終章

 たいとくしようたいはいくつかの班に分かれ、任務に当たっていた。

 小隊長であるきよが出張先で得た情報は、数日前まで政府の頭を悩ませていた謎の組織、〝名無しの教団〟──のうしんきようについての捜査を前進させるものだった。

 そして、それによって、普段は異形を相手にしている対異特務小隊にもまた、指令が下された。

『教団関係者が出入りしているとみられる指定の場所を、ただちに制圧すること』

 おまけにその指定の場所とやらは、ほぼ確実に複数の教団の信徒が出入りしている、特に有力な場所ときた。

 異能を使う相手には異能を使える手駒をぶつけよう、といったところか。

 どこか釈然としない思いを抱えつつ、どうよしが部下を連れて向かったのは、帝都郊外の廃寺だった。

「各自、持ち場へつけ!」

 五道の号令で、連れていた部下のうち、四人が廃寺の四方を囲む。

 そして事前の打ち合わせ通り、五道が合図を出すと同時、残りの二人の部下とともに軍刀を構え、寺の堂内へ突入した。

「帝国軍だ! ……って」

 五道は、拍子抜けしてまゆを寄せる。

 崩れかけの堂の中は、もぬけの殻だった。情報では、いつもなら昼間のこの時間、複数人がここにいるらしい、ということだったが人っ子ひとりいない。

 もちろん、突入前に周辺の確認をしたが、五道たちがやってきたのを察知して隠れた様子もなかった。

「五道さん、情報と違いますね……偶然、留守だったのでしょうか」

「それはおかしいでしょ~。上だって、こっちに情報を回してきたってことは、何度も裏をとっているだろうし。とにかく、警戒は解かないように」

 部下の問いかけに答えながら、五道は油断せずに堂内をあらためて見回した。

 何よりもまず目を奪われるのは、壁に大きく描かれた教団の紋。これがある以上、教団の関係者がここにいたのは間違いないだろうが──。

わな……とか。でも何の?」

 ひとり呟いて、首をひねる。

 物理的にも術的にも、それらしきものが設置されていないのは確認済みだ。

「五道さん。あらためて探ってみましたが、何もありません」

 こうなると情報が間違っていた可能性も出てくる。この非常時に、到底許される間違いではないが。

(いや、でも待って。……まだ何か、見落としているってことも)

 五道がそう思ったのと、ジジ、と何か、火であぶったような音が聞こえてきたのは、ほぼ同時だった。

 五道の視界に、今まで確かになかったはずの大きな──爆弾のような塊が映る。

「え?」

 火薬を積み上げて導火線を取りつけただけのような、単純なもの。しかし、その構造はぱっと見ただけで、少なくともちょっと破裂するくらいでは済まないのがわかる。

 しかも最悪なことに、延びる導火線の先はだいだいいろに光り、急速に爆弾本体へと近づいていた。

 さっと血の気が引き、五道は反射的に叫ぶ。

「全員、結界を張れ!」

 次の瞬間。

 すさまじいごうおんを響かせ、廃寺は巨大な炎に包まれた。



   ◇◇◇



 たった数日離れていただけなのに、列車を降りた途端に押し寄せてくる帝都のけんそうは、どこか懐かしい。

 しばらく列車に揺られた三人は、無事に帝都中央駅のホームに降り立った。

長閑のどかな田舎町や農村もいいですが、帝都に帰ってくると落ち着きますね」

「はい」

 あんにじませて言うあらたに、はうなずく。

 一方、清霞はろんな目を向ける。

「貿易会社で働く奴が何を言う」

「ははは。確かにいろいろな場所を飛び回ることも多いですが、俺の拠点はやっぱりここですから」

 ごみごみとしてにぎやかな帝都の様子と、和やかな会話。旅の間、張りっぱなしだった気持ちがゆっくりとほぐれていく。

 しかし、言い合う清霞と新は不意に黙り込み、真剣な顔に変わる。

「これから忙しくなる」

「そうですね」

 異能心教。すいなおし。そして、うす家のこと。問題は山積している。

 これからきっと、慌ただしい日々が始まる。

 美世も自然と、表情を引き締めた。

 自分にできることは限られているけれど、できる限り、彼らを支えていきたい。そのためには、ひとりでのほほんとしているわけにはいかなかった。

 異能の修行にも、よりいっそう励む必要がある。

 駅の雑踏の中を三人で移動しながら、これからどうするか話し合う。

「俺はたかいひとさまのところへ報告にいかないと。ですが、さほど急がないので、美世のことは俺が送っていきます」

「はい。お願いします」

「そうだな、頼む。私はまず、屯所で五道に話を聞かなければ──」

 清霞の声が、不自然に途切れた。

 新が足を止め、美世も立ち止まって二人を見る。

 どうしたのか、とたずねようと唇をわずかに動かしかけ、背筋に悪寒が走った。ざわり、と肌があわつ。

(な、なに……?)

 何もわからないのに、何かがおかしい。

 人々の雑踏が、喧騒が、どんどん遠くなる。まるで、美世たちが世界から隔離されてしまったように。

 そして、感じるのは異様で、不気味で、何かてつもない恐怖。

「これは」

「薄刃の異能の気配がしますね」

 冷静な二人の声にひとまず安心したものの、美世は本能的に襲いかかってくるおそれにのどを鳴らす。

 何が、起こっているのか。その答えは、すぐに示された。

 三人だけが取り残されたがごとき世界に、す、と浮かび上がるように、ひとつの影が近づいてくる。

「お初にお目にかかる。どう家当主、薄刃家次期当主、それから──」

 ──我が娘よ。

 災いは、人の姿をして美世たちの前に現れた。




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わたしの幸せな結婚 顎木あくみ @agitogi_akumi

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