純愛 {未完}

「もういいわ。」

 質素でありながら、品のある鮮やかな薄桃色を身に纏ったその女性の目には生娘を感じさせ、また、形容し難い失望を感じさせた。

 その一言は多少騒がしかった箱の中に寸刻ほど、静けさをもたらした。

 私は中央郵便局に来ていた。

 郵便局内の雰囲気はシチリアーノの雰囲気のそれと似ていた。

 薄桃色の女は男に憤慨しているようであった。

 男はというと、襟の着いた青みがかったシャツと黒の長ズボンをカジュアルに着こなした育ちの良さそうな茶髪の青年だったのだが、機嫌を損ねた女の機嫌を取ろうとする訳でもなく、ただどうしようもないといった様子で女を見つめていた。

 2人の周囲は索漠たるように見えた。

 さしずめ痴情のもつれであろうと私はたかを括った。

 私の手には手紙の入った祖母宛の便箋が握られていたのだが、その焦げ茶色や照明なども相まってか、背景に同化していた。

 このことは悲観せざるを得ない。

 女は男の様子を伺う素振りを何度か見せたが、やがて愛想を尽かしたのだろう、姿が見えなくなっていた。

 無駄に高い近代西洋風の建物の天井を見上げた。

「――――」

 窓口の方から私の番号を呼ぶ声が聞こえた。


 

「こんにちは。郵送ですか?受け取りですか?」

 窓口の、眉ほどに整えられた前髪に顎の辺りまで伸びた黒髪、そして正装に身を包む身綺麗な女性は私を見てそう問うた。

「郵送です。小包を贈りたくて。」


 いつの間にか隣の窓口に男がいた。

「手紙を送りたい。」

 見た目に受けた印象にそぐわぬ低い声で呟いた。

「承りました。宛先の住所、宛名、差出人名、ございましたら続柄をお願いします」

 男は住所、宛名、差出人名を少し詰まりながらも答えた。

「続柄は如何なさいますか?」

「ああ。――――実方、でも良いか?」

「はい。構いません。」

 成程。

 憶測が頭を過った。

 

「お客様……?」

 ふいに、意識していない方向、真正面からの声に目をやる。

「お送り先をお伺いしておりません。」

「リヒテンベルク様宛にお願いします。」

「家紋章の提示をお願い致します。」

 私は服の胸元に着いた紋章とは別に、公的な紋札を鞄から取り出し提示した。

 紺に近い色を醸した革製のそれは私の身分を鮮やかにする。

「ゴーシュイン様ですね。少々お待ち下さい――――承りました。お荷物をお預かり致します。」


 受付の女性が手続きをしてくれている間、手持無沙汰になった私は先程の男と女について更に思案を巡らせた。

「以上になります。ご利用ありがとうございました。」

「よろしく頼む」

 男はそう言って窓口を離れた。

 男の影に哀愁の色が落ちた気がした。


 女は「もういいわ」といった。男に愛想をつかしたのだろう。会えぬ時間すら惜しかった相手、郵便局で会えるはずではなかった彼と遭遇しその理由を問いつめる。彼の煮え切らない態度に苛立ちを覚える。然し、彼女のその時でた言葉も本心からだったのではあるまい。自分の一言が何か現状を打開するものとなることを願って絞り出したものだったろう。


 生憎その試みは虚しく終わりそうだ。

 

 これは真に純愛らしい。

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