ロミオと青い薔薇
五月雨
第一幕 僕らはロミオとジュリエット
自分は恋を知らずに死んでいくと思っていた。
寝る前に散々聞かされた古い恋の物語。互いに思いあっていたのに家の都合で引き離され、結ばれたと思ったらまた引き離される。困難に立ち向かおうとしても、最終的に二人とも死んでしまい、物語は終わる。…そのはずだったが、物語は自分たちを巻き込み、今もなお続いている。
自分の姉は、14歳になると親から名前ではなくジュリエットと呼ばれるようになった。最初は何の冗談かと姉と笑っていたが、自分が16歳の誕生日を迎えた時にロミオと呼ばれるようになり、笑えない冗談になった。
恋の物語に登場する女性、ジュリエット。彼女は僕らキュピレット家で生まれた女性で、お相手である男性、ロミオはヴォンターギ家で生まれた。その二人の悲劇を忘れないために、両家で生まれた女性は14歳になるとジュリエット、男性は16歳になるとロミオと呼ぶようになった。しかしそれはずいぶん昔のことで、自分の両親はロミオとジュリエットではない。それではなぜ自分たちはロミオとジュリエットなんて呼ばれているのか。その理由を知ったのは、向こうのロミオに出会ったあの夜会だった。
「お誕生日おめでとう、ロミオ」
ニコニコと微笑む両親とそれを聞いて吹き出す姉。
「なに、母さん。ロミオ何て呼ばないでよ」
冗談として聞き流そうと茶化してみたが両親は相変わらずニコニコしたままもう一度自分をロミオと呼んだ。
「あはははっ!ねえ母さん。どうしてあの子はロミオなの?」
姉は笑いながら物語で人気なフレーズを使い質問する。
「それはねジュリエット…。いや、今言ってしまったらつまらないわ。」
「そうだね。素敵な物語は今日の夜会までとっておこう」
両親はそういうとニコニコしたままスープを飲んだ。
「父さん、夜会って…?」
「ん?あぁ、言ってなかったね。今日の夜、お前の16歳の誕生日を記念して夜会を開くことにしたんだ。」
「えぇっ!?私も初めて聞いたんだけど…!?」
がたっと姉が立ち上がる。
「こら、はしたないぞジュリエット。」
「だって、ドレス選んでないし。それにダイエットしたかったし、スキンケアとかもちゃんと…。」
「そうだよ。僕だって自分が主役ならいろいろ準備しないといけないのに…。」
姉弟揃ってぶつぶつ抗議すると両親は先ほどより自然に笑った。
「ジュリエットはいつも可愛いわ。それにむしろ痩せすぎで心配なくらいですし。ドレスはもう特注の物を用意してるわ。」
「ロミオもそう気を張らなくてもいいんだ。なぜなら今夜は仮面舞踏会だからね。」
やはり自分はロミオなのか。…踊りは毎日レッスンを受けていたし、服装の準備もされているなら確かに焦らなくてもいいかもしれない。だが、
「仮面舞踏会って、なんで?」
「うふふ、なんででしょうね。」
また作り物のような笑みを浮かべる母。一抹の不安を抱え、朝食の時間が終わった。
しばらくして、自分よりバタバタしている姉に付き添い、街に出ていた。
すれ違う町の人たちにお誕生日おめでとうと祝福されてややむず痒い。最初はそう思っていたが、姉の買い物が長くてさすがに色々疲れてきた。
「姉さん、僕あそこのカフェで休んでいてもいい?」
「もー。ロミオは体力ないわね。」
姉さんも自分を律儀にロミオと呼ぶ。楽しそうな顔をしながら。
「このあとでたくさん踊るんだから体力の一つや二つ残しておきたいからね。」
「はいはい。なにかあったら走って戻ってくるからゆっくりしてなさい。」
そういうと楽しそうに街にとけていく姉はジュリエットよりロミオが似合うと思う。可憐な女性というよりかはじゃじゃ馬と呼ばれることが多い姉。18になれば見合い話も出てきそうだがいまだに聞かない。女学校に通っていたから、いい男性の話も全く聞いたことがなかった。もしかしたら恥ずかしがって隠している可能性もあるが、姉は素直な性格だから少なくとも自分にはいってくれると思う。
「なぁ、そこのお前。」
カフェラテを楽しんでいると、初めて見る綺麗な男に声をかけられた。自分は街によく行くほうだから顔見知りが多く、あんたなんて呼ばれたことはほぼない。
「えっと、僕のことですか?」
「ほかに誰がいる?」
綺麗な顔なのに言葉が強い。そして愛想がない。
「どう、しましたか?」
圧倒されそうだが、一応キュピレット家の長男としてなめられるわけにはいかない。自分は美しい言葉を使うんだ。
「…。はぁ。」
聖人のような笑顔で返したはずなのにため息をつかれた。
「いいや。なぁ、仮面を売ってる店を知らないか?」
「仮面、ですか?」
一日中引っかかってる仮面という言葉が出て少しドキドキする。
「あぁ。どこぞの金持ちが仮面舞踏会を開くらしくてな。忘れてきたから買いたいんだ。」
「あー、そうなんですね。僕も…招待されてるので、わかります。」
「招待、ねぇ。」
そういうとなめるように自分を見る。
「意外とちゃっちい会なのか?」
「そっ、んなことないと思います。」
失礼な奴だな、と言いたかったがぐっとこらえる。
「それで、どこで売っている?」
「…。そこの通りに雑貨屋があるので、探せばあるんじゃないですか?」
いけない、言葉が汚くなってきた。美しい言葉。美しい言葉。
「売ってなかったらほかに後補はあるか?」
「そこになければないんじゃないですかね?仮面舞踏会なんてここ最近開かれてないですし。」
そういうと綺麗な男は少し笑った。
「そうか。」
もう一度自分をじっと見つめてくる。
「お前。俺の顔、覚えたか?」
「は?」
あ、駄目だ。
「顔を覚えたかと聞いているんだ。」
「貴方みたいな人嫌でも覚えます。」
周りに人が少なくて良かった。自分は好青年として通ってるんだ。
「なら、もし会場で俺が仮面を付けてなかったら持ってきてくれ。」
「なんでそんなこと…。」
「お前が俺の顔を覚えたからだ。」
そういってグイっと顔を近づけられる。目を逸らすと鼻で笑われた。
「頼んだからな。」
そしてその男は去っていった。
あの顔がむかついて忘れられないでいるとすれ違うように姉が走ってカフェにやってきた。
「え、姉さん。何かあったの!?」
驚いて声を上げると姉は顔を真っ赤にして
「わっかんない。胸が苦しくて、痛くて…。」
「具合が悪いってこと?」
そう聞くと顔を大きく振った。
「忘れられない、あの人。どうしよう」
姉は姉で忘れられない人ができたようだった。
こんな姉は初めて見た。
家に帰ってからも姉の様子はおかしいままだった。自分は何となく、すごく気に食わないが、仮面を用意している。
使用人たちがあわただしく準備を進めている。自分は意外と準備が早く終わってしまい、のんびりアフタヌーンティーを楽しんでいた。姉の話を聞きながら。
「仮面をつけるってことは、誰でも参加できるってことかしら?」
「さぁ。でも身分を聞いたりとか、そういうのはできないから、紛れてもバレないんじゃないかな。」
姉はため息をついた。
「もう一度、会いたいわ。」
「なに?街で恋にでも落ちたの?」
そう茶化してみると姉は幸せそうな顔をした。
「もしこれが恋なら、素敵ね。」
幸せそうな姉。自分はむしろ舞踏会なんて来なければいいのにと思っているから羨ましくも思える。
「はぁ…。ジュリエットみたいに死なないでよ?」
「あんただって、ロミオみたいに思い込みで勝手に死なないでよね。」
毎晩聞かされた古い恋の物語。自分たちはその主人公たちと同じ血が流れている。月日が経ち、寛容な時代になっても悲劇は繰り返されるのだろうか。
ロミオと青い薔薇 五月雨 @MaizakuraINARI
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