異能少女は旅に出る

零無

第0話 誕生

「はあっ、はあっ、……っ、はあっ」

 

 辺り一面が白の空間の中、息を切らした女性が座り込み、額には脂汗を、表情には苦悶を滲ませながら両腕を伸ばしている。

 

 その先には、一人の少年が宙に浮いていた。

 少年の瞼は閉じており、近くで女性が苦しんでいるこの状況下で開けられる兆しすら見えない。そもそもの話、少年がこの空間で産まれた時から一度たりとも、女性は少年の瞳を拝んだことがない。

 歯を剥き出しにしながら笑ったことも。

 声を荒らげて怒ったことも。

 涙を流し、嗚咽を堪えながら顔を歪めたことさえ、ない。

 そうなるようにこの子をのは自分だ。これから託す役割を彼が果たす上で、人間らしい感情は妨げにしかならない。

 

 そうだと、いうのに。


「……」

 

 彼女の頬を、一筋の雫が伝う。地面に落ちたそれが、今まさに自分を蝕む苦しみからもたらされた物でないことは、彼女自身が一番理解していた。

 これは、愛しさと寂しさの結晶なのだと。


「……ふふっ」

 

 笑ってしまう。一度決めたことがこうも簡単に揺らぐなど、まるで人間ではないか。


「だから、あなたに背負わせることになったのかもね」

 

 もう、後戻りできる段階は過ぎている。下手をすれば、彼は自分以上に残酷な最期を迎えるかも知れない。

 そんな未来を想像し、僅かに躊躇ったことにより生じたに彼女が気づく機会は、永遠に訪れない。

 一気に体から力が抜けていく。うっすらと目を開き、こちらを見据えた少年に、彼女は祝福の言葉ではなく、プレゼント名前を贈った。


「おはよう。そして、さようなら——」

 

 直後、少年の肉体から放たれた力の奔流に彼女は呑まれた。

 



 

 

 

 

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異能少女は旅に出る 零無 @kou-reimu

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