色のゼッケンが取り付けられていて、堂々とした立ち振る舞いを見せつけている。どうやら平芝先輩は競馬好きらしい。というか、音でかくないか?もう少し音量下げればいいのに。そう思いながら松田先輩を見ると無言かつ虚無顔でスッと廊下に出ていく。どうしたんだろうかと心配していると競馬場のゲートの開く音がする。その瞬間平芝先輩の顔つきが大きく変わる。
「よしいいぞ!いい位置取れてる。そのまま!脚溜めて直線で!ここ!おいそこだろ差せよ!!!」
うるさい。とんでもない声量である。部室の窓が揺れている。俺は耳を抑えながら廊下へ逃げ出る。そこには松田先輩が待っていて、気まずそうな顔でこちらを覗いている。
「ジュース、買いにいこっか。入部祝いだよっ」
きっと新入部員に見せたくなかったものを見せてしまったのだろう。数分前までのにこにこした松田先輩はもうそこにはおらず、疲れ切った顔をしている。先輩もたいへんなんだなぁと思っていると廊下にまで競馬狂いの声が聞こえてくる。まだ高校生だぞ?お金賭けたりしてないよな?あまりの熱量に賭博を疑いたくなる。
「あほい先輩、声がデカすぎて数研から苦情が来てるの。本当困っちゃうよね」
『あおい』なのに『あほい』と読んでいることは触れるべきではないと判断した俺は口をガムテープで塞いじゃえばいいんじゃないですか?と冗談を言ってみる。もちろん冗談である。しかし松田先輩は『やっぱりそこまでしないと静かにならないよねぇ』などと呆れた様子でクスクスとわらっている。本当にそうなってしまう未来がありそうで不安になってしまう。美少女は中庭の自販機の前に着くと小銭をいくつか放り込む。
「さぁ!好きなのをどうぞっ」
俺は左上の『Red full』えらぶ。レッドと書いてあるくせに缶は青色である。初めて見た時は思わずツッコミを入れたくなった。ゴロゴロと音を立てて出てきた缶を拾い、いただきますと松田先輩に礼をして喉へ流し込む。中庭に差し込む夕日が暖かく、春の香りをのせた風が頬を撫でる。しゅわしゅわとした炭酸が心地よい。松田先輩も水を買ってコクコクと喉を鳴らす。やはり人類は皆、自販機から取り出してすぐの一口目は、普段の数倍美味しく感じるのだろう。美味しそうに水を飲む美少女。眼福である。
「ジュースじゃなくて水なんですね。先輩肌とかもビビるくらい綺麗ですし、やっぱり気を使ってるんですか?」
先輩は変わらずニコニコとした顔のまま
「私は植物だからジュースとか飲むと枯れちゃうんだよねっ」
なんて冗談を言ってくる。なんだか妹がもう少し小さかった頃に、見え透いた嘘に付き合ってあげていた日々を思い出し笑いそうになる。幼いルックスに明るい雰囲気、こんなに素敵な先輩がいるなら生物研究会にはいるしかないなとおもってしまう。芽依先輩は「これほんとだからね!!!」などと言っている。どうやら本当に植物が好きな女の子らしい。くだらない話をしながら生研の部室に帰ると、ソファーの上に死体のような平芝先輩が転がっている。
「また負けたんですか〜?」
芽衣先輩がどストレートに聞く。というか、負けたって何だ?応援している馬が負けたってことだよね?賭博はまだだめだからね?
「あぁ、負けたよ。やっぱり馬に乗るジョッキーがイマイチなのかもしれない。プメールさん、ピーチクラウンに乗ってくれないかなぁ〜」
競馬に詳しくない俺は馬に誰が乗ろうとタイムに差は出ないと思っていたが、先輩いわく、とても重要な要素らしい。なかなか奥が深いようだ。それ以外にも天気や気温、芝や土の状態、競馬場の設計などでも差がつくんだと誰も聞いていないのにペラペラと喋っている。そんな平芝先輩を見て松田先輩は『あれが推し馬のせいにしたくなくてジョッキーばかり責めるろくでなしの姿だよ〜』なんてコソコソと囁いてくる。ろくでなしとは言っても進学校の生徒。優秀であることに間違いはないのだが、ソファーの上の人間はあまりにも『ろくでなし』という形容詞が似合いすぎていて笑いづらく思わず顔が引き攣ってしまう。そして松田先輩が近い。いい匂い。ゾンビの如くのそのそと立ち上がった平芝先輩は引き出しから紙を取り出した。
「んじゃ、これ入部用紙だからこれに必要事項を書いて来週担任に提出してくれたら君はもう晴れて生物研究会の部員だ」
差し出された紙には驚くほど美しい字で平芝葵とサインされていた。字のうまさに感動していると平芝先輩がどうでも良さそうなことをきいてくる。
「君は字の上手な女の子をどう思うかね?」
「すごく女の子らしくていいとおもいます。字って性格出ますし、優しい人が書いた字かなぁと思いました。」
お世辞ではなく本当に思ったことなので素直に言ってみたのだが、なんだか平芝先輩は不服そうである。意味がわからず頭に?を浮かべていると、鼻歌交じりでお尻をフリフリしながら植物に水をやっている松田先輩が
「もぉ、伊勢くんはお口が上手だなぁ」
なんて言ってきた。どうゆうことかさっぱりわからず、おどおどしていると平芝先輩が元気のない声で
「字汚くても優しい人いるから…」
と言い残し廊下へ出ていった。どうやらこの字は松田先輩が書いたものらしい。
「部長のサインを松田先輩が書いたら意味なくないですか!?」
あまりの正論に松田先輩も顔をしかめる。先生たちもこの字が平芝先輩のものでないとわかってしまうはずだ。
「まぁ、生物研究会って言えば、先生たちは全部わかってくれるから。気にしないで」
水やりを続行している松田先輩の後ろ姿と文字を見比べると確かに松田先輩っぽい字だなぁとか思ってくる。字から優しさといい匂いが溢れている。水やりを終えた松田先輩とともに平芝先輩のカバンを廊下に放り投げ、部室に鍵をしめて廊下に出る。落ちかけの日が廊下を照らし、心地よい温度の風が吹いていた。
「それじゃ私は鍵、職員室に返してくるから先に帰っててね。また来週からよろしくお願いしますっ」
バイバイと明るく手を振ってくれる美少女に手を振りかえし駅に向かう。ポケットから携帯を取り出すと光から数研の人たちと撮った写真が送信されていた。
光「数研へんなやつばっかりでクソ楽しかったからここ入るわ!」
お前も十分変なやつだよと思いつつ返信をする。
時成「いいじゃん。お隣同士仲良くしようなー」
結局光とは隣同士の部活になってしまったが、それがあまりにも俺たちらしく笑ってしまう。来週は新しく知り合った2人の先輩の話をしてやろうかなとか思いながら歩いていると学校の最寄り駅、塔都駅に着いた。異世界空間のようだった生研とはちがい、見慣れた景色に囲まれると眠気が急に襲ってくる。コーヒーや焼けたパンの匂いがする駅をふらふらと歩き、ちょうどよく滑り込んできた各停の電車に乗り込む。高校生活第1週かつ金曜日。眠さはピークを迎えようとしていた。ロングシートの角にもたれながら今日の夜ご飯はなんだろうなとか考える。ドッと押し寄せた心地よい疲労感に身を任せ、車窓から差し込む夕日にまぶたを撫でられながら少しの間、眠りについた。
進学校の美少女たちは僕を好きになってくれない ぬくぬく毛布 @nuku2mo-2
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