不毛
鈴宮縁
不毛
まだぬるい肌触りを残した風が私の頬を撫でていく。鬱陶しいけれど、情けないことに今はそれすらも慰めになってしまう。
見知らぬ人の隣で柔らかな笑顔を浮かべている写真が彼女のSNSにはあがっていた。私の隣で浮かべるものとは、何かが違う。陳腐な表現を使えば恋する乙女の顔となるだろうか。もっとも私は嫉妬する立場には無い。私と彼女は恋人ではなく、彼女が私を好くことも無いのだ。彼女は根本的に私に興味が無いのだから。話しかければ応じてくれる。遊びに誘えば応じてくれる。ただそれだけ。彼女から、ということは一度もない。そんなことはただの一度もない。友人としてすら興味を持たれていない人間が、恋愛の土俵に立とうとは荒唐無稽な話だ。ああ、愉快愉快。……そうやって笑い飛ばす以外に心を守る方法が今の私にはまるで無かった。
そも、まるでこちらを見ない相手への恋心がなぜ今もなお私の心には巣食っているのだろうか。簡単な話だ。恋に落ちた瞬間のことが忘れられないのだ。彼女の、あの柔らかな笑顔は脳裏に焼き付いている。ああ、何度見ても何度見ても、恋をする彼女の顔は、纏う雰囲気は、最初に見たときと変わらない。息が詰まるほどに甘い。だから、彼女が誰かに恋をするたびに、私は再度恋に落ちて、同時に失恋するのだ。
「アホらしいでしょ」
大した意味もなく、声に出してみる。風が音をさらって、星一つ見えることのない曇った夜空へと運んでいく。
こんなことなら、さっさと想いを伝えてしまえば良いのではないか。彼女に好きだよ、と言ってみたところで友人としての好きだと認識されて、急になにと照れたように笑われるだけだろう。きっと私は、そこで恋のこの字も言えずに笑って誤魔化してしまう。不毛なことをしている。報われることはない。それでも、彼女を前にしてしまえば、ふと期待してしまうのだ。いつか私にも向けてもらえる時が来るのでは。
黄昏ながらだらだらと歩いていれば、前方から彼女の声が聞こえる。彼女の隣には、SNSで見た顔と全く同じ人が立っている。ちょっと邪魔したってバチは当たらない。彼女の名前を呼んであいさつをすれば、びっくりしたように笑ってあいさつを返してくれる。
「知り合い?」
「うん」
想い人であろう相手の問いかけに頷くために私から視線を隣へと移動させた彼女の横顔は、さっき失恋したばかりの私を再度恋に落とすのだ。
不毛 鈴宮縁 @suzumiya__yukari
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